卒業式
Avslutningsdag
五月の、よく晴れた寒い日だった。空では雲が、嵐になびく大きな帆のように流れている。アテネウムの絵画クラスの教室内には熱気がこもり、アランコ校長がわたしたち卒業生に向けてスピーチをしていた。とてもゆっくりした話し方で、まるで言葉のひとつひとつから、使う前に埃を払っているみたいだった。わたしたちは皆きれいに着飾って、どこか前のほうの床を凝視していた。
そして解放されたとき、これが最後の日なわけだから、階段を駆け下りて小さな広場に飛び出し、歓声を上げたの! そのまま〈アイカラ〉へ走っていき、カフェの真ん中にテーブルを全部並べて、ベンヴェヌートが立ち上がり真剣な顔で〝ミリアムの花はどこに?〞〔エイノ・レイノの詩の一節〕を朗読した。それから皆で「シャツを脱ぎ捨て…」と合唱した。ちょうどそのとき、刺繡入りのベロアのコートを着たダールベリ嬢が登場したので、皆歌うのをやめて歓声を上げた。ダールベリ嬢はいちばん古株のモデルだったから、上座に座ってもらった。彼女はそれがすごくお気に召したみたい。
それからトゥオネラの白鳥〔フィンランドの叙事詩〈カレワラ〉における冥府トゥオネラにある川には白鳥が泳いでいるとされる〕についてのセンチメンタルな歌も何曲か歌った。「きみに乾杯」とサイロが叫んで、わたしと握手するためにテーブルの反対側から走ってきた。ヴィルタネンもわたしに手を振り、去年のクリスマスよりは親密な笑みを浮かべた。仲間内で共産主義者と呼ばれているタプサは、「プロパガンダなしの破廉恥で可愛い絵を描いたぞ。一マルッカと絵を交換しないか?」と大声でわたしに訊いた。
そして、あのウエイトレスが初めて笑顔を見せた。
そのうちに誰かが叫んだ。「スオメンリンナへ行こう!」
それはまさに、スオメンリンナの要塞へ行くのにふさわしい日だった。海に面した稜
堡の上で風が荒れ狂い、わたしたちは追い風を受けて走り、最後の岬の先っぽで踊った。茂みはどれも新緑に萌え、強風の中で変な方向を向いていたわ。
わたしたちはそこに立ったまま、長いこと〈グスタフの剣〉要塞の誇り高き碑文を見つめていた。〝己の出自を貫き、異郷の助勢を頼みとするな〞おまけにその日は航空祭が開催されていて、あちこちで国旗がぱたぱたと音を立て、鮮明なブルーの海の上を飛行隊が飛んでいき、いつものように雲の影が形を変え続けていた。
ストックホルム行きの白い大型船が通り過ぎていった。わたしは水ぎわを歩いてモチーフを探した。たくさんあったわ。タプサがキバナノアマナを見つけ、わたしにプレゼントしてくれた。
街に戻る頃には夕暮れで、もう美しいネオン広告が灯っていて、エスプラナーディ大通りでは人が群れになってそぞろ歩いていた。
何人かはお金を持っていたので、わたしたちは〈フェンニア〉に行くことにした。
〈フェンニア〉では野蛮なジャズが鳴り響き、ダンスフロアの空っぽの床に緑と青の光が戯れていた。
そこに行ったのは男子八人と、エヴァ・セーデルストレームとわたしだった。エヴァはばか騒ぎに大笑いし、革靴をハンカチで磨いて、わたしのおしろいを借りた。皆で大きなテーブルを占領し、ビールを注文した。礼儀正しく過ごした二年間のあと、わたしたちは突然お互いを気やすく〝お前〞だなんて呼び始め、ペタヤとサウッコネンが変装した王子だったことを知った。本当はウルバヌスとイマヌエルという名前だったのよ!
「わかった!」とエヴァが叫んだ。「はっきりわかった。わたしはジョッキなんてほしくない! ワインが飲みたいのよ。今夜はそれ以外、何もいらない!」そして彼女は独りでカダルカワインを半分も飲んでしまったの。男子が階段に転がしたままの空の酒瓶に、冬じゅう泣かされてたってのに。
タプサとわたしはウインナーワルツを踊って、狂ったようにくるくる回った。他の人の踊る場所なんてないくらい。それからタプサがバラを一本買ってくれた。テーブルに戻るとエヴァが駆け寄ってきて、「ハンボを踊りたい」と言いだした。でもハンボは難しいダンスで、わたしたちの中で踊れる者はいなかった。
マンテュネンはその日ずっとすごく静かで、わたしと踊ると真っ赤になって震えだした。わたしは今まで彼のことなんて意識したことなかったんだけど、彼が震えているのを見てそれがうつってしまい、全身にびりびりと静電気のようなものが走った。一度も経験したことのない、とても素敵な気分だったわ。でも、それを実現したのがマンテュネンだったのはすごく残念……。
それからエヴァが帰りたいと言いだした。お腹が痛いからと。
ヴィルタネンが「世界中のエヴァに!」と叫んで乾杯し、グラスを割ってしまった(マンテュネンが弁償した)。
わたしたちは青くて寒い夜へと飛び出し、イマヌエルとヴィルタネンとマンテュネンとわたしは歌いながら街じゅうをねり歩いた。そしてトーロン湾ぞいにまどろむ、密に茂って薄暗いヘスペリア公園へとたどり着いた。湾全体が対岸のセールネースまで、一枚の淡赤色の鏡になったみたいだった。わたしたちは茂みに上着を脱ぎ捨てると、木々の間に飛びこんでいった。丘を上がっていくうちに、もう鳥があちこちでさえずり始め、東の空では弱々しい朝焼けが目を覚ました。痛いほどの嬉しさに、わたしは両腕をまっすぐ上に伸ばし、脚を自由に踊らせた。そのとき斜面を上がってくる足音が聞こえた。それはわたしを追って走ってきたオッリ・マンテュネンだった。彼が父の彫刻――とても若いヘラジカの彫刻――にそっくりだったので、わたしは笑いだしてしまった。ふざけて追いかけ合い、最後には捕まえさせてあげたけど、わたしの悲鳴のすごかったこと!
彼がどうしても話があると言うので、わたしは逃げ出した。そのときは話すことに全然興味がもてなくて。でも一瞬、彼を絶望させちゃったかもとは考えたけど。
上着は見つかった。イマヌエルは枯葉の山で寝てしまい、ヴィルタネンはもう家路についたあとだった。わたしは上着を腕にかけたまま、ゆっくりと歩いて街を抜けた。少し風が出てきた、涼しい朝の風が。街は完全に空っぽだった。
わたしはおかしいと思った。皆がよく「幸せでいるのはとても難しい」と言うのが。
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