書く習慣を身につけよう。
信頼できて気が散らない作業スペースを見つけ、一日あたりの生産目標を達成する。
スティーヴン・キング『書くことについて』
スティーヴン・キングは、何を書いてはいけない・・・・かを学ぶために出来の悪い作品を読むべきだという、一風変わった助言をしている。より実用的なのは執筆量の多さをみずから体現していることで、まさしく驚嘆すべき量だと言える。キングはひとつの季節に1冊の小説が書けると公言している。1年間で4冊書けるということだ。このペースは、書く行為を習慣づけるさまざまな要素によってもたらされている。信頼できて快適な執筆空間、必要な設備と用具、気を散らすテレビやデジタルメディアからの隔離、そして、みずからに課した1日2,000語という目標。キングの水準に達する者がいるとは思えないし、わたし自身も無理だ。とはいえ、悲観することはない。自分に見合う量と責任が持てる範囲にとどめればいい。書きつづける習慣を持つことまで否定してはいけない。
書き方についての本やエッセイを書いた書き手は多い。例のごとく、わたしの頭にはジョージ・オーウェルが浮かぶ。有名な作家や人気作家であれば、内容の信頼性も増す。それに、金にもなる。ウィリアム・ストランク・ジュニアによる『英語文章ルールブック』は、学界ではカルト的な人気を呼んだが、ストランクの教え子で著名作家のE・B・ホワイトが手を加えた結果、ご存じのとおり1,000万部売れたのだった。
1979年、わたしはある若手作家にインタビューした。恐怖小説を書く作家で、名前はスティーヴン・キング。キングの最初の3作はすでに読んでいた。『キャリー』、『呪われた町』、『シャイニング』のどれもすでに映画化されていた。キングは『デッド・ゾーン』という本の宣伝活動中だった。そのころが作家人生のほんのはじまりだったことが、わたしの最後の質問を見ればわかる。「あなたはまだ百万長者ではないのですか」と尋ねたのだ。それに対するキングの返答は「まだですが、来年またその質問をしてください」というものだった。キングはアメリカのホラー界の王キングになる道を邁進していた。いまや60作の巧みで恐ろしい小説を全世界で3億部以上売りあげ、その勢いが衰える気配はない。
『シャイニング』を読めば、キングが執筆のプロセスと作家の苦悩に関心を持っていることがよくわかる。映画化されたキング作品のなかで、おそらく最も人々の記憶に残っているのは、ジャック・ニコルソン演じるジャック・トランスが悩める小説家から斧を振りまわす異常者へ変貌していく個所だろう。何かに取り憑かれた古いホテルで、雪に閉ざされて情緒不安定になった作家は、執筆を進めているようだったが、あるとき妻が、ページというページでただひとつの文が繰り返されていることを発見する。「仕事ばかりで遊ばないと、ジャックはだめになる」。やがてジャックは鋭い斧を振りまわす。
キングは、書くことについて書いた存命中の最も有名な作家だろうか。わたしはそうだと思う。その本は役に立つだろうか。答えはまちがいなくイエスだ。では、キングにとって、書くことについて書くのは簡単だったのだろうか。本人の談によると、ノーだ。90日で1作の小説を書きあげる男が、『書くことについて』を書いたときは悪戦苦闘し、何か月も何か月もデスクの抽斗ひきだしに眠らせておいたのだから。この本は運が悪かったとも、呪われていたとも言える。あるいは不運についてキングが用いる比喩をなんでもあてはめるとよい。1999年、キングがメイン州の車道沿いをただ歩いていたとき、ワゴン車が衝突してきた。技術的な問題ではなく、運転手が後部座席に放されていた犬に気をとられたことが原因だった。複数個所に及んだ怪我は重症で、ヘリコプターによる移送と緊急治療を要するほどだった。回復するまでに長い時間と痛みを要したが、キングは『書くことについて』の執筆にどうにかもどり、命も助かったので、わたしたちはいま、多くの小説や独創的なテレビ作品、映画作品をまだまだ楽しめる。
