ためし読み

『映像編集の技法 傑作を生み出す編集技師たちの仕事術』

映画、テレビドラマからドキュメンタリー作品に至るまで、多様な映像ジャンルを手がける編集技師たちへのインタビュー集『映像編集の技法 傑作を生み出す編集技師たちの仕事術』
本書は、総勢50名を超える現役の編集技師による架空の座談会として構成され、実作での経緯に基づく技術・方法の解説から、編集という仕事の理念に至るまで、今日における映像編集の極意をうかがい知ることができます。
今回のためし読みでは、著者スティーヴ・ハルフィッシュによる「イントロダクション」を公開いたします。

イントロダクション

この本の着想を得た瞬間を、私は正確に覚えている。それは2014年、第86回アカデミー最優秀助演女優賞の受賞スピーチの最中だった。スティーヴ・マックイーン監督作品『それでも夜は明ける』(13)での迫真の演技により栄誉に輝いたルピタ・ニョンゴが、定石どおり監督と共演者たちに感謝を述べたあとで口にした名前に、私は心を打たれた。「編集室の見えざるパフォーマー、ジョー・ウォーカー、ありがとう」。ルピタはそう言った。

編集技師とは、日の当たらない場所でこつこつと働くものだという私の考え方は少し古いのかもしれないが、映画のありとあらゆる場面に対していかに編集技師が寄与しているか──映画の出来は私たちの双肩にかかっている──を理解している人は少ない。それゆえ、ひとりの若き女優から、暗い部屋で人知れず働く編集技師との繊細で親密な関わりに対する感謝の言葉を聞くことは、私の好奇心に火をつけた。あのような晴れ舞台で感謝を述べたいと思わせる編集技師にぜひとも会ってみたいと思った。

それ以前にも何人かの編集技師から話を聞く機会はあったが、このときのジョー・ウォーカーへのインタビュー、そして『ゼロ・グラビティ』(13)でその年のアカデミー編集賞を受賞したマーク・サンガーへのインタビューから、この本のもととなる一連のインタビューが始まった。インタビューを通して、同業の編集技師たちが惜しみなく貴重な意見を述べ、編集技法の発展に寄与してくれたことに私は深い感銘を受けた。これは、編集技師を目指す人たちには特に知ってもらいたいことだ。編集技師たちには、家族のような親しみに満ちた仲間意識がいまも強く生き続けている。インタビューを終えるたびに、同業者たちの、分け隔てない、率直な助け合いの精神に、離れた場所にいながら勇気づけられ、強い気持ちになることができた。世の中、こんな職種ばかりではない。彼らのおかげで、私は自らを編集技師と名乗るのが誇らしい。

私は長年、業界誌で多くの編集技師のインタビューを読んできたが、そこでの質問には満足できないことが多く、議論を呼ぶような発言のあとに、それを追求するような問いかけがされないことにいら立ちを覚えていた。編集技師として2本目の長編映画の仕事を終え、キャリアも30年を超えて中盤にさしかかった私は、編集技師たちが提起したい問題が自分にはわかると感じていた。こうした本を書き、問題を提起するのにふさわしい、私より才能にあふれ、経験豊富な編集技師がいることは重々承知しているが、これまで私が満足を覚えたものがなかったことも事実だ。

私のこれまでの著作である『デジタル・カラーコレクションの技巧とテクニック The Art and Technique of Digital Color Correction』(未邦訳/Routledge社)と『Avidのすべて Avid Uncut: Workflows, Tips, and Techniques from Hollywood Pros』(未邦訳/Routledge社)はともに、その分野の専門家の意見や知識に大きく依存したものだった。クリエイティブな試みに関して、私はひとつの観点からのみ書かれた本には非常に慎重にならざるをえない。その観点は確かに有益なものであり、高いレベルでの何十年もの経験から得られた知識によるものであることはまちがいない。だが編集に関して言えば、ひとつの観点では決して十分とは言えない。そこで私は、より広い分野に携わる編集技師たちに話を聞くことにした。それぞれに高いレベルで仕事をされてきた編集技師ばかりであり、私にとっての憧れであるとともに、ほかの編集技師にとっても目標となり、よい刺激になるのではないかと思っている。こうして、世界中から50人を超える編集技師に話を聞くことになった。合わせてアカデミー賞を12回受賞し、ノミネートは40回を超え、エミー賞やエディー賞も数多く受賞している編集技師たちだ。彼らが携わってきたプロジェクトは、編集技師を目指す人たちはもちろん、同業者であっても、ぜひ話を聞いてみたいと思うものばかりである。また、国際的な観点を求めて、イギリス、オーストラリア、香港、フランス、オランダ、エルサルバドルなどから19名の編集技師の話を聞くことができた。さらに、できるだけ女性の編集技師からも話を聞きたいと考えた結果、この本に登場する編集技師の約20パーセントが女性となった。これはこの業界全体に女性が占める割合を少し上回る。こうした多様な観点は、私たちの技巧を正しく表現するうえで大きな意味を持つものだ。

