ためし読み

『SAVE THE CATの法則で売れる小説を書く』

イントロダクション

あれは2005年のこと。ブレイク・スナイダーという非常に賢い脚本家が、『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』という非常に賢い本を書きました。ブレイクは、15 段階のビート(またはプロット・ポイント)で構成されるテンプレートを使えば脚本の構成の仕方を教えられるはずだと思い立ち、それを本にまとめました。ハリウッドの良くできた映画はひとつ残らずその15のビートを使って構成されているというのが、彼の持論。[「ビート」とは、アメリカ業界用語で「キャラクターあるいは物語の流れを変える、物語中のある1つのイベント」を指す。浄瑠璃などの「段」に似た概念と考え得る。]

ブレイクの本に対する反応は、瞬く間に現れました。数年も経たぬ間に、世界中の脚本家が、監督が、プロデューサーが、そしてスタジオの重役たちが、ブレイク・スナイダーの15段階のビート・シート(つまり「ビートのフォーマット用紙」)を使って、より面白く、より無駄のない、そしてより心をつかむ物語を開発して映画を作り始めたのです。「SAVE THE CAT!」の法則は、あっという間に業界標準に。

さて、2006年のこと。元映画スタジオの重役改め小説家だった私は、最初の小説を売りこもうと苦闘中でした。書斎には、文字通り引き出し一杯のお断りレターの山。そしてどれも判で押したように「文章は上手いが、物語がない」。要するに、私はプロットの構成について、まったく無知だったということ──脚本家の友人が、私に『SAVE THE CAT の法則』を貸してくれたあの日までは。「これ、すごく人気のある脚本術の本だけど、小説にも使えると思うよ」。

友人(男)が正しかったのなんのって。

『SAVE THE CAT の法則』を隅から隅まで(当然何度も)読み、自分が好きな人気小説をブレイク・スナイダーの15段階のビート・シートに当てはめてみると、確かにその通りでした。ちょっと手を加えれば、ブレイクの方法論は小説にも適用できることはすぐにわかりました。

というわけで、早速それを証明することに。

あれから10年経ちまして、私はその間、15冊の小説を出すことができました。しかもサイモン&シャスターとか、ランダム・ハウス、マクミランといった有名出版社から。23の国で翻訳・出版され、そのうち2本は映画化のために企画開発中。

これって偶然? もちろん違います。私ってそんなにすごい小説家? あり得るかも。もしかして、ブレイク・スナイダー方式は、誰も気づかなかった世紀の大発明? 全然そんなことない。彼がしたことといえば、ただ物語を構成する要素を分析して、登場人物が変化していく様子に隠されたある型を見出しただけ。そう、物語の秘密の暗号を見つけたってことです。

数えきれない小説を「SAVE THE CAT!」の法則で読み解き、何千という物書きにそのやり方を教えながら、私はこの物語の暗号が秘めた力を自分のものにしました。さらに、見事に構成された、読者の心を鷲づかみにする、読みだしたら止められない小説の書き方を教える方法を思いついちゃったのです。手取り足取り、すごく簡単なやり方で。そのすべてを、この本で皆さんと共有しちゃいます。

ブレイク・スナイダーが開発した「SAVE THE CAT!」のビート・シートは映画の脚本を書くときに役立ちますが、実は本質的にはそれが映画かどうかは問題じゃないんです。物語というのが肝なのです。あなたが書いているのが脚本でも、小説でも、短編小説でも、回顧録でも、戯曲でも、それは同じ。それがコメディでも、ドラマでも、空想科学ものでも、ファンタジーでも、ホラーであっても、あなたが文芸作家でも商業ライターでも、同じ。肝心なことは1つだけ。でも、それがなければ何も始まらない大事なこと。良く書けた物語、それだけ。

だから、書けるようになるまで、私が付き合います。

小説家のための脚本術……?

でも、小説家が脚本家の足跡をたどるって、ヘンじゃないですか? だって、この世に先に現れたのは、小説家のほうですよね。

そこには、こんな現実的な事情があります。メディア中心で、スピードが速くて、何でもテクノロジーの力でパワーアップしている今の世の中では、小説家の敵は脚本家だから。最初の無声映画が劇場にかかった瞬間から、小説は映画相手に娯楽の王座を争ってきたのです。ディケンズやブロンテ姉妹は、最新のアクション満載スーパーヒーロー映画とかメリッサ・マッカーシーの最新コメディを敵に回さなくて済んだけど、現代の小説家は逃げられない。(横道にそれるけど、『ジェイン・エア』『嵐が丘』『大いなる遺産』も、「SAVE THE CAT!」のビート・シートにぴったりはまりましたよ!)

