イントロダクション
この類語辞典は稽古や本番で広く使われている演技のテクニックを紹介し、明示することを目的としています。このテクニックの呼び方はさまざまですが、この本では「アクショニング」で統一します。
アクショニングは台本の一行一行をダイレクトに演じる刺激となり、演技に豊かな幅が出ます。演技に正確さをもたらし、人物どうしのドラマ的なやりとりを充実させる効果もあります。
アクショニングは演技を自発的でのびやかにします。雰囲気重視の単調な演技は減るでしょう。実のところ、観客として、また俳優として、ちんぷんかんぷんな劇に出会った経験は誰にでもあるはずです。特にシェイクスピアの劇などはそうでしょう。台本を読んでも「わけのわからない空騒ぎ」としか思えない時に、アクショニングをすれば「一瞬」ごとの単位が腑に落ちます。たいしたことが何も起きず、ただセリフだけが続くような場面でも、ピーター・ブルックが「退屈」と嘆くような演技に陥らなくて済むのです。
俳優が一つの文に対してリアルではっきりしたアクションを演じれば、観客はそのアクションが何であるかに気づかなくても面白さや見ごたえを感じます。アクショニングは演技を具体的で正確にします。俳優は迷いから解放されて自由になります。次から次へと自然につながる動きが生まれ、まとまりのある演技ができます。
アクショニングは稽古の初めや、俳優が個人で台本を読み込む時に始めます。自分で選んだアクションを吟味していくうちに、俳優の心は自信に満ちてきます。成果は本番で生まれます。アクショニングをすればドラマがちゃんと機能しているかがわかるし、どんどん意味づけを変えていけるため、常に新鮮な目で台本を見ることができます。
稽古の初日に一時間、方法論を確認する時間を設けると、出演者全員で用語の共通理解ができます。話し合いは効率的になりますから、稽古時間も短縮できます。
アクショニングは主に俳優のためのものです。プロやビギナー、学生、アマチュア、トレーニングの有無は問いません。ミュージカル俳優にも役立ちますし、オーディションや面接でのトークに苦労する人、テレビやラジオのCMのナレーションを表情豊かにしたい人、また、何ヵ月にもわたって同じ演目を長期公演する人にも役立ちます。
戯曲を読んで行間の意味を分析するような活動にも、この本を生かして下さい。
アクショニングの起源
ロシアの俳優で演出家スタニスラフスキー(1863–1938)は心理的に深くて真実味のある感情表現を求め、革新的な理論を打ち立てました。アクショニングの起源はそこにあります。彼のシステムは今日でも世界じゅうで学ばれ、実践されており、アメリカのメソッド演技など多くの手法が生まれるきっかけにもなりました。
スタニスラフスキーは演劇活動の中で(主にモスクワ芸術劇場において)俳優が自由に自らの感情にアクセスできるような練習法を考案し、人間性の基本でありながら定義が難しい表現者のあり方を追求しました。
彼のシステムは複雑で、心理面でも高度な要求をする側面もありますが、アクショニングはすべてを端的に扱える手段と言えるでしょう。ただし、スタニスラフスキー・システムに出てくる主な要素は知っておく必要があります。
「ユニット」と「目的」
演技に必要なアクションを見つけるには、スタニスラフスキーがいう「ユニット」と「目的」が必要です(「エピソード」と「タスク」とも呼ばれます)。ユニット単位で目的(人物が求めていること)を設定してから、アクション(どのようにして目的を果たすか)を決めるからです。
シーンをユニットに分け、一つのユニットにつき、一つの目的を設定します。彼は著書『俳優修業』でうまいたとえをしています。劇をユニットに分けるのは、鶏の丸焼きを切り分けて食べやすくするようなものだ、と。ひと切れずつ食べ続ければ、最終的には鶏を丸ごと食べ尽くせます。それと同じように、シーンも「小分け」あるいはユニット単位にして分析しやすくするのです。各ユニットに内容を表すタイトルを付け、そのユニットの中で人物が独自に抱く目的を設定します。ユニットに大(テキスト全体)と小(一つの単語や短文)があるように、シーンが刻一刻と展開するにつれて人物の目的にも大小が生まれます。
スタニスラフスキーはこう述べています。「目的を名詞で言い表そうとしないこと。ユニットは名詞でもよいが、目的は常に動詞であるべきだ」。たとえば「私は権力がほしい(権力=名詞)」は漠然としており、具体的にどう動いて表現していいかわかりません。さらにアクティブになるよう言い換えると「私は権力を得るために何かをしたい」。この「何か」がユニットのアクション探しの出発点です。ほしいものを得るための行動がアクションです。アクションとは手段でもあります。
現代におけるアクショニング
アクショニングは過去50年の間にヨーロッパとアメリカで培われ、プロの俳優の間で広く使われるようになりました。俳優や演出家が口伝えで後の世代に伝えてきたものですが、いまや演劇学校や芸術学校でも教えられるようになりました。あらゆる俳優が同じ用語で同じテクニックを使っているわけではありませんが、方法論を知っている人は増えていると言っていいでしょう。
アクショニングを稽古の基礎にする演出家も多いことから、俳優なら誰しも知識を仕入れ、慣れておくべきものとなっています(イギリスの有名な演出家マックス・スタッフォード゠クラークは稽古の最初の二、三週間をアクショニングに費やすことで知られています)。
アクショニングの理論ができて長年経ちますが、俳優のための動詞類語辞典はこれまでにありませんでした。本書が最初の一冊です。
※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。