キングの回復力と人気と生産力が、『書くことについて』を21世紀のライティング本のベストセラーに押しあげた。達人とされるジャンル以外でキングが発表した本のなかで、最も成功した一冊にちがいない。執筆の秘訣を胸にしまいこむ人気作家は多い(わたしはそんな作家を許容できない)。中には私生活を口外したがらない者もいる。そんな流れに抗して書き、人生と作品をさらけ出すことによって、キングはみずからが寛大な作家であることを証明している。まったくちがうタイプの作家の本だが、アン・ラモットの『ひとつずつ、ひとつずつ』も、執筆についての助言がちりばめられた回顧録なので、『書くことについて』と並んで本棚に置くといい。
キングの個人的な話は、書くことについての実践的な教訓で締めくくられる。つぎに引用するのは、読むことと書くことの関係について記した一節である。
作家になりたいのなら、絶対にしなければならないことがふたつある。たくさん読み、たくさん書くことだ。わたしの知るかぎり、そのかわりになるものはないし、近道もない。(田村義進訳、小学館、以下同)
本人は読むスピードが遅いと言っているものの、キングは年に60冊から70冊読むという。そのほとんどがフィクション作品だ。みずからに課した1日2,000語という執筆スケジュールを厳守しているとしたら、いったいどこから時間を見つけてくるのだろう。
キングはちょっとしたエピソードとして、若いころにSF大衆小説作家のマレイ・ラインスターに傾倒していたことを記している。雑誌に掲載された物語に熱中したという。薄っぺらな登場人物、お粗末なプロット、そしてキング自身が避けてきたという形容詞「 zestful(趣深い)」の山が満ちあふれているというのに。
楽しいし、興味を引きもするが、それがどうしたというのか。キングにとっては、あらゆる読書が作家を育てるワークショップである。『怒りの葡萄』のような傑作を読めば刺激を受けるが、萎縮するかもしれない。それより、出来の悪いフィクションを読むほうが実用にかなう可能性もある。してはいけないこと・・・・・・・・・を教えてくれるからだ。キングはつぎのように書いている。
『小惑星の鉱夫たち』はわたしの読書体験のなかで重要な役割を担った1冊である。ひとはみな初体験のことを覚えている。たいていの作家は、〝自分ならもっとうまく書ける〞とか〝これなら自分が書いているもののほうがいい〞と思いながら読みおえた最初の本のことを覚えている。小説家になるために悪戦苦闘している者にとって、すでに世に出た作家の作品よりいいものが書けるという確信以上に励みになるものがあるだろうか。
個人的な話から文章術に関する体系立った考察へ移るにつれて、キングは作家たち――とりわけストーリーテラー――に向けて、戦術だけでなく役立つ習慣についてのヒントも提供している。わたしが気に入っているものをつぎにまとめる。
▼生産力について
一次稿は速ければひとつの季節、およそ3か月で仕上げよう。これはキングにとって、1日10ページ、約2,000語書くということである。新人作家に対しては、週に1日の休息をとったうえで、1日1,000語でいいとキングは提案している。快適な執筆場所を定めて、テクノロジーによる妨害を制限しよう――テレビも携帯電話もなしだ。
▼小説の戦略的要素について
ストーリーを進めていく語り、別の時間と場所に読者を没入させる描写、登場人物に生命を吹きこみ、動機となるものを解き明かす会話が必要である。
▼ストーリー、テーマ、プロットについて
ストーリーはプロットより重要である。ストーリーからテーマに達することはできるが、逆は無理だ。このアクションをあと押しするのが、「もし〜としたら」の仮定法形式の質問である。「もし・・『呪われた町』のように、ヴァンパイアがニューイングランドの小さな町にやってきたとしたら・・・・?」
▼描写について
「描写は作者のイマジネーションから始まり、読者のイマジネーションで終わるべきものである」。キングは登場人物を事細かに描写しなくてもいいと考えている。「選びぬかれた少数のディテール」がいくつかあればじゅうぶんで、あとは読者が埋めてくれる。