私のインタビュー技術は、「オプラ・ウィンフリー・ショー」(86-11)の編集に携わった10年間に培われたものだ。私が担当していたコーナーを企画していたフィールドプロデューサーは、インタビューの進行が非常に巧みで、じっくりと話を聞いて、掘りさげるべき場所を見極めるのに長けていた。今回のインタビューで、私はどちらかといえば流れにまかせるヽヽヽヽヽヽヽように話題を進めたのだが、あるトピックを掘りさげることによって、新しい発見があり、話を聞いている編集技師の情熱が明らかになったと考えている。

各編集技師とのインタビューのすべての内容は、特設ウェブサイトに掲載したが、50人を超える編集技師たちそれぞれの英知の核心を、合計で約25万語にも及ぶインタビューを読むことで完全に理解するのは難しいのではないかと考えた。そこで私は、問いへの答えに共通する議題を見つけてひとつの章にまとめ、この本を世界最高の編集技師たちによる架空の座談会のような形に作りあげた。

この本を書くにあたっては、私自身の利己的な意図もかなりあったことを認めざるをえない。私は編集技師として──特に脚本のあるドラマに関しては──大きな名声を得るには至っていない。長編映画3本と何本かのドキュメンタリー作品の経験があるだけだ。私は、この一連のインタビューを自分自身の啓発のために行うことを望んでいた。私が30年間のキャリアから学び得たものが、敬愛する編集技師たちと矛盾がないものであるかを知りたかったのだ。私の質問や反応のなかに、それが表れているのがおわかりいただけるかと思う。

だが、私がこの本の最大の魅力だと考えるのは、編集技師たちのなかにもアプローチに対する類似点と相違点があるのを明らかにしたことだ。たったひとりの人間の意見や方法論を聞いて、それが価値ある意見であるかを判断することは非常に難しい。自身の経験や、正しいと信じるものに照らし合わせることはできるが、豊富な経験と知識がなければ、そのアプローチや意見が正しいものであるか検証することはきわめて困難だ。この本で話を聞いた才能ある編集技師たちは、一人ひとりの意見にはそれぞれの経験と才能に培われた重みがあるのはもちろんだが、ひとつの集団としての編集技師たちの、あるアプローチへの多数からの支持、あるいは、決まりきった型に対する熱のこもった反論を見ることができるのは大きな価値がある。誰もが賛成するものは何か、反対するものは何か、そしてそれはなぜか。編集技師としての読者の個人的な意見は、この本のどの議論に当てはまるか。それを知ることができるのが、この本の強みだ。

経験ある編集技師にとって、この本は、アメリカ映画編集者協会のクラブハウスでの気の置けない語らいのように楽しんでもらえることと思っている。いままで成し遂げてきたことを確認しつつ、新たな着想を得て、驚くような新事実を知る機会になるのではないだろうか。編集技師を目指す人たちや学生たちにとっては、合わせて一千年を超える時間を費やして、何千本もの映画やテレビ番組を編集してきた編集技師たちの思考プロセスをのぞき見る貴重な体験となるよう願っている。経験豊かな編集技師たちが努力のすえに手にした知識をこっそり見て吸収できる、またとない機会だ。若い編集技師や学生のために、専門用語を解説する欄をページ内に設けたので、わからない用語があっても、別の用語集を調べなくても答えはすぐそばに書かれているはずだ。

また、私が共感を覚えた「金言」や重要な意見についても別枠に特記した。多くのページで、私の心に響いた言葉を抜き出して記載してある。映画を学ぶ者たちや教師にとって、この引用と用語解説は、授業での課題となり、実り多い討論を行えるはずだ。経験ある編集技師にとっては、「あんなこともあった、こんなこともあった」と大いにうなずいてもらえることと思う。あるいは、この本全体に散りばめられた貴重な言葉から、次なるプロジェクトへのヒントを見出してもらえるかもしれない。

(中略)

この本を手にとる編集技師志望者のために、もう一度ルピタ・ニョンゴのアカデミー賞受賞スピーチを引用して、この序章の締めくくりとしたい。ルピタの言葉があなたに勇気を与えてくれることを願って。「この金色に輝く像を見るたび、私は(そしてあなたも)思い出すだろう。どんな生まれであっても、夢は叶うものだと」。

(ぜひ本編も併せてお楽しみ下さい)
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映像編集の技法

傑作を生み出す編集技師たちの仕事術

スティーヴ・ハルフィッシュ=著
佐藤弥生/茂木靖枝=訳
発売日 : 2021年1月21日
3,200円+税
A5判・並製 | 504頁 | 978-4-8459-2005-1
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