ためし読み

『世界を創る女神の物語 神話、伝説、アーキタイプに学ぶヒロインの旅』

イントロダクション

私たちはみな成長過程で「英雄の旅」を体験する、とジョゼフ・キャンベルは言いました。聖書のモーセや神話のヘラクレスにも共通する旅ですが、「私たちはみな」という言葉で包みきれないものがたくさんあります。

「英雄の旅」では平凡な少年が、何かのきっかけで冒険に出ます。「どうして僕が?」とためらいますが、それはまるで宿命であるかのよう。彼は仲間に出会い、ときにロマンスも体験します。アーサー王の伝説や『ロード・オブ・ザ・リング』、『ハリー・ポッター』などもそうです。

私は本が大好きで、この「旅」の物語をいくつも読みました。二歳の頃から本で遊び、家にはロビン・フッドやアーサー王、アラビアン・ナイトだけでなく、日本のイザナミとイザナギ、ロシアの[民話の]ワシリーサ、オジブワ族、[インディアンの部族]の『やけど娘』など、世界の本がありました。

小学校でも毎日、スーダンの『ライオンのひげ』やベトナムの『金の靴』といった珍しい話を友だちに披露しました。学校の図書館にも多くの本がありました。

ギリシャ神話も大好きで、辞典がぼろぼろになるまで登場人物たちを調べながら読みました。北欧や北米先住民族、オーストラリアの昔話も面白く、小さな子にお話をしたり、演劇に参加したり、高校時代には初めて小説も書きました。『オズの魔法使い』風のファンタジーでしたが、稚拙な勧善懲悪の結末が恥ずかしく、ファイルに保存したままです。

そんな私が初めて本格的な神話の講義を受けたのは、大学に入ってからです。インドの『ラーマーヤナ』と『マハーバーラタ』、アイルランドの『タイン』やアフリカの『ムウィンド叙事詩』などを読む「比較文学6」という授業で、視野が広がり、わくわくしました。ノートに『ギルガメシュ叙事詩』のあらすじをメモしていてひらめいたストーリーが本になり、版を重ね、文学賞も頂きました。

その後、私はイギリスの古城を巡り、昔話を集めてまわることとなります。当時は『ハリー・ポッター』や『スター・ウォーズ』の前日譚ができ、『ロード・オブ・ザ・リング』も公開間近で、ファンタジーの人気が沸騰中。私も妖精が登場する児童小説を世に出したかったのです。

色々な神話や叙事詩、ファンタジー小説を読むと、私が「選んだ」物語――ジークフリートやアーサー王の伝説、プシュケやペルセポネの神話など――には不思議な共通点がありました。プロットを図で表すと、どれも冒険や闇への下降、決死の救出の場面がある。『アヴァロンの霧』や『ロミオとジュリエット』、その他多くのファンタジー小説や恋愛小説、映画やおとぎ話も同じです。

そのとき、あの有名なジョゼフ・キャンベル氏の著書『千の顔をもつ英雄』を手に取りました。英雄は魔法の剣で悪と戦い、叡智を得て村に帰還するという分析に、なるほどと思いました。キャンベル氏は「英雄の冒険は(中略)人物の欠乏感から始まります。(中略)失なったものを取り戻すために、あるいは命を救う霊薬を見つけるために、日常生活を離れて冒険の旅に出かけます。その旅は、どこかへ行ってまた戻るサイクルになっています」と述べています。

英雄はクライマックスで究極の敵、自分の心の闇と戦う。『スター・ウォーズ』やアーサー王の伝説のように父の座をめぐる抗争も起きる(「ルーク、私がお前の父だ」)。悪を倒す、大人になる、恐怖を乗り越える。私が好きな物語はみなそうでした。しかし、『白雪姫』は? なんだか違うようなのです。

「英雄の旅」には剣を授ける師がいますが、昔話のヒロインは誰も剣など持ちません。ヒロインの物語で心の闇を表すのは意地悪な継母かもしれません。ヒーローが陥る絶体絶命の局面は、ヒロインの物語では『イナンナの冥界下り』のような死の世界の探索かもしれません。ただ、剣を抜いて闇の王と戦うのとは少し違うような気がしました。

私はヒロインの旅を解き明かしたくなりました。女性の成長過程を論じた本に手を伸ばし、クラリッサ・ピンコラ・エステスの『狼と駈ける女たち』やモーリーン・マードックの『The Heroine’s Journey(ヒロインの旅)』、ジョアン・グールドの『Spinning Straw into Gold(藁を紡いで黄金に)』、マリナ・ワーナーの『野獣から美女へ』などを読みました。魔法の靴を履いたヒロインが立派な母になる過程を、神話と照らし合わせたくなったのです。

