ためし読み

『SAVE THE CATの法則で売れる小説を書く』

訳者あとがき

ブレイク・スナイダー著『SAVE THE CATの法則』の番外編とでもいうべき本書は、タイトルが示すとおり、本来映画の脚本のプロット構成の方法論である「SAVE THE CAT!」の法則を、小説の執筆に応用してしまおうというものだ。

元祖「SAVE THE CAT!」のほうは2005年に出版され、日本語版もフィルムアート社から2010年に刊行されて以来、定番の脚本指南書として人気の高い書籍だ。

その小説応用版が出るので翻訳をという依頼がきたとき、私は「来たか」と思った。

と書くと何やら偉そうだが、そう思ったのには理由があった。2015年に同じくフィルムアート社から刊行されたカール・イグレシアス著『「感情」から書く脚本術』を翻訳した私は、ネット上で反響を拾いながら薄々感づいたことがあった。『「感情」から書く脚本術』は映画の脚本を書くための手ほどきの本なのに、映画の脚本を書いているという人の反応が取り立てて多いわけではなかった。映画産業の規模を考えると「脚本家になりたい」という人がそれほど多くなくても不思議ではない。でも『「感情」から書く脚本術』に対する反応が少ないというわけではなかった。むしろ同じ著者の『脚本を書くための101の習慣』よりも、段違いで多かったのだが──。

それよりも何よりも、小説を書く人の反響が目についた。

私にとってこれは、興奮を掻き立てるような新事実だった。「新」と言っても私が知らなかっただけなのだが、何しろ世の中には小説を書く人がアマチュアからプロまで大勢いて、物語を語る作法を磨くために勉強しており、その教材のひとつとして「映画の脚本執筆術」が参考にされているということが薄っすらと見えてきただけでも、『感情から』の翻訳をやった意義があるというものだった。

映画的な、あるいは2時間前後で語り終れる物語の構築の方法論を小説に適用する。

なるほど。これは小説というジャンルというかメディアが遂げて当然な進化に違いない。今、視覚的に語られる物語の影響を逃れ得るものはない。小説も例外でいられるはずがない。そして「書く人たち」は、すでにそれを知っている。

そのような認識をもった上で翻訳の依頼がきたので、私の反応は「来たか」だったというわけだ。

この認識は、著者ジェシカ・ブロディによって「イントロ」の章で語られているとおりだ。

「メディア中心で、スピードが速くて、何でもテクノロジーの力でパワーアップしている今の世の中では、小説家の敵は脚本家だから。最初の無声映画が劇場にかかった瞬間から、小説は映画相手に娯楽の王座を争ってきたのです。ディケンズやブロンテ姉妹は、最新のアクション満載スーパーヒーロー映画とかメリッサ・マッカーシーの最新コメディを敵に回さなくて済んだけど、現代の小説家は逃げられない」

そこで、本書の出番というわけだ。

さて、映画のプロット構築に使うフォーマットを小説に応用できるのかと首を傾げたのは、あなただけではない。私も半信半疑だったが、読み進めるうちに腑に落ちるものを感じた。2時間内外で観終わる映画と違い、膨大な文字を読まなければ把握できない小説というものを分析するのはなかなか骨の折れる作業だ。しかし著者は説得力をもって10本の小説を分析してくれた。実はゲラの段階では20本の小説が分析されており、その中には『そして誰もいなくなった』『エマ』『1984』『怒りの葡萄』『フランケンシュタイン』といった古典も挙げられていた。そして、どれも15段階のビートにそって明快に分析されていた。信じて大丈夫と思わせる説得力をもって。

著者は、プロット構成作業を「レシピ」になぞらえている。絶対必要な素材が入っていれば、塩加減は作者次第、というわけだ。もちろん、レシピどおりに作れば必ず料理が成功するとは限らないし、レシピというのは「桂剥き」とか「焦がしバターの作り方」「コチの捌き方」みたいな「技術」の部分は省いてあるもの。

小説執筆に必要な多様な技術は各人研鑽していただくとして、皆さんが思いついたとっておきのネタを最高の物語として編み上げるための方法論として、本書が役に立つことを願っている。

肩の力を抜いて書かれた本書を、読者の皆さんがリラックスして読み、楽しく活用できますように。そして皆さんが、著者のこんな言葉に乗せられてノリノリで書き続けられますように。

大事な鍵は、ペースの配分。テンポが良くて、視覚的で、登場人物の成長が興味深くて、漏れなく構成されている小説なら、どんな大予算映画とも互角に戦えます──。
そして勝てる。

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SAVE THE CATの法則で売れる小説を書く

ジェシカ・ブロディ=著
島内哲朗=訳
発売日 : 2019年3月26日
2,500円+税
A5判・並製 | 480頁 | 978-4-8459-1819-5
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