ためし読み

『そして映画館はつづく あの劇場で見た映画はなぜ忘れられないのだろう』

劇場スタッフ、配給会社、関連機関、映画人の言葉から、いま改めて「映画館」について考える『そして映画館はつづく あの劇場で見た映画はなぜ忘れられないのだろう。新型コロナウイルスに伴う一連の混乱において、劇場やライブハウスなど人々が集う「場」がたびたび話題になる昨今。本書では「映画館」という場所のこれまでのあり方と今後のあり方や、広く「映画」と「上映」をめぐる現状について、多くの方々から言葉を集めました。
今回のためし読みでは、弊社編集部による「はじめに」を公開いたします。

はじめに

本書は、映画館という場所を主題にした書籍です。私たちフィルムアート社がこうした書籍を作りたいと考えたことには、もちろん様々な理由があります。

2020年冬から拡大した新型コロナウイルス(COVID-19)の大規模感染に伴う諸々の混乱も、もちろんその理由のひとつです。この文章を記している11月現在、日本国内の緊急事態宣言の解除からはすでに半年近い時間が経過していますが、海外での感染再拡大の状況とともに、国内の感染者数の増減と再びの感染拡大への警戒を促す報道はもちろん終わりを見せません。緊急事態宣言下、「新しい生活様式」や「ニューノーマル」といった言葉の流布とともに、政府・行政から大規模な「自粛」の要請がなされた結果、映画館という場所が(もちろん映画館に限らず様々な施設や店舗も同様に)休館を余儀なくされることになり、そのことがとりわけ「ミニシアター」と呼ばれる場所を危機的な経営状況に陥らせたという事実は、この本を手に取ってくださったみなさまには改めて説明するまでもないことかと思います。

そうした状況の中で、映画館を守るために様々な声が発せられました。たとえば本書でも事務局のみなさまにご登場をいただいた「ミニシアター・エイド基金」は、クラウドファンディング開設からわずか3日間で目標金額1億円を突破し、最終的にはおよそ3万人から3億円を集め、私たちはこの試みによって可視化された、ミニシアターという場所を切望する人々の数と熱意に強く心動かされました。

その大きな反響に胸打たれながら、それと同時に、それほどまでに多くの人々が大切に思う映画館という場所について、私たちはあまりに何も知らなすぎるのではないかという思いもまた湧き上がってきました。本書を制作することを決めたもうひとつの大きな理由とはそれです。今改めて「映画館」という場所について、あるいは「上映」という営為について考えたいと思ったのです。

今回の混乱に直面したことで、たとえば「コロナと映画館」というテーマで書籍を制作することもありえたでしょうか。しかしそうした試みより必要だと思われたのは、コロナ以前・以後という問題設定ではなく、なぜそもそも「映画館で映画を見る」ことが必要なのかという原理的な問いについて考えることでした。「映画館で映画を見る」という行為は、歴史を遡ればテレビの普及やビデオパッケージの流通、あるいは今日の様々な映像配信に至るまで、映像インフラにおける技術的変容の中で、その意義をつねに問われ続けてきました。新しい技術が私たちにもたらしてくれた恩恵は計り知れませんが、一方で「上映」という営為の意義がそれらにすべて置換可能であるはずがありません。

そして映画館、とりわけ「ミニシアター」と呼ばれる場所は、決して保護されてきた場所ではありません。その場所を維持するために、あるいは新しく場所を生み出すために、日々様々な形で奮闘されている方々がいて、その方々のおかげで私たちは今もなお、映画館という場所を「当たり前」のものとして享受できていたのです。今回の新型コロナウイルスに伴う様々な混乱は、「映画館」という場所が「当たり前」に存在していること、それ自体を改めて考え直す契機であったことは間違いありません。意見や考え方の相違や衝突をふまえて、このたび現場の第一線に立ち続けられているみなさまにお話をうかがえたことは、本当に貴重な経験でした。そしてその準備段階にて、これまでも様々な媒体で映画館について言葉を紡がれてきた方々の情熱に触れたこともまた、本書を編み上げるための心強い原動力となりました。

第一章では、日本各地の映画館で実際に仕事を営む方々に、それぞれの館の成り立ちやご自身が映画館という場を仕事に選んだ経緯にはじまり、映画館という場所の今日的な意義について考えられていることを率直にうかがいました。第二章では映画館という場所と直接的に関わる仕事をされている方々に、第三章では広く「上映」という営為に携わる方々に、「映画館」と「上映」について考えられていることをうかがい、あるいは寄稿いただいています。そして第四章ではミニシアター・エイド事務局のみなさまに、今回の試みから見出されたものについて、そしてこの先の映画館と映画がいかなる道を志向していくべきかについて広くお話をうかがいました。そして巻末には、日本全国の映画館をご紹介するガイドページを掲載しています。

本書での寄稿を除く取材の大部分は遠隔テレビ会議システム等を用いて行われ、聞き手・構成はすべてフィルムアート社が担当しています。このような状況下で取材にお力添えをいただいたみなさまに、まずは深い感謝を申し上げます。取材記事の作成にあたり文字起こしなどのご協力をいただいたみなさまにもここで感謝を述べたく思います。そして、巻末の「全国映画館ガイド」にご協力をくださったすべての映画館関係者のみなさまに、改めて深い敬意と感謝を申し上げます。

最後に、この本を手に取ってくださった読者のみなさまに。少し思い出してみてください。あなたにとってかけがえのない作品は、いったいいつ、どこの映画館で見たものだったでしょうか。上映時間を調べ、いくつかの交通機関を乗り継ぐなりしてたどり着いたあの映画館は、今もまだ同じ場所にあるでしょうか。作品の記憶とともに、その映画館の空気や匂い、あるいは自分の周囲に座っていた人がどんな人たちだったか、かすかにでも思い出されはしないでしょうか。映画を見ることとは、それをとりまく様々な空間的・時間的な状況と、ほのかに、しかし確実に結びついているはずです。本書が、読者のみなさまの映画館という場所をめぐる記憶に、ほんの少しでも重なり合う部分があることを願っています。

2020年11月 フィルムアート社編集部

(ぜひ本編も併せてお楽しみ下さい)
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そして映画館はつづく

あの劇場で見た映画はなぜ忘れられないのだろう

フィルムアート社=編
発売日 : 2020年11月26日
2,000円+税
四六判・並製 | 336頁 | 978-4-8459-2016-7
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