少女マンガ編集者・鈴木重毅さんと、デビュー前から鈴木さんとともに歩んできたマンガ家・卯月ココさん。本書では、二人三脚で作品を生み出してきた軌跡が語られます。その一部を、本文より抜粋してお届けします。全文はぜひ書籍でお楽しみください。
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反省の一作目、自信につながった二作目
――卯月さんは『デザート』二〇二一年二月号掲載の「こいで、こがれて」でデビューしています。それは鈴木さんと作った三作目の作品とうかがっているのですが、その前の二作品はどのように制作を進めたのでしょうか?
鈴木 すみません、その頃の作品の進め方はもうあんまり覚えてなくて……。ただ、新人の方と知り合って一緒に作る一作目は絶対にこうやるという方法があるので、一作目の進め方は覚えています。まずはその方のことを知りたいので、応募作を起点に、その方の「好き」や「描きたいもの」を聞いていくんです。そのうえで、応募作の内容や特徴をふまえた広めのリクエストをして描いてもらうんです。「応募作の男女のパワーバランスを逆転させてみましょうか?」とかあまり細かに指定をせずに描いてもらって、僕も作家さん自身も見えてなかった側面が見えてくればいい、という考えのもとそのような作り方をしています。
卯月 鈴木さんとの一作目は……なんかめっちゃしんどかった記憶があります(笑)。
鈴木 (笑)。すみません。
卯月 いやいや、鈴木さんが悪いんじゃなくて。内容的、技術的な助言をちゃんといただいたんですが、それを原稿に出せなくて。頭の中ではできてるのに、描けないという、自分の実力不足がもどかしくって。しかも[スピカ]賞の特典って、三作品まで担当についてもらえるんじゃなくて、デビューできなかったら三作品目で見放されるってことだと思っていたので。実際に一緒に作らせてもらってから、これからも鈴木さんと一緒にやれたら楽しいだろうな、と思って。だから早く結果出さなきゃと焦って、自分の実力不足に落ち込んで、それがしんどかったんです。
鈴木 僕のほうこそ、オーダーの仕方が悪かったと、一作目を見て反省しました。難しいことをやらせたのかもしれないと思って。なので、二作目は「好きなキャラ」とか、「自分が萌えを感じるもの」を見せてください、とお願いして。そこで出てきたのが「いっこく」でした。
――人生四本目の作品で『恋せよまやかし天使ども』のヒーロー、「いっこく」こと一刻(にのまえとき)のプロトタイプが登場していたんですね。
鈴木 やっぱり楽しく描いてもらったほうがいい作品になるんですよ。それと、苦手なことを続けているとマンガが好きじゃなくなっちゃう。やっぱり好きなものを描いてほしいし、そうじゃないと伸びるものも伸びないので。だから僕がオーダーを失敗したんです。違うもの、描いてないものじゃなくて、描いてない中の一番好きなもので作品をまとめてもらうべきだった。実際、好きなものを描いてもらった二作目はとてもよかったです。
卯月 その作品からデジタルに切り替えたんで、慣れるのに必死だった記憶があります。どうやら私はアナログの失敗できない線がかなりストレスだったらしく、デジタルに切り替えてみたら、こんなにストレスが減るんだと知って。この作品のキャラクターは気に入っていたので、実力がついてからもう一回いっこくを描きたい、と思っていました。あと、鈴木さんもあきらかに一作目よりも褒めてくれたんで、「あ、いいんだ!」「こういう感じが私に合ってるのかも」と自信にもつながりました。
鈴木 卯月さんが三作品しかないと焦っていたように、僕もあと一作しかない、と焦っていて。卯月さんとこれからも作り続けたいと思っていたので。三作目の「こいで、こがれて」は雑誌掲載、つまりデビューを目指しましょうと卯月さんに改めてお伝えして、戦略的というか、かなり狙って作りました。少女誌の掲載に関するハードル的なことでいうと、投稿作品って望まれている恋愛度よりも低い作品が多いんです。だから、恋愛度をそれまでより上げたいというのをお伝えして、描いてもらいました。
卯月 (小声で)「こいで、こがれて」の制作時のことは全然覚えてなくて……すみません。ただ『デザート』に載ったときのことは強烈に覚えていて。前のほうに載ってる人気の作家さんたちの作品と比べると見ていられなくて。線も細いし、インパクトもないし、印象に残らないしで……。載ったこと自体はすごくうれしかったからこそ、早く次で濁したいという思いのほうが強くて。
――そのタイミングで「次で」と未来の掲載のことを考えているのがすごいですね。雑誌に掲載されたことで、客観視できたという側面もあるんですか?
