小説で愉しむ「病」と「悩み」の処方箋。
『百年の孤独』、『華氏451度』、『秘密の花園』、『老人と海』、『一九八四年』、『嵐が丘』、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』、『ねじまき鳥クロニクル』…。古今東西の名作文学作品があなたの悩みに効く「薬」になる!(かもしれない)。
はじめに
この本は、体や心の具合が悪いと感じたときに開いて、その対処法を知るために参考にしてほしい──といっても、いわゆる健康本や医学解説書とはちがう。
どこがちがうかというと、まず、取り上げている症状や悩みの種類がバラエティに富んでいる。体の痛みも心の痛みも区別することなく取り上げているので、この本を開けば、「腰が痛いとき」や「歯が痛いとき」と同様に、「恋人と別れたとき」の対処法もみつかる。また「ホームシックのとき」や「飛行機がこわいとき」など、よくあるストレスを感じやすい状況も取り上げているし、「結婚相手をまちがえたとき」や「職を失ったとき」など、人生の深刻な危機も心身の不調をもたらす悩みとして取り上げている。さらに「二日酔いのとき」や「深く関わるのがこわいとき」、「ユーモアがわからないとき」などのささいな症状や悩みも、ケアの必要な疾患とみなしている。
そしてもう一つ、ふつうの健康本や医学解説書とちがうのは、症状の改善のためにすすめる薬が薬局ではなく書店や図書館にある点だ。場合によっては、ネットショップから手持ちの端末にダウンロードすることもできる。つまり私たちは「読書療法士(ビブリオセラピスト)」であり、治療に使うのは本だ。取り揃えている薬は、ヘミングウェイ、トルストイ、サラマーゴ、ペレック、メルヴィルなど、さまざまな種類があるが、それらを用意するために、古くは2世紀の作家アープレーイユスの『黄金の驢馬』から、現代の強壮剤ともいうべきジョナサン・フランゼンの作品まで、2000年に及ぶ文学史のなかから、最高の優れた知性にあふれ、もっとも心身の回復効果が期待できる小説を集めた。
「読書療法(ビブリオセラピー)」は、ここ数十年間、ノンフィクション系の自己啓発本という形で普及してきた。しかし、文学愛好家は、意識してかどうかは別として、大昔から小説を軟膏のように使って傷をいやしてきた。だから、元気を回復させたいとか、不安定な感情をなんとかしたいと思うことがあれば、ぜひ小説を手に取ってほしい。というのも、小説は読書療法の薬として、もっとも純粋で信用できるうえ、その効能はひじょうに高いからだ。私たちはそれに関して、クライアントから直接話を聞くほか、数多くの事例を直接間接に見聞きしてきた。ときには小説のプロットが魔法のような効果を発揮するし、散文のリズムが心を鎮めたり刺激したりするのに役立つ。また、自分と同じような苦境にある登場人物の考えや態度が、よい影響をもたらすこともある。いずれにしても、小説には読む者を別の存在に移し替え、違う視点から世界をながめさせる力がある。小説を読むことに没頭しているとき、読者は登場人物が見ているものを見て、さわっているものをさわり、学んでいるものを学ぶ。体は自宅のリビングのソファに座っていても、思考や感覚や精神など、自分にとって重要な部分は、完全に別の場所に存在するのだ。「私にとって、ある作家の作品を読むことは、たんにその作家が書いていることを理解することではなく、一緒に旅に出るようなものだ」 アンドレ・ジッドはそういっている。そんな旅に出たら、だれでも人生が変わるはずだ。
体や心のどんな不調に対しても、この本が提示する処方箋はシンプルだ。1冊(ときには2、3冊)の小説を、一定の期間内に読むこと。それで完全に不調が治る場合もあれば、自分はひとりじゃないとわかって慰められるだけの場合もあるだろう。しかし、いずれにせよ、たとえいっときでも、症状は緩和されるはずだ。小説には気を紛らわせ、我を忘れさせる力があるからだ。オーディオブックを使うのが効果的な場合もあるし、友人と一緒に朗読するのがいい場合もある。普通の薬と同じように、処方された本は最後まで読み切るのが、いちばんいい結果につながる。この本では、読書療法による疾患の治療法、対処法のほかに、忙しすぎて本が読めないとか、眠れないときに何を読んでいいかわからないといった読書の悩みに対するアドバイスや、年代別におすすめの小説のリストも載せている。