キャンベル氏は女性的なもの――助けを求めるプリンセス―― を旅の「ゴール」と呼んでいます。ヒーローが論理や勇気、力を表す一方、女性は創造力や慈愛、鋭い直感を表します。「女王である女神との神聖なる結婚をすることは、ヒーローが生を完全にマスターしたことを表します。生である女性を手に入れた者、知る者となるからです」。でも、アーサー王に剣を与える「湖の貴婦人」やペルセウスに救出されるアンドロメダはただ登場するだけです。『スター・ウォーズ』のレイア姫も『ハリー・ポッター』のハーマイオニーも、ヒーローと比べてあまり活動的とは言えません。

ヒロインが大活躍する物語はたくさんあります。『ナルニア国物語』『トワイライト』『プリンセス・ダイアリー』『魔法の声』『オズの魔法使い』『さよなら、「いい子」の魔法』『ライラの冒険』『五次元世界のぼうけん』『女騎士・アランナ』四部作、『Beauty 』『風の子キャディー』『若草物語』『赤毛のアン』『長くつ下のピッピ』『不思議の国のアリス』― ―現代の児童書だけではありません。実は古代の神話でも、ヒロインは大きな存在感を見せているのです。

古代の女神は大地や海であり、生命の母でした。優美で残酷、絶対的な支配者で、「イシュタル、アスタルテ、キュベレは、残忍で、気まぐれで、淫乱だった。彼女たちには力があったのだ。死と生の源泉である彼女たちは、男たちを産んで、奴隷にした」と、シモーヌ・ド・ボーヴォワールも『第二の性』で記しています。ヒロインも女神のように家族を作り、守り育てる旅をします。ヒロインの旅も英雄の旅と同じように普遍的で尊く、力強いものです。

母の役割を担って家族を助けるヒロインもたくさんいます。『野の白鳥』のエリサはイラクサで上着を編んで兄を救い、『クピドとプシュケ』のプシュケは姿が見えない恋人を探します。女神デメテルは冥界から娘を取り戻し、イシスは切り刻まれた夫の遺体を集め、アンデルセン童話のゲルダは雪の女王がいるフィンランドへ友を助けに行きます。みな「女は家にじっとしている」のとは大違いで、ヒーローに負けない奮闘ぶりです。しかも、彼女たちは誰一人、剣を持っていないのです。

叙事詩と民話

ジョゼフ・キャンベル氏は後年の著作で、次のように述べています。

『オデュッセイア』には三つの旅がある。まず、テーレマコスが父を探す旅。次に、『イリアス』で男が女を支配する考え方だった父オデュッセウスが女性原理を理解する旅。最後に、ペネロペの忍耐の旅だ。港町ナンタケットの家にはみな見張り台がある。妻たちはそこにとどまり、夫の帰りを待ちわびながら旅をする。初めの二つは空間の中でする旅、三番目の旅は時間の中でする旅なのである。

確かに、英雄たちは実際に航海に出て旅をします。しかも、オデュッセウスは恐ろしい怪物にも遭遇します。一方、ペネロペは島で息子を守り、二十年間ただ静かに待つだけです。機織りを口実に再婚話を次々と断りますが、剣で戦う場面は一つもありません。

世界の叙事詩のほとんどは戦記です。フランスの『ローランの歌』やアフリカの『シャカ・ズールー』、スペインの『わがシッドの歌』、インドの『マハーバーラタ』は戦う英雄の伝説ですし、デンマークのベオウルフは怪物を退治し、ペルシャの帝王は王座を死守します。戦う女神にはモリガンやアテナ、アナトがいますが、けっして多くはありません。

トロイア戦争のきっかけとなる『イリアス』のヘレネや成長の旅をするマヤ神話『ポポル・ヴフ』のイシュキック、他の神々を尻目に怪物をなぎ倒すインドの女神ドゥルガーなど、記憶に残るヒロインもたくさんいます。北欧神話のブリュンヒルデは二つの王国を滅亡させ、メソポタミア神話のティアマトは竜に変身して世を破壊します。「大半の神話や伝説は男の視点で書かれている」とキャンベル氏は述べていますが、どうでしょうか。古代、イシスのような創造の女神が世界各国にいました。慈悲深い観音菩薩のような女神も、カーリーのような恐ろしい人食い女神もいます。北欧の『エッダ』や日本の『古事記』には神と女神が同じぐらい登場します。

女性の闘いを描いた物語には『オシリスとイシスの伝説』『デメテル讃歌』『妙善の伝説』『クピドとプシュケ』『イシュタルの冥界下り』、また、詩ではスコットランドの『タム・リン』や中国の『木蘭 (ムーラン)』があります。『アンティゴネ』や『メディア』はヒロインの名が題名の古典劇です。トロイアの女やエレクトラ、イフィゲニア、アルケスティス、アンドロマケ、ヘレネも戯曲に描かれています。北米先住民族やヒンズー教の文化には多くの女神讃歌が残されています。ハワイの『ペレとヒイアカ』やインドの『デーヴィー・マーハートミャ』(偉大な女神の賛美)も女神の叙事詩です。比較的新しいものではアフリカや北米の口述詩の書き取りもあり、北米先住民の『ナバホの創世物語』や『ホピの第四世界』、『銅色の女の娘たち』などが注目に値します。

