ためし読み

『男らしさの終焉』

人間関係における感情の意味

多くのオールドスクールの男性は、ずっと感情を麻痺させていると、とりわけ人間関係に悪影響を与えるという事実に気づいていない。最近の女性は結婚年齢が高くなっており、女性の友達と過ごす時間が増えている。彼女たちは本当の親密さと助け合いの価値を知っているし、健全な関係がもたらすものをよく理解している。その結果、結婚適齢期の男性に要求することの水準が高くなっている。MGTOWのような一部の男性の権利団体がどう考えようが、男性が独身でいることは健康的ではない。既婚男性は独身男性より平均寿命が長い。パートナーと、パートナーによる心の支えは、男性を幸福にする。同性婚の場合も同じである。男性は女性よりもパートナーに対して依存的になる。パートナーは男性の体や健康を気にかけてくれる。男性はそういうことに気が回らないからである。

このように感情に盲目なことは、学歴の低さや、低い社会階層に見られる荒廃とは別の問題だ。感情の麻痺は、上品に抑圧されているミドルクラスではもっとひどいことになっているかもしれない。私の妻の父マークは、ある企業の社長だ。そして第二次大戦時には将校であり、ゴルフクラブの会員であり、真のオールドスクールである。私の妻は義父が歳をとり独り身になったとき、どんな気分かと聞いたところ、彼は無愛想に「調子はいいよ」と返事をしていた。生涯にわたって物事を仕切り、伝統的な男性の性役割を演じてきたせいで、それ以外の返事ができなかったのだ。彼女は父親の気分や健康を確かめる良い方法に気がついた。父親の遊び仲間である犬の世話を任せたのだ。彼は自分の感情を犬に向けた。こうして私の妻は彼の心身の状態を把握した。

国連の広報担当者クリス・ガネスがガザで起こっている恐怖を涙ながらに報じている映像は話題になった。その映像には価値があった。スポークスマンや記者は、本来は冷静で公平であるべきだが、彼女がそうでなかったからだ。そして感情をあらわにするのは「プロらしくない」と思う人は大勢いた。おわかりだろうか。オールドスクールの男性が受け継いでいる精神問題が、カタい職業に向けられているのだ。

オールドスクールの男性は、いつまでも変わらないことの代償と陳腐さを知るべきだ。感情を否定したり、上書きしたり、抑圧したりすることで、「プロ意識」を養うことができるかもしれないが、デイビッド・ヒュームが言ったように、「理性は情熱の奴隷であるべきだ」。感情を意識することも、調べようとすることもなければ、その感情が行動に影響していてもわからない。それらはチェックしていないと、男性に害をもたらしてしまうかもしれないのだ。それらは、無意識の奥深くに眠る過去の出来事に根ざしているのかもしれない。こうした感情は現在も存在し、井戸の底の暗闇で揺れ動いている。

根性のあるオールドスクール。今でもそれに価値を見出す年齢層のミドルクラスの男性は、往々にして感情認識が乏しい。そして、「不発の感情時限爆弾」と書かれた、ジェンダーと階層と年齢の結合部に腰を下ろしている。感情はフィジカルなものだ。私たちはそれを全身の細胞に含み、座ったり立ったりするときもそれは存在している。ベテランのセラピストのなかには、クライアントが口を開く前にボディランゲージから感情の履歴を丸ごと読み取ってしまう人がいる。男性は体のことを煩わしくて、堕落しやすく、ごちゃごちゃした感情がいっぱい詰まっているものだと思っているようだ。男性は偉大なる脳の乗り物があればいいと思っているのである。体については、健康な食事と運動で機械を扱うように維持する方法を知っていても、心の病気の症状に気づかなかったり、症状を無視するかもしれない。心を健やかにしておく方法のひとつは、友人と親密に交流することである。

男の友情やブロマンスには、明るい励まし合いがよく見られるが、概して男性は女性と違って友情を保つのが下手だ。男性は、学校、シェアハウス、仕事、趣味、スポーツなど、特定の状況で友人をつくることが多く、状況が変わった場合には、せっかくできた友人のことを忘れてしまうのである。男性は仕事や健康は大切にしても、人間関係は優先しない傾向がある。多くの男性が自分の感情をあまり自覚していないため、人間関係でどれほど豊かな感情が生まれるか、気づかないままになる。

私は三十代半ばに親しい男友達がいないことを自覚した。結婚していたし、作業をしていないときは、幼い娘にかかりきりになっていた。バイクやマウンテンバイクを通じて男友達をつくりたいと思っていたが、そういう趣味の外でも会いたい人は見つからなかった。ガールフレンドを探すようなものだった。同じ興味をもっているだけでなく、心を開いてくれるうえに、面白くて、近くに住んでいる人を見つけようとすると、時間がかかった。インターネット時代にコミュニティを探すとき、地理はあまり考慮されないが、遠距離の友情は維持しにくい。男性がプラトニックで健全な関係の大切さに気づかないのは、そこにはセックスという原動力が関わっていないためである。

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