心身の不調を改善する薬として本書でおすすめする小説を、読者の皆さんが十分に楽しんでくれることを願っている。それによって、いま以上の健康と、幸福と、より多くの知恵を手に入れてほしい。
(本書「はじめに」より)
メディア掲載
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「北海道新聞」(8月13日号) 評者:中村邦生(作家)
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「ダ・ヴィンチニュース」 評者:遠野莉子
「誰かに復讐をしたくなってしまったら…。読むクスリ、あります! 心も体も元気になれる1冊を見つけよう」 -
「Pen」(2017年9月1日号)
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「週刊新潮」大森望「私が選んだベスト5」 夏休みお薦めガイド
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「産経ニュース」
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「朝日新聞」(2017年9月24日号) 評者:斎藤美奈子
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「BOOKMARK」第9号
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「サンデー毎日」(2017年12月5日号) 評者:松浦弥太郎
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「公明新聞」(12月25日号) 評者:難波江
目次
はじめに
悪魔に魂を売り渡したくなったとき
悪夢を見るとき
☞悪夢を見るときにおすすめの小説
憧れがやまないとき
頭がよすぎるとき
アルコール依存症のとき
【読書の悩み】新しい本に目移りしてしまう
怒りに我を忘れるとき
【読書の悩み】家にあるはずの本がみつからない
忙しすぎるとき
意欲がわかないとき
【読書の悩み】忙しすぎて本が読めない
インターネット中毒のとき
インフルエンザにかかったとき
陰謀妄想症のとき
嘘をついてしまうとき
恨めしいとき
【読書の悩み】SFが嫌い
☞SF小説のビギナーにおすすめの小説
怒りっぽいとき
お茶がほしくてたまらないとき
思いきり泣きたいとき
☞思いきり泣きたいときにおすすめの小説
重い病気ではないかと心配なとき
思いやりに欠けるとき
外国人嫌いのとき
☞外国人嫌いを治すのにおすすめの小説
外人と呼ばれるとき
買い物依存症のとき
鍵がなくて家に入れないとき
☞鍵がなくて家に入れないときにおすすめの小説
風邪をひいたとき
☞風邪をひいたときにおすすめの小説
【読書の悩み】家事が忙しくて集中できない
家族がいなくてさびしいとき
片思いのとき
堅物すぎるとき
花粉症のとき
体に傷跡があるとき
感傷的(センチメンタル)なとき
感情を表すのが苦手なとき
感情を抑える癖があるとき
ガンになったとき
☞おすすめの短編・中編小説
きちょうめんすぎるとき
着ていく服がないとき
希望を失ったとき
ギャンブル依存症のとき
90歳になったとき
☞90代の人におすすめの小説
窮地におちいったとき
禁酒主義者のとき
禁断症状におちいったとき
☞禁断症状におちいったときにおすすめの小説
空腹のとき
愚痴っぽいとき
クリスマスが憂鬱なとき
車酔いのとき
