アートと社会の関係性はいかに変化してきたか?
芸術史において見逃されてきた「参加」の系譜をアクロバティックに再編集し、現代アートの動向を批判的に読解する
美術評論家クレア・ビショップの代表作、待望の邦訳
今日のアートにおいては、「参加」――すなわち社会的関与を重視したプラクティスが、非常に重要な位置を占めている。国内では芸術祭やアートプロジェクトが百花繚乱の様相を呈しているが、国際的にも社会的、政治的な側面を重視したプロジェクト型のアートがあらたな文脈を築きつつあり、その規模と影響力は、もはや現代アートのメインストリームを占めているといってよいだろう。特定の集団や地域と相互に歩み寄りながら行なわれるプロジェクトがある一方で、倫理を逸脱した(とみなされる)アートは、ときに衝突と論争を巻き起こしている。
こうした状況がありながら「アートの社会的関与はどの時点で達成といえるのか?」「アートにおける<参加>をいかに評価するか?」「芸術と倫理の衝突をいかに考えるか?」といった根源的な問いについて、いまだ確固たる答えは出ていない。
クレア・ビショップによる『人工地獄(原題:Artificial Hells)』は、このようなアートと社会の関係性について鋭い考察を行なうものである。20世紀以降の芸術史から同時代のアートへと至る全九章の構成は緻密かつ類例のない大胆さをもつが、これには彼女が世界各国のプロジェクト型アートの実例に触れ、また膨大な人物へのインタビューを行なってきた蓄積が存分に生かされている。各章を追いかけることで、彼女自身のアートに対する洞察の深化さえうかがえるだろう。
ビショップは、アートには社会から独立した役割があると確信するが、それはとりもなおさず芸術が倫理を重んじなくともよいという意味ではない。むしろ彼女は作者性と観客性、能動と受動、加害と被害――これらが本質として対立的にはとらえがたいものであることを強調し、複雑に転じていく位相をひもとくことで、より慎重かつ正確な理解を求めようとする。
「敵対」と「否定」に価値を見出しつつ、それらを多層的にとらえ直すビショップの鋭く豊かな思考は、「関係性の美学」以後のアートの構造を理解するうえで必ず踏まえるべきものといえるだろう。
【本書で取り上げられるアーティスト(一部)】
アンドレ・ブルトン、アラン・カプロー、ヨーゼフ・ボイス、ジョン・ケージ、ロバート・スミッソン、アンソニー・カロ、ジャン・ジャック・ルベル、工藤哲巳、クリスト、マリーナ・アブラモヴィッチ、フィリップ・パレーノ、ポール・チャン、ティノ・セーガル、リクリット・ティーラワニット、イリヤ・カバコフ、スザンヌ・レイシー、タニア・ブルゲラ、トーマス・ヒルシュホーンetc…【本書で言及される理論家(一部)】
アドルノ、マルクス、ボードリヤール、ベンヤミン、ラカン、マクルーハン、ジャック・ランシエール、レヴィ=ストロース、T・J・クラーク、ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ、スーザン・ソンタグ、スラヴォイ・ジジェク、ハル・フォスター、ハンス・ウルリヒ・オブリスト、ロザリンド・クラウス、ニコラ・ブリオー、ボリス・グロイス、グラント・ケスターetc…
関連リンク
イベント
『人工地獄』(フィルムアート社)刊行記念トーク 「アートの社会的関与をめぐって」
毛利嘉孝さん×加治屋健司さん×片岡真実さん
【日時】2016年6月21日(火)午後7時(開場:午後6時45分)~午後9時
【会場】ブックファースト新宿店地下2階Fゾーンイベントスペース
【定員】先着50名様
【入場券】
<販売開始日>2016年5月30日(月)午前10時~
<販売場所>ブックファースト新宿店地下1階Aゾーンレジカウンター
<販売価格>1,000円(税込)
メディア掲載
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『美術手帖』2017年12月号 特集「これからの美術がわかるキーワード100」の「これからの美術がわかるアートブック30」にて、「美術批評と動向 欧米編」の1冊に選ばれました。
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『図書新聞』(2016.11.12)にて書評が掲載されました(評者:星野太様) <20世紀における芸術と社会の関係を「参加」というキーワードによって書きなおす>
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『産経新聞』(9/11)にて書評が掲載されました。(評者:藤田一人様)
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『週刊読書人』(8/26)にて書評が掲載されました。 〈参加型アートに与える明確な批評指針:評者・アライ=ヒロユキ様〉