けれども、ときを経る中で、書物は消失されたり書き換えられたりします。スペインから新世界に渡った伝道師は男性の視点で執筆や編集をしましたし、「エレウシスの秘儀」など男子禁制の行事は詳しい記録が残っていません。古代の女性作家といえばサッフォーやエンヘドゥアンナなど、ごく少数。あとはウェルギリウスやホメロスら、男性が残した文書の方が圧倒的に多いです。

しかし、書き残された物語の根底には、女たちが炉辺で語った昔話があったでしょう。子どもはみな昔話から教訓を得たでしょうし、娘たちは荒っぽい夫の扱いや、いじめや暴力への対処の仕方を学んだでしょう。昔話は通過儀礼の役割もします。「古い自分を死なせるかのようにして生まれ変わりを祝う」とキャンベル氏は述べています。女たちは、一度死んでよみがえる話や、知恵や忍耐力で危機を切り抜ける話を強調して語り伝えました。文字で書き記したのは男かもしれませんが、語るのは女でした。

あのグリム童話のいくつかも、女性の語りが元だと言われます。シンデレラ、眠れる森の美女、白雪姫、『三びきのくま』のゴルディロックス、赤ずきん、グレーテル、千匹皮、ラプンツェルなど、ヒロインがたくさん登場します。ヴィクトリア朝で表現が規制(ディズニーほどではありませんが)される前、おとぎ話のヒロインは知恵と勇気を発揮していました。グレーテルは兄を救い、かしこいモリーは巨人を騙し、『太陽の東、月の西』の娘は恋人を助けるために世界じゅうを歩きます。

こうした物語は、女性が直面する不安を乗り越える助けになります。児童虐待(『千匹皮』『ヘンゼルとグレーテル』)、怪物との結婚(『眠れる森の美女』『青ひげ』)、死(『白雪姫』『眠れる森の美女』)など普遍的な真実が感じられる話は、女性が理解を深めて成長する話です。ある評論家は次のように述べています。

女性が歴史を語るとき、聞き手は女性の世界と出会います。脈々と続いてきたものに触れ、新しい女性史が見えてくるのです。それは既存の資料に取り上げられなかったものです。

昔話はイマジネーションや希望、人間らしさにあふれています。人間に共通の「集合的無意識」を表すものもたくさんで、願望実現や問題解決、気づきのヒントを与えてくれます。「おとぎ話と神話は手ほどきをするイニシエーターであり、若い世代を導く賢者です」。

グリム童話を例に挙げましたが、似たような物語は世界じゅうにあります。タヒチに『ラプンツェル』と似た話があり、アラビアに『熊の皮』、インドに『青ひげ』に似た話がある。結局、どれも同じ話なのです。虐げられた労働者の成功物語である『シンデレラ』は特に、世界のあちこちで見られます。ジャック・ザイプス博士は著書『グリム兄弟 魔法の森から現代の世界へ』でこう書いています。

おとぎ話で最も驚くのは、ほとんどの主人公が性別問わず貧しいか、冷遇されていることです。階級では農民か職人、商人が多い。物語の結末ではみな幸運が訪れて伴侶を見つけ、富や権力を得て新しい家庭を築きます。

少女の名が題名の話は、たいてい、苦しみに耐え、自力で道を切り開こうとする姿を描いています。

出典

当初、私は「メソポタミア神話のイシュタル」の元になった「シュメール神話のイナンナ」など、最も古くて正統とされている話を取り上げようと思っていました。でも、ギリシャの伝説はホメロスの時代の前後で大きく違っていたり、ブリュンヒルデの伝説は炎の輪の中で眠る方がよく知られていたりします。そこで、本書では現代に普及しているバージョンを選ばせて頂きました。『欽定訳聖書』やワーグナーの『ニーベルングの指環』、イヴリン‐ホワイトおよびバトラー訳の英語版『イリアス』、『オデュッセイア』などを参照し、インターネットのアーカイブ「Internet Sacred Text Archive 」や図書館の相互貸出システムでも多くの文献に当たっています。エウリピデスの史劇はアルケスティスやアンドロマケ、ヘカベ、ヘレネ、イフィゲニアなど数多く、その中から『メディア』と『バッコスの信女』を取り上げました。現代作家ではイタロ・カルヴィーノやアンジェラ・カーター、ジェイン・ヨーレンらが昔話を元に小説を書いています。本書ではシェイクスピア作品にも少し触れました。