大事な鍵は、ペースの配分。テンポが良くて、視覚的で、登場人物の成長が興味深くて、漏れなく構成されている小説なら、どんな大予算映画とも互角に戦えます──そして勝てる。

どうやったらそんなものが書けるかって?

「SAVE THE CAT!」の世界へようこそ!

滅茶苦茶に見えても、方法論は方法論

この本を執筆する5、6年前から、小説家相手に「SAVE THE CAT!」式の執筆講座を教えていますが、そこでライターたちが自分の書いた物語の肝を理解しようとあがいたり、うまく構成できなくて苦しむ様子を見てきました。その経験から、「SAVE THE CAT!」の法則を使って、私が考え得る限り一番ロジカルで、直感的で、効率の良い指導法を編み出しました。私が考えた方式の美しいところは、順を追って独りでもできるし、執筆パートナーと2人でも、批評グループなどでも使えるところ。各章の最後には、練習問題や大事なポイントのチェック項目リストなども載せました。これで自分が習ったことに自分で責任が持てちゃいます。(執筆パートナーに対しても!)。1人孤独に書くのがお好みでも、大勢と群れて書くあなたでも、この本を読んで、最高の物語を開発できるようにとまとめました。

たとえあなたが、今書いている作品のプロットのある部分(中間部とか)でつっかえたからこの本を買ったのだとしても、とりあえず最初から順番に読み進めることをお勧めします。問題個所以外はどうしていいかわかっているつもりでも、どこか(多分、絶対中間部)でつっかえたということは、恐らくもっと大きな病気の症状の1つに過ぎないので。あなたが書いている物語の抱える問題は、多分あなたに見えている以上に深刻である可能性大。

これはただのプロットに関する本に見えるかもしれませんが、実はもっと深いものをあつかっています。「プロット」という言葉自体には、大した意味はありません。物語の中で順番に起きるイベント、という程度の意味しかないのですが、「構成」といったら、そのイベントがどんな順番で起きるかということ。そして何にも増して重要なのは、どの瞬間で起きるのかというタイミングのこと。上手く並べたプロットに変わらなければ大変なことになるキャラクターを投入して、そのキャラクターが物語の終わりまでにちゃんと変われば──語るに値する物語の一丁上がり! というわけ。

プロットと、構成と、キャラクターの変容。

この3つを「物語の聖なる三位一体」と呼びます(私が!)

この3つの要素こそが、物語を語るという行為に魔法をかける、妖精の粉なわけです。今に至るまでに語られたすべての偉大な物語を支える土台と言えます。でも、プロットと構成とキャラクターの変容という聖なる三位一体というものは、複雑に入り組んで、とても壊れやすいもの。だからこそ、この本をまとめるには何年にも渡る研究と指導経験に基づいた熟考が必要だったというわけなのです。

考えてから書く人と、書いてから考える人

世界中で同意されている、ある真実があります(少なくとも物書きの間では)。小説家には次の2種類しかありません。考えてから書く人と、書いてから考える人です。

考えてから書く人は、プロットを最初から最後まで設計してから書く人。書いてから考える人は、直感に導かれるまま書き始め、プロットは後で考えるという人。もしあなたが書いてから考える人だったら、この本に書いてある「構成」とか「チェックリスト」という言葉を見て冷や汗タラタラ、「あり得ない!」と叫んでいるかもですね。

だから、ここでハッキリさせておきましょうか。

この本は、考えてから書く人万歳、ではありません。書いてから考えるあなたを洗脳しようという本でもないし。私自身は考えてから書く人ですが、そちらのほうが良いやり方だと証明するためにこの本を書いたわけでもありません。何千人もの作家と関わりながらわかったのは、創作というのは神秘的で、何が一番良いかというのは人それぞれだということ。(でしょ? 私たち作家は全員誰とも似てない唯一無二の、そして触れば壊れるデリケートな雪の結晶だから。)というわけで、私はあなたのやり方を変えようと思っているわけではありません。変えるかわりに、今のあなたをパワーアップさせてあげます。