卯月 それはかなり大きかったですね。あと、この中で一番目立てたらどんなに気持ちいいだろうとは思いました。その未来を妄想しながらそこに向かって以後の作品に取り組んでいきました。
鈴木 現状に満足しないで、自分の足りないところをしっかり捉えながら、次に向かわれるのが、卯月さんのすごいところだと思います。
テーマを絞りに絞る
――その後卯月さんは、『デザート』二〇二二年六月号に第一話が掲載された『ほてりほてってファーストキス(以下、ほてキス)』で連載デビューされます。『ほてキス』はファーストキスを題材にした四つの短編で構成されるオムニバス作品で、個性豊かな高校生の男女計八人のドラマになっています。
卯月 『ほてキス』の前に「こいで、こがれて」以外の読み切り三作品(二〇二一年八月号掲載「凪とそばかす」、二〇二一年一〇月号ふろく別冊Pink掲載「おちかづきガール」、二〇二一年一二月号ふろく別冊Pink掲載「いとしいナミダ」)と、代原(代理原稿)を一本(二〇二二年一月号掲載「みどりのひみつ」)描いています。代原は八ページという短さでコンパクトにまとめなくてはいけなくて、新鮮でした。結構気に入っています。
鈴木 代原は、雑誌の読者さんに卯月さんのことを忘れられないために、と勧めたのですが、とてもよかったです。あと『ほてキス』の企画を考え始めるずっと前に、卯月さんから「どうやったら最速で連載できるか。どうやったらマンガだけで生活できるようになるか」と聞かれたんです。新人さんからその質問をされたのは初めてで。僕の知っている最速の方々のパターンをいくつかお伝えしたんですけど、そのときにお伝えした最速のルートで本当にデビューされて。連載デビューできるだけですごいのに、読み切り三・五本で、オムニバス連載が始まるなんてちょっと異常だと思います。多くの人は初期短編集のコミックスを二冊は出せるぐらい読み切りを描いてから連載デビューするのに、卯月さんのかっ飛びようはすごいです。卯月さんの高い目的意識が、上手く働いているんだと思います。
――やはり読み切り三・五本で連載デビューというのは早いんですね。
鈴木 最近は変わってきているんですが、僕が編集長だった時代は、デビューしたあと読み切りを最低でも五、六本ぐらいやって、自分の強みとか、魅力的なキャラクターとかを探ってもらい、連載のための準備をしてもらっていました。その期間で、描くペースを媒体の刊行スピードに合わせられるようにもしてもらって。その人独自のよさが出て、執筆ペース的にも問題なければ、次にオムニバスの連載をやってもらい、読者に覚えてもらうという感じでした。それが王道だったのですが、今はだいぶ変わってきていると思います。その王道のやり方から考えると卯月さんの連載デビューは早いです。ただ、早く連載デビューすることが全てではないので、その方の目的や目標を軸にやり方を考えていけばいいと思います。
――なるほど。『「好き」を育てるマンガ術』の中(「問44 自分の描きたいものと編集さんが求めているものが違います。どうすればいいでしょうか?」)で『ほてキス』は、最初キスがモチーフじゃなかったと書かれています。
卯月 最初はおまじないでした。私が関心を持っていたからそれを題材にしたんですけど、ネームを練っていたら、なんか違うかもと思って。その題材以外に大きなこだわりはなかったんで、鈴木さんに「何が好まれやすいですか?」と聞いたら、「キス、秘密の恋、幼なじみ、年の差とかですかね」と返答があって。消去法でキスにしました。
鈴木 秘密の恋、幼なじみ、年の差の要素も『ほてキス』の中に入っていますけど、あくまでも「キス」が中心になっています。ほかの要素はバリエーションをつけるために入っている感じですね。ただ、卯月さんから「何が好まれやすいですか?」と質問されたのでお答えしましたが、売れ線を押しつけてもいいことは絶対ないです。マンガ家さんご本人が乗っていない題材やジャンルを描いてもらって、それがいい作品になった記憶がまったくないので。関心のないもので描いてもらっても、ネームの段階でそれがわかるんです。全然筆が乗ってないので。
――ネームで乗ってないのがわかったら、大幅に調整をしてもらうんですね。
鈴木 ネームを描いてもらう前から調整させてもらうようにはしています。売れてるものをやらせるよりも、その人の本気のものが見たいと思って編集をしているので、こちらの要望を無理して描いてほしいと全然思わないです。僕が汲み取れてないことも多いと思うのですが……。卯月さんに売れ線をお伝えしたのは、「なるべく早く連載をつかむ」という目標を共有していたからです。だったら一番強い題材がいいだろう、と。
卯月 キスではなく、ファーストキス縛りにしたのは私です。最初に一、二話のネームを作るんですけど、どちらもファーストキスにして。縛