はじめに
すべてはディテールにある……
優れたストーリーテラーになるには一体何が必要なのだろうか——創作の道を歩む人ならば、遅かれ早かれこの問いに直面し、頭から離れなくなるはずだ。
その答えは何なのだろう。いろいろな答えが考えられそうだ。これだと思うストーリーが完成するまで机にかじりつき、何度も草稿を重ねる粘り強さだろうか。何時間もかけて資料を精読して得た知見を自分の作品に活かす緻密な努力だろうか。それとも、読者と同じような欲望や恐怖、脆さを持った現実味あふれるキャラクターを読者に伝えるため、キャラクターの深層心理を明らかにさせていく情熱だろうか。
正直なところ、優れたストーリーテラーになるために必要な要素を全部挙げるのは難しい。ただひとつだけ確かなのは、熟練した書き手は執筆作業の本質を見抜こうとする意志を示す点だ。彼らは下調べや企画、草稿、推敲の段階だろうと、ストーリーに意味を見出す努力を惜しまない。そして、そのためにはディテール(細部)に細心の注意を払うことが求められる。
なぜディテールが重要なのだろうか。それは、人間のキャリアや人生にはディテールが大きな意味を持つからだ。ストーリーテリングにおいてもその点は変わらない。
フィクションの中心である主人公について考えてみよう。どんなフィクションでもかまわない。読者は自分の経験に重ねられる、興味深い主人公に反応する。したがって主人公の行動はストーリーの中で理にかなっていなくてはならない。そういうキャラクターを作るには、書き手がキャラクターの性格的特徴を熟知しておく必要がある。どのような心の傷を持ち、何に情熱を抱き、どんな趣味を持ち、風変わりなところがあるのかなど、いろいろと知っておくべきだ。こうしたディテールによって、キャラクターが持つ欲望や目標、恐れ、欲求は固められ、ひいては、キャラクターが変わっていく旅路(キャラクター・アーク)が定義付けられる。ディテールはストーリーを通してキャラクターの行動を決定付けるため、決して侮ることはできない。
書き手がよく見落としがちなディテールに、キャラクターの職業がある。おそらく、それはストーリーに力を与えるというよりも単にキャラクター設定のひとつにすぎず、取るに足らないものだと考えられているからだろう。書き手が、職業が発揮しうるストーリーへの効果を軽視している場合、書き手は、単に自分が経験したことのある職業をキャラクターに与えたり、深く考えずに面白いという理由だけでキャラクターの職業を設定したりして、執筆を進めていく可能性がある。しかし、それではいけない。職業は、キャラクターが自らの可能性を最大限に発揮できるよう、ストーリーを前進させる強力な推進力になり得るからだ。キャラクターがどんな職業に就いているかによって、キャラクターは肉付けされ、プロットが方向付けられる。そうすると、それに応じた人間関係の相克が生まれ、キャラクター自身の未熟さが表面化し、キャラクターが人間として成長していく過程が描かれていく。職業は他にも様々なことに利用できるはずだ。
キャラクターの職業は、取るに足らない詳細事項などではない。多くのストーリーに多面的に影響を与えられるものだからこそ、慎重に考えて選択する必要がある。
職業の選択を自分の場合に置き換えて考えてみよう。あなたの現在の職業(または過去の職業)は、深く考えずに適当に選んだものだろうか。おそらく、そうではないはずだ。内容に関心があって得意分野の仕事だった、家族を養わなくてはならなかった、または、世の中に貢献したかったなどの理由があって、その仕事を選んだのではないだろうか。あるいは単に、人材を募集していると聞きつけ、これは好都合だと思ったから就職したケースもあるだろう。いずれにしても、これまでにあなたが就職を決めたときには、常に何らかの理由があったのだ。
キャラクターの場合も同じはずだ。書き手がキャラクターの職業を慎重に選べば、読者はキャラクターがどういう人物で、どのようなスキルを持っているのかを想像し、キャラクターの行動の動機や人生の優先順位をよりよく理解できるだろう。職業は、キャラクター設定の貴重な道具となるだけでなく、プロットそのものに結び付き、キャラクターが目標達成にこぎ着けるのに必要な能力や知識を与え、ゴールにたどり着くまでの道のりに障壁を作り出すこともできるのだ。
キャラクターの職業をうまく選んでおけば、抽象的な主題レベルから具体的な場面レベルまで説得力のあるストーリーを作りやすくなる。だが、選択肢はあまりにも多い。まずは、キャラクターの行動動機に合った職業を選ぶため、なぜ人は特定の職業を選択するのか、その背景にある理由を掘り下げていこう。
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