聖書やヨーロッパのおとぎ話、ギリシャ神話やアーサー王の物語はアメリカ人の私にとって身近でしたが、中米や南洋の民話は特にリサーチが必要でした。ここ二十年ほどの間、活発に研究がなされ、多くの資料を参考にさせて頂くことができました。私が住むシリコンバレーは国際色豊かで、大きな大学が三校あり、公立図書館には民話や女性文化、宗教、ウィッカ(魔女術)、国際的なシンデレラ研究などの蔵書が充実しています。中でもマーリン・ストーンの『Ancient Mirrors of Womanhood(女性らしさを映す古代の鏡)』やパトリシア・モナハンの『The Book of Goddesses and Heroines(女神たちとヒロインたちの本)』は女戦士や女神に幅広く言及しており、重宝しました。世界地図を用意して、本書で取り上げる物語の地域(全ての国とはいかずとも、地域や文化圏)に色を塗って確認したところ、南極大陸以外はほぼ埋まりました。

新旧の絵本や書籍をいくつか参照して執筆した部分や、古典のよさに気づいて昔の話を参照した部分もあります。一般的に知られているアフロディテやデメテルの物語はホメロスの女神讃歌が元になっています。『古事記』や『死者の書』、『エッダ詩』は私が覚えている内容とぴったりでした。また、収録を予定していたリリスの物語と中国版シンデレラの『叶限』の代わりに、新しく見つけた『銅色の女の娘たち』と『イシュ・チェル』を取り上げました。今日、女神を見るときによく言われる「乙女― ― 母― ―  老婆」にも触れ、アンデルセンとグリム兄弟、アンドルー・ラングの童話も一話ずつ取り上げました。世界じゅうに似た昔話がありますし、私も子ども時代、親しんだお話ばかりです。

欧米の話に偏らないよう、西アフリカやペルー、アメリカのズニ族、オーストラリアの物語も調べました。未読だった本や伝説、記録、心理学、歴史、社会学の本にも手を伸ばし、毎日平均四冊を読破するハイペースを半年間続けました。どの本も洞察を深めてくれたし、私の考えと矛盾する視点を示してくれた本も数多く、読みたい本や資料が芋づる式に増えました。

人類学や歴史の本も神話についての記述に注目して読みました。「英雄の旅」の根底には愛や不安、若者の悩みや心の闇があるため、ユングやフロイトの心理学やユング派のマリア・タタールやトニ・ヴォルフらによる神話分析も調べました。ただし、本書の焦点はおとぎ話の分析に絞り、心理分析の事例や実話の紹介は避け、ジャンヌ・ダルクやクレオパトラなどの歴史的ヒロインについてわずかに言及するにとどめました。「ヒロインの旅」の普遍性を知れば知るほど、ジャンルや形態を問わず様々な創作に応用できそうです。かつて至上の女神だったデヴィやガイア、ダヌは時代とともに大衆化し、森の魔女バーバ・ヤーガや聖ブリギッドなどの物語に変形されていきました。女神の元々のスケールの大きさを想像しようとしても、今では難しいかもしれません。ヒロインの復権を目指して描かれた女性版アリババなどを見ても、どちらかというと「現代女性は強くなった」という印象を得がちです。しかし、太古の昔に遡れば、イナンナからデボラ、シェヘラザード、鶯鶯(おうおう)、バースの女房、マクベス夫人、ジェイン・エア、ハワイのリリウオカラニ女王、小説『彼らの目は神を見ていた』(一九三七年)や『チャイナタウンの女武者』(一九七六年)、『赤い薔薇ソースの伝説』(一九八九年)に至るまで、力強いヒロインの系譜は脈々と続いています。

ヒロインの旅は水と大地を感じさせる、叡智と洞察への道です。その道は円を描き、やさしさと創造力にあふれ、世界を形づくります。その道を歩むには忍耐力が必要ですが、ただ何もせずに我慢するのではありません。女たちの手仕事や出産、育児は社会にとって非常に大切であり、「あなた方は母なる大地の子。あなた方がしていることの尊さは、戦士の任務と同じ」と、「白いバッファローの乙女」は北米先住民ラコタ族に言ったと伝えられています。ヒロインの旅は、山を破壊して文明を築いた母なる女神の道です。偉大な女神アスタルトや旧約聖書のユディト、情熱的なイゾルデ、やさしいシンデレラのように、一人ひとりの女性が人生の旅をしています。「女神とは時折助けてくれるものでなく、崇めて真似をするものでもない。私たち一人ひとりが、女神として人生を生きている。そう気づくことが大切です」。

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世界を創る女神の物語

神話、伝説、アーキタイプに学ぶヒロインの旅

ヴァレリー・エステル・フランケル=著
シカ・マッケンジー=訳
発売日 : 2016年10月21日
2,600円+税
A5判・並製 | 496頁 | 978-4-8459-1607-8
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