ためし読み

『俳優のためのオーディションハンドブック ハリウッドの名キャスティング・ディレクターが教える「本番に強くなる」心構え』

1. オーディションでキャスティング・ディレクターが俳優に求めているものは何ですか?

これは私が最も頻繁に頂く質問です。答えはまず才能、次に自信です。
才能とは何でしょう? 才能は私にとって不可思議なものに思えます。この道に入って29年間、私は毎日、この謎に魅せられています。才能とは何かを知ろうとすればするほど、答えがわからなくなってしまいます。私は日々、俳優が見せる才能に感服していますが、どうすれば才能を伸ばせるかを教えることはできません。あなたは今、この本を読んでいらっしゃるのですから、きっと才能があるはずです。あなたがオーディションルームで過ごす5分から10分ほどの時間は、キャスティング・ディレクターである私もオーディションに没頭します。電話の応対やスケジュール進行を忘れ、仕事のプレッシャーも忘れ、俳優と一緒に演技の題材に集中します。役柄の大小にかかわらず、それがオーディションで最も大切なことの一つだと私は思っています。才能はともかく、自信のつけ方については私からアドバイスできることがあります。次の4つの項目を心がけて下さい。

練習すること

「完璧を目指すには練習あるのみ」とよく言われます。スポーツ選手は強い意欲をもって練習に励み、忍耐強く頑張ります。あなたもスポーツ選手のように根気強く練習を続けていけば、試合に勝てるでしょう。練習すればするほど競技や試合(俳優の場合はオーディション)と練習との差が少なくなってきます。ぜひ、地道に続けて下さい。自信をつけるために、日々の課題にきちんと取り組むこと。どんな時もベストを尽くすのが当たり前になるよう、くり返しオーディションの練習をして下さい。

喜びを感じること

「あらゆる人に気に入られたい」と思わないで下さい。人の評価を気にすれば必ず失敗します。オーディションではあなたが練習してきたことを表現し、喜びを感じて頂きたいのです。哲学者のアリストテレスは「人は何かを実際におこなうことによって学ぶ」と言っています。私も俳優の皆さんには、オーディションに来る前に何度も予行演習をするよう勧めています。そうして、まず最初にあなた自身が喜びを感じ、満足できるようになって下さい。

手放すこと

台本を読み込み、役づくりをし、演技の練習をして準備を終えたら、その次は最も難しいステップに到達します。それは、すべてを「手放す」こと。オーディションルームに入ったら、それまでにおこなった準備をすべて忘れることが必要です。練習で決めたとおりに演技をしようとしないで下さい。かえって、うまくいかなくなります。練習で積み重ねたものを完全に手放せるようになるには経験が必要ですが、「オーディションの目標は受かることより、キャスティング事務所に顔を覚えてもらって何度も呼ばれるようになること」だと理解すれば、気持ちが楽になるでしょう。演技の仕事は「数を撃てば当たる」という側面がありますから、頻繁にオーディションに呼ばれる方が望ましいのです。
オーディションルームに入ったら、どうしても緊張してしまうものですが、たとえそうでも自信をもっていきいきと存在できるよう、その時のエネルギーを生かしましょう。最近出た本の中で、緊張していることをキャスティング・ディレクターに伝える方が人間味があってよいと書かれているものがありますが、私はまったく同意しません。テレビドラマシリーズを企画する際、アメリカではまずパイロット版と呼ばれる試作品(またはシングルエピソードと呼ばれる一話分のエピソード)を制作します。このパイロット版のキャスティングには何百万ドルもの予算の命運がかかっていますから、緊張しがちな俳優よりは、信頼できる俳優が求められます。自信があって落ち着いている俳優はプロデューサーやスタジオ・エグゼクティブ、ネットワーク・エグゼクティブと呼ばれる役員たちを安堵させ、「この俳優なら大丈夫だ」と確信させます。そう思わせることが俳優の仕事。それと引き換えに巨額の出演料を得ることもしばしばです。

その瞬間に存在すること

その場で起きることを信じましょう。そうすれば、何か新鮮でエキサイティングなものが自然に展開していきます。あなたが練習で作り上げてきたものと、オーディションの場での流れとを素直に組み合わせることができれば、おのずと自信が生まれるでしょう。あなたが自分でコントロールできる部分はそれほど大きいのです。俳優の自信は演技を始めたとたんに、まるで魔法のように伝わってきます。カメラに映る映像も、まるでその俳優のエネルギーが香り立つかのようなニュアンスを醸し出します。オーディションで自信がどこかに消え失せてしまわないよう、練習の時はできる限り本番に似せるように工夫して下さい。5分間のオーディションを5分間の「仕事」と捉えるのです。役を演じるのなら練習もオーディションも本番もみな同じ。そういう心構えでいれば、高い意識が保てるはずです。自信に満ちあふれたスポーツ選手は見る者の視線をとらえて離しません。彼らは競争を勝ち抜きます。オーディションも、そういった勝ち負けの側面があるのは否めません。演技というアートで競うスポーツ競技のようなものなのです。

▼ポイント
受かることより、何度も呼んでもらえるようになることが大事。
まずはあなたが演じる喜びを感じて下さい

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俳優のためのオーディションハンドブック

ハリウッドの名キャスティング・ディレクターが教える「本番に強くなる」心構え

シャロン・ビアリー=著
奈良橋陽子=監修&解説
シカ・マッケンジー=訳
発売日 : 2020年3月26日
1,800円+税
四六判変形・並製 | 176頁 | 978-4-8459-1927-7
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