☞列車で読むのにおすすめの小説
月経前緊張症のとき
☞月経前緊張症のときにおすすめの小説
結婚相手をまちがえたとき
結婚しているとき
月曜の朝が憂鬱なとき
下痢のとき
☞トイレで読むのにおすすめの小説
【読書の悩み】現実を生きることに忙しい
現状に満足できないとき
幻想から覚めたとき
倦怠感に襲われたとき
恋した相手が尼僧でもあきらめられないとき
恋した相手が既婚者でもあきらめられないとき
恋人と歳が離れているとき
恋人と別れたとき
☞恋人と別れたときにおすすめの小説
恋わずらいのとき
高血圧のとき
☞血圧を下げるのにおすすめの小説
幸福を追い求めているとき
効率的すぎるとき
心が折れてしまったとき
腰が痛いとき
50歳になったとき
☞50代の人におすすめの小説
ごちそうを焦がしてしまったとき
孤独なとき
言葉に詰まるとき
子供がいないとき
子供を産まなければというプレッシャーがあるとき
【読書の悩み】子供がたくさんいて手がかかる
罪悪感にさいなまれたとき
菜食主義に固執しているとき
作家がスランプにおちいったとき
座を白けさせてしまうとき
30歳になったとき
☞30代の人におすすめの小説
自己中心的なとき
仕事中毒のとき
自己評価が低いとき
思春期で悩んでいるとき
☞高校卒業から20歳までにおすすめの小説
自信過剰のとき
実存的不安を感じるとき
嫉妬にさいなまれたとき
死ぬのがこわいとき
自分が仕切らないと気がすまないとき
自分がどこにいるかわからなくなったとき
自分がまぬけに思えるとき
自分の鼻が嫌いなとき
【読書の悩み】自分の本の好みがわからない
周囲に溶けこめないとき
10代のとき
☞10代におすすめの小説
出世欲が強いとき
【読書の悩み】集中できない
純真な心を失ったとき
冗長になってしまうとき
職業の選択をまちがったとき
食欲がなくなったとき
職を失ったとき
信仰を失ったとき
人種的偏見を感じるとき
救いようのないロマンチストのとき
ストレスがあるとき
ずぼらなとき
性欲がなくなったとき
性欲にさいなまれたとき
背が低いことで悩んでいるとき
セックスしすぎのとき
セックスレスのとき
絶望したとき
早漏のとき
退屈なとき
【読書の悩み】大評判の本が嫌い
誕生日が憂鬱なとき
男性型インフルエンザのとき
父親になるのがいやなとき
父親の役割がうまく果たせないとき
チャンスをつかむのがへたなとき
虫垂炎のとき
疲れているとき
疲れて感情的になったとき
つま先をぶつけたとき
罪に問われたとき
手足を失ったとき
陶磁器を壊してしまったとき
同性愛嫌悪症のとき
都会に疲れたとき
【読書の悩み】読書健忘症
【読書の悩み】読書のせいで孤独になってしまう
独身のとき
歳をとるのがこわいとき
【読書の悩み】途中で投げ出してしまう
【読書の悩み】途中で投げ出すことができない
【読書の悩み】飛ばし読みする傾向がある
仲間はずれにされたとき
70歳になったとき
☞70代の人におすすめの小説
憎しみを感じるとき
肉食がやめられないとき
逃げ出したくなったとき
20歳になったとき
☞20代の人におすすめの小説
21世紀的不安を感じるとき
日常に飽きたとき
☞おすすめのファンタジー小説
入院したとき
☞入院したときにおすすめの小説
人間嫌いのとき
ネクタイに卵がついていたとき
歯が痛いとき
歯が痒いとき
吐き気がするとき
80歳になったとき
☞80代の人におすすめの小説
【読書の悩み】パートナーが読書好きでない
☞男性のパートナーを小説好きにするのにおすすめの本
☞女性のパートナーを小説好きにするのにおすすめの本
パニック障害のとき
腹が立ったとき
悲観的なとき
飛行機がこわいとき
☞飛行機で読むのにおすすめの小説
人が信用できないとき
【読書の悩み】人に貸した本が返ってこない
人にすぐ頼ってしまうとき
人をいじめてしまうとき
人を殺したくなったとき
秘密をもらしたくなったとき
100歳になったとき
☞100歳以上の人におすすめの小説