あなたが、エンジンキーを入れる前からどの道をどう通って目的地に着くか決めこんでおくタイプの人なら、それをもっと早く無駄なくできるようにしてあげます。あなたが、とりあえず車を走らせながら目的地への道筋を思いつく自信があるタイプなら、この本はJFA(日本自動車連盟)みたいなものだと思って読んでください。どことも知れない道端で、地図もなく、GPSもなく、ガソリンも尽きてバッテリーが上がって車が動かなくなってしまっても、すっ飛んでいって、あなたのエンジンをジャンプスタートさせてあげます。

あなたがどのタイプの作家でも、小説のプロットを設計していくという心躍る、しかし長く苦しい道のりを、最後までたどり着けるように見守るのが、この本です。

あなたがどちらのタイプだとしても、最後には結局同じこと。直感に導かれて初稿を書き上げたにしても、見つけたばかりのピカピカで最高のアイデアをじっくり練って、プロットを設計してから書こうと思っていても、どのみち、どこかで必ずプロットを考えるときは訪れるから。正直、必ずプロットの構成をする以上、考えてから書くのも、書いてから考えるのも、大した差はないというわけ。最初にやろうが、後回しにしようが、私にとっては同じこと。つまり、この本にとっても同じこと。

言い換えれば、心配無用。ちゃんと連れてってあげるから、安心して。

あの忌々しい、アレのこと

「SAVE THE CAT!」の法則について説明していると、いつもちょうどここらへんで、あの忌々しいアレについて文句を言い出す人がいるのが、お約束です。

アレ、そう「方程式」です。

「SAVE THE CAT!」の法則に倣って書くと、方程式で解いたみたいな、公式みたいにありきたりで通り一遍の小説になってしまうのではないか、と心配をする小説家はたくさんいます。

テンプレの真似なんかしたら、書くという芸術の邪魔になってしまうかも。創作の選択肢が限定されてしまうかも。そういう恐れと心配。

はい、そんな恐れの芽は、今のうちにすっぱりと摘んでおきましょう。

ブレイク・スナイダーがほとんどすべての映画の中に見出した類型を、私もほとんどすべての小説の中に見つけましたが、それは方程式ではないのです。じゃあ何かというと、さっきも言ったとおり、物語の中に潜む暗号なのです。

素晴らしい物語を素晴らしく機能させるための、秘伝のタレ。

私たちが、ある順番で語られる何らかの物語の要素に強く反応してしまうのは、きっと遺伝子の奥深くに潜む何かの力に操られているから。洞窟に壁画を描いた昔から、火を囲んで語り部が話を聞かせた遠い祖先の時代から、同じ要素に反応してきた私たち。「SAVE THE CAT!」の法則というのは、この暗号を特定してシンプルにまとめた、物語を巧みに紡ぐために必要な設計図にすぎません。これがあれば、私たち小説家が何かを書く度にいちいち車輪を再発明するところから始めないで済むのです。車輪は昔から使われているわけだから。

つい一昨日発行されたような新しいものから18世紀の古典に至るまで、古今東西の小説を分析しましたが、ほぼすべての作品に対して同じ類型をあてはめられることがわかりました。どの作品も、「SAVE THE CAT!」式で分析可能なのです。

これを方程式とかテンプレと呼びたいなら、それでも結構。覚えておいて欲しいのは、チャールズ・ディケンズも、ジェイン・オースティンも、ジョン・スタインベックも、スティーヴン・キングも、ノラ・ロバーツも、マーク・トウェインも、マイクル・クライトンも、アガサ・クリスティーも使った方程式だということ。

方程式だろうが何だろうが、大事なのはこれが効くということ。

始める前に……

というわけで、いい加減、始めましょうか。先は長いし、私は早く出発したくてうずうずしているし。

まず出発前の持ち物チェック。とりあえず必要なのは、小説のアイデアを最低1つ。別に壮大なアイデアでなくても大丈夫。アイデアの萌芽とか、閃きの欠片でも結構。気になるキャラクターを1人とか、うまくまとめれば小説になりそうな興味深い考えの寄せ集めでも構いません。アイデアはあるけど書いてみる価値があるかどうかわからなくて不安という人もいますよね。それは、アメリカ映画業界でよく言われる「持久力がある」アイデアなのか。長距離を走れるアイデアか。300ページ以上の距離を著者のあなたを背負って走り続けられるほどのアイデアだろうか?