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『西日本新聞』(7/31日朝刊)にて書評が掲載されました。〈評者・河野聡子様〉
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月曜社「ウラゲツ☆ブログ」にてご紹介いただいきました。 http://urag.exblog.jp/22834709/
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『月刊美術』8月号でご紹介いただきました。
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『美術手帖』8月号の[今月の一冊]で書評が掲載されました。 〈「関係性(リレーショナル)」から「参加型(パーティシペトリー)」へ/評者・近藤亮介様〉
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『朝日新聞』(7月17日朝刊)にて書評が掲載されました。 〈衝突、不和、政治性、みなアート/評者・五十嵐太郎様〉
目次
序論
第一章 社会的転回:コラボレーションとその居心地の悪さ
1.クリエイティビティと文化政策
2.倫理的転回
3.美学的体制
4.指揮された現実:オーグリーヴの戦い
5.解放された観客
第二章 人工地獄(アーティフィシャル・ヘルズ):歴史的前衛
1.扇動、報道、参加
2.演劇化された生
3.散策と裁判
4.結束と分裂
第三章 私は参加する、君は参加する、彼は参加する……
1.シチュアシオニスト・インターナショナル:芸術の超克
2.視覚芸術探求グループ:知覚の再教育
3.ジャン=ジャック・ルベル:集団の厄祓い
4.演劇的謀反
第四章 明示された社会のサディズム
1.明示された社会のサディズム
2.加虐者としてのアーティスト
3.封鎖された画廊、暴動や投獄
4.見えない演劇
5.テロ行為としての芸術
第五章 社会主義の内にある社会性
1.プラハ:アクションから儀式へ
2.スロバキア:終わらない表明
3.公共空間の問題
4.モスクワ:識別不可能な位相
5.反体制に抗して
第六章 附帯の人々:芸術家斡旋グループとコミュニティ・アート
1.芸術家斡旋グループの形成
2.プロセスの展示:「イノ70」展
3.斡旋――一九七〇年代とその後
4.コミュニティ・アート運動
5.「ブラッキー」と「インター・アクション」
6.衰退
第七章 旧西側体制(フォーマー・ウェスト):一九九〇年代初期におけるプロジェクトとしての芸術
1.「ユニテ・プロジェクト」、「ソンスベーク93」、「実践の文化」
2.遂行的な展覧会
3.プロジェクトの市民体
第八章 委任されたパフォーマンス:外部に委ねられる真正性
1.分類的試論
2.労働と享楽としてのパフォーマンス
3.倒錯と真正性
4.構築されるパフォーマンス
第九章 教育におけるプロジェクト:「いかに芸術作品であるかのように、授業を生きさせるか」
1.有用芸術(アルテ・ウティル)
2.三部構成のプロジェクト
3.共同作業
4.「機能するもの、生産する」
5.理想としての教育
6.教育資本主義
7.美的教育
結論
1.梯子とコンテナ
2.参加の終焉=目的
謝辞
訳者あとがき
註
索引
プロフィール
[著]
クレア・ビショップ(Claire Bishop)
1971年生まれ。美術史家および美術批評。1994年にケンブリッジ大学セント・ジョーンズ校美術史学科を卒業後、エセックス大学の同学科で修士号(1996)および博士号(2002)を取得。ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの専任講師(2001-06)、ウォーリック大学の美術史学科の准教授(2006-08)を務める。2008年にニューヨーク市立大学大学院センターに准教授として着任。現在、同校の美術史学科教授。専門は近現代美術史(とくに参加型アート、キュレーティング理論、1989年以降の西欧の美術動向)。単著に『Installation Art』(2010)、共著に『Radical Museology: Or What’s Contemporary in Museums of Contemporary Art?』(2014)、また編書に『Participation』(2006)がある。
[訳]
大森俊克
美術批評、現代美術史。明治大学英文学科卒。ベルリン自由大学美術史学科基礎および専門課程修了(修士)。東京芸術大学美術研究科博士後期課程満期退学。単著に『コンテンポラリー・ファインアート』(美術出版社、2014年)。