漂泊の思いがやまないとき
☞漂泊の思いがやまないときにおすすめの小説
悲恋に落ちたとき
広場恐怖症のとき
ファザコンのとき
【読書の悩み】分厚い本を読む気がしない
☞おすすめの大長編小説
不安なとき
部外者のとき
深く関わるのがこわいとき
復讐したいとき
不景気のとき
二日酔いのとき
閉経したとき
【読書の悩み】文学通にみられたい
☞文学通にみられたいときにおすすめの小説
閉所恐怖症のとき
変化に抵抗があるとき
偏見にとらわれているとき
便秘のとき
暴飲暴食をしてしまうとき
暴力がこわいとき
放浪癖があるとき
ホームシックのとき
【読書の悩み】本の数(世の中の)に圧倒されてしまう
【読書の悩み】本の数(家の中の)に圧倒されてしまう
【読書の悩み】本を買わずにいられない
【読書の悩み】本を大事にしすぎてしまう
待合室にいるとき
耳鳴りがするとき
無意味なことをしてしまうとき
無気力なとき
向こうみずなとき
無職のとき
めまいがするとき
妄想に取りつかれたとき
盲目的な愛に溺れたとき
もうろくしてきたとき
薬物依存症のとき
野心がありすぎるとき
野心がなさすぎるとき
やるべきことを先送りしてしまうとき
幽霊に取りつかれたとき
夢破れたとき
ユーモアがわからないとき
☞笑いたいときにおすすめの小説
容姿に自信がありすぎるとき
40歳になったとき
☞40代の人におすすめの小説
【読書の悩み】読み終わるのがこわい
【読書の悩み】読み始めるのがこわい
【読書の悩み】読んでいる本を見られるのが恥ずかしい
楽観的なとき
流産したとき
【読書の悩み】旅行にどんな小説をもっていったらいいかわ
からない
☞ハンモックで読むのにおすすめの小説
恋愛ができなくなったとき
60歳になったとき
☞60代の人におすすめの小説
わけもなく恐怖を感じるとき
エピローグ
訳者あとがき
索引 処方箋索引
【読書の悩み】索引
おすすめ小説リスト索引
作家名&作品名索引
プロフィール
[著]
Ella Berthoud(エラ・バーサド)
Susan Elderkin(スーザン・エルダキン)
エラ・バーサドとスーザン・エルダキンは25年前にケンブリッジ大学の学生だったときに出会い、その時からお互いに小説を贈り合うことを始めた。
2008年から、二人でロンドンを拠点とする「The School of Life」というカルチャーセンターで読書療法(ビブリオセラピー)のサービスを開始し、世界中のクライアントに書籍を処方している。
エルダキンは、小説家、旅行ライター、文芸創作講座の教師、『ファイナンシャル・タイムズ』紙のフィクション担当の書評家として活動。夫と息子とともに米コネチカット州で暮らす。バーサドは、英サセックスで夫と3人の娘とともに暮らし、裏庭の小屋で絵を描いている。
[訳]
金原瑞人(かねはら・みずひと)
1954年、岡山市生まれ。法政大学社会学部教授。翻訳家。英米の古典からヤングアダルト、ノンフィクションまで、訳書は本書でちょうど500冊目となる。近訳書に、リオーダン『オリンポスの神々と7人の英雄』、スカロウ『タイムライダーズ』などの人気シリーズをはじめ、ヴォネガット『国のない男』、シアラー『骨董通りの幽霊省』、ユスフザイ『わたしはマララ』、グリーン『アラスカを追いかけて』、モーム『月と六ペンス』など多数。著書に『サリンジャーに、マティーニを教わった』『翻訳のさじかげん』など、また日本の古典翻案に『雨月物語』『仮名手本忠臣蔵』『真景累ヶ淵』などがある。
石田文子(いしだ・ふみこ)
1961年、大阪府生まれ。大阪大学人間科学部卒業。金原氏に師事して翻訳関係の仕事にたずさわる。訳書にドイル『シャーロック・ホームズの冒険』『名探偵シャーロック・ホームズ』、アーバイン『小説タンタンの冒険』、シアラー『スノー・ドーム』、ハプティー『オットーと空飛ぶふたご』、ローズ『ティモレオン』(共訳)、アームストロング『カナリーズソング』(共訳)、カリー『天才たちの日課』(共訳)などがある。京都府在住。