もうすでに1本書き上げている人もいるでしょう。途中まで書いたという人も。でも何かがうまくいっておらず、直さなければならないというあなた。書き始めたはいいけれど、途中で迷子になって壁にぶつかり、何かの閃きがないと前に進めない、という人も。

あなたがどんな状況にあるにしても、一緒に旅ができて私はわくわくしています。出発前に、この先どのような章にどのような内容が書かれているか、簡単に目を通しておきましょう。(あえて言えば、構成に関する本の構成、ということですね。)

1 ヒーロー 第1章では、あなたの小説のヒーロー、つまり主人公がどんな人で、なぜ変容が不可避でなければならないか、という話をします。

2  ビート 第2章では、「SAVE THE CAT!」の15段階のビートを詳しく理解していきます。これがあれば、あなたの小説を目が離せない変容の旅路にするための企みが始められるのです。

3  ジャンル 第3章から第13章までは、「SAVE THE CAT!」のジャンル別10の物語テンプレを使って、あなたの書く物語のジャンルを特定します。ジャンルと言っても、SFとかコメディとかいう、お母さん世代にお馴染みのジャンル分けではありません。「SAVE THE CAT!」独自の法則により、キャラクターまたは主題の変容のパターンによって分けられたジャンルのことです。これを知っていれば、あなたの書いている物語をより深められるし、それぞれのジャンルに必要不可欠な「ジャンルの素材」が揃っているかどうかも確認しやすくなります。さらに、10のジャンルにそれぞれ最適の人気小説を取り上げて、15段階のビート分析をしちゃいます。これを読めば、15段階のビートが、旬の小説にもしっかり通用することがわかって、目から鱗です。

4  売りこみ 第14章を読む頃には、あなたは自分の小説の肝をかなり把握しているはず。だから、苦もなく1ページのシノプシス[要約、あらすじ]にまとめることも、一文のログラインにまとめることもできるはず。これで、あなたの小説を出版代理人に、編集者に、読者に、そして映画のプロデューサーに売りこむ準備も完了です。

5  よくある質問 どの章もこれ以上はないほどに徹底的に書いたつもりですが、それでも何か腑に落ちないとか、どうしていいかわからないということもあると思います。そんなあなたにお答えするのが第15章。「SAVE THE CAT!」方式を使ってみたときに直面しがちな6つの問題に絞って、現実的な解決法をお教えします。

で、猫は……?

ちょっと待った! 忘れちゃいけない、とっても大事なことが1つ。読者の皆さんが、書店でこの本を手にした瞬間からずっと気になっていたあのことです。

なぜ、この本は〝SAVE THE CAT〞なの? なんで猫?

その答えは、ブレイク・スナイダーが書いた最初の『SAVE THE CAT の法則』の中にあります。物語を紡ぐときに陥りがちな失敗をどう回避するかというテクニックのひとつにつけた小洒落た名前が「猫を助けろ!」でした。主人公が嫌われ者だったとします。その場合、物語の最初の方で、主人公に猫を助けさせなさい(木から降りられなくなっていれば降ろしてあげる、小屋を作ってあげる等)、そうすれば、どんなに性格の悪い主人公でも読者の好感を勝ち取れますよ、というテクニック。

どうやって猫を助けるかという話は、「SAVE THE CAT!」の法則を使ったときに小説家が直面しがちな問題を分析しながら、第15章で詳しくします。猫以外にも、小説を書くときに役に立つテクニックやこつを、いろいろと散りばめておくので、お楽しみに。

説明はもう十分。さっさと出発しましょう。あなたの小説の主人公がお待ちかねです。しかも、何やら大きな問題を抱えて困っているようです……。

※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。

SAVE THE CATの法則で売れる小説を書く

ジェシカ・ブロディ=著
島内哲朗=訳
発売日 : 2019年3月26日
2,500円+税
A5判・並製 | 480頁 | 978-4-8459-1819-5
詳細を見る