▼テンポについて
「テンポのことを考えるとき、わたしはいつもエルモア・レナードの〝退屈なところを削るだけでいい〞という言葉を思いだす。テンポをよくするには、刈りこまなければならない。それは最終的にだれもがしなければならないことである[愛しきものを殺せ。たとえ物書きとしての自尊心が傷ついたとしても、だめなものはだめだ]」。キングのような執筆習慣を持つ者なら、より陰惨なものを求めて、独創的な殺しさえもするかもしれない。愛しきものを惨殺せよ。
この星で最も立場が危うい作家の部類にはいるのは、文法やライティング、そして本の執筆について書いている作家である。幸いなことに、わたしはリトル・ブラウン社から出版することができた。本書は、かつてエミリー・ディキンソンやJ・D・サリンジャーに文芸人生をもたらした出版社から刊行される、わたしにとって6冊目の本である。わたしが綱渡り状態で動きだせば、編集者のほか、観察眼の鋭いキャサリン・ロジャースのような校閲者、校正者、事実関係を確認する担当者、デザイン担当者などの支援軍が、網を張って待ち受けてくれている。文法ミスや綴りのまちがい、または事実関係の誤りなど、これまで印刷工程でただのひとつも発見されたことはない、と報告したいところだが、そんなことはありえない。
現在も実行しているように(rclark@poynter.org)、わたしは本書で発見した誤りについて注意を促すよう読者に呼びかけている。誤りは最小限に抑えようと努力しているつもりだが、どの本でも、3つか4つの誤りが網をすり抜けてしまったことがあとでわかる。たとえば、等位接続詞とするところを相関接続詞としたり、ドイツ語のウェルズリー(Wellesley)の綴りを誤って、ウィリアムズ(Williams)大学としてしまったり。自分自身の許しを請うために、作家仲間の誤りも認めてやりたくなる。
スティーヴン・キングは評判がよくて影響力のある「書き方本」を書いたが、そのなかで「受動時制を避けて」書くようにと助言している。狂犬病に冒された犬や悪鬼のようなピエロが出てくる不気味な小説のなかには、大量の能動態の動詞が使われているので、キングの意図は明らかに「受動時制」ではなく「受動態」を避けて書くようにというものだ。時制と態は、ふたつの異なる動詞の性質で、混同しないことが大切だ。親しみやすく有益な本にまぎれこんだ、些細な誤りである。
Lesson
1 生産力の高い作家になるためには、日々の習慣が何より物を言う。1日1ページ書けば、1年で1冊書きあがることを覚えておこう。キングは1日2,000語を目標としている。だが、1日200語書いて、65日を休日にしたとしても、年間で6万語になる。
2 健康上の効果を最大限に得るために、毎日運動する必要はない。それと同じように考えて、みずからに課した執筆スケジュールを破ったとしても、落胆しなくてもよい。手に負えない生産ペースと張り合わなくてもいい。ピート・シーガーの気のきいたひとことを引用しよう――簡単なことからはじめて、やりつづけろ。
3 よい執筆習慣は、快適な執筆空間によって支えられる。私的な空間(家の奥の寝室)でも、公の空間(コーヒーショップの窓際の席)でもよい。気が散ったり誘惑に駆られたりするもの、特に新旧メディアから流れこんでくる情報を最小限に抑える。音楽を消す。テレビを消す。テレビゲームはぜったいに消す。iPhoneの電源を切る。ソーシャルメディアをオフラインにする。どれも文化や情報の重要な表現を提供してくれるものだから、調査に利用するとよい。だが、どれも眠り――あるいは執筆――の妨げになる。
4 たくさん読み、たくさん書こう。よい作品ばかり読んではいけない。萎縮するかもしれないので。もっとうまく書けることを自覚しつつ、出来の悪いものも読もう。
※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。