ためし読み

『やさしくひも解く ハワイ神話』

第1章 この世の始まり

ハワイの創世記は一つに限らず、たとえば島々の誕生についても、「夫婦の神々がハワイの島々を生みだした」「珊瑚のかけらが島に成長した」と、いく通りもの物語が伝わっています。民族の始まりについても同様です。「神々が赤土から人間を創った」とする物語がある一方で、「南の海からやって来た酋長がハワイアンの始祖になった」とするものもあるという具合です。

その理由として、ハワイでは文化的にも島ごとの地域性が強く、 古来、各島でさまざまな物語が語られてきたという背景がありま す。ハワイ全域で知られる創世記についても、各王家が好んで伝えてきた創世記は、島ごとに異なっていたといわれます。

この章では、そんな数あるハワイの創世神話の中から、主なものを紹介しましょう。

パパとワケア編 ─この世の始まり ─
パパとワケアの島産み

 パパは母なる大地の女神、ワケアは父なる空の神。2人はこの世の創造主で、夫婦となって数々の島々を生み出したとされています。つまり2人は、日本のイザナミノミコト、イザナギノミコトにも似た存在の神々といえるでしょう。ただし途中でワケアの浮気の虫が騒いだため、2人は仲違い。元のさやに収まるまで悶着があり、ハワイ諸島は腹違いや父親違いの島々を含めた兄弟、姉妹なのだそうです。

昔々の大昔。海のはるか彼方のタヒチから、男と女の神々がハワイにやって来ました。いや、2人はタヒチではなく、もっと遠くから来たのだという人もいます(1)。

2人のうち男の神は父なる空の神ワケア。女の神はその妻で、母なる大地の神パパ(2)といいます。2人は長い旅路を経て到着した美しい海原を気に入り、ひとまずその海に落ち着くことにしました。

「ここでしばらく暮らしてみよう。家族も作ろう」

さっそく、2人は子作りも始めることになりました。

パパは間もなく身ごもり、まずハワイ島が誕生。つまりハワイで一番大きなハワイ島は、ハワイ諸島の長男、もしくは長女(3)ということになります。

出産後、パパはまたすぐに妊娠し、辛い悪阻と陣痛を乗り越えて、マウイ島、カホオラヴェ島、そしてこの2島の間に浮かぶ小さな島、モロキニ島を産み落としました。

3人の母となったところで、パパはしばらく故郷のタヒチに戻ることになりました。

ところが……。ワケアの浮気の虫が騒ぎ出し、妻のいない間にカウラという女性と楽しい時を過ごし始めたのです。その結果、カウラからラナイ島が生まれました。

ワケアの浮気はそれだけに収まりません。ある時ワケアは、ぷかぷかと海を漂ってくる美しい女性を発見。それは、世にも美しい女神ヒナでした。ワケアはさっそくヒナをすくい上げ、2人は夫婦になりました。

そしてヒナは間もなく、モロカイ島を出産します。モロカイ島が古い表現で「ヒナの大モロカイ」と称されるのは、そんな理由から。つまり、「モロカイ島は女神ヒナから生まれた偉大な島だ」という意味になります。

さて、夫のワケアが美女たちと浮気を繰り返していた間、妻のパパはどうしていたのでしょうか?

実はある時、パパにワケアの浮気について告げ口をした人がいました。当然、パパは激怒! 怒りと嫉妬に燃えてハワイに戻り、仕返しのつもりか、ルアという人間の酋長と暮らし始めたのです。ほどなく、パパが産んだのがオアフ島でした。そのためオアフ島は昔、「ルアのオアフ島」と呼ばれていました。

こうして一度は仲違いし、それぞれの相手との間に島々を創ったワケアとパパ。ですが、お互いへの愛の炎は完全には消え去ることがなかったのでしょう。いつしか2人は元のさやに納まり、その後に生まれたのがカウアイ島、そしてその北上にあるニイハウ島、レフア島、カウラ島、ニホア島といった小さな島々です。

つまりハワイの島々の多くは、父なる空の神ワケアと、母なる大地の女神パパから生まれた兄弟、姉妹。ただしラナイ島とモロカイ島は腹違い、オアフ島は異父の兄弟になるのだそうです。

(1)タヒチはハワイ語でカヒキ。カヒキはハワイ語で「海の彼方の地」「遠方の地」を意味し、フランス領ポリネシアのタヒチに限らずマルケサス諸島などを指すことがあります。
(2)大地の女神パパの正式名は、パパハナウモク。ハワイ語で「島々を産むパパ」を意味し、ハワイの創造主としてのパパを表した名となっています。
(3)地質学上、ハワイ諸島でも一番新しい島がハワイ島、反対に、一番古いとされるのがカウアイ島やその北方の島々です。ところが神話上では、この世に出現した順番がちょうどその逆になっている点がユニークです。

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やさしくひも解く ハワイ神話

森出じゅん=著
竹永絵里=イラスト
発売日 : 2020年2月26日
2,000円+税
四六判・並製 | 232頁 | 978-4-8459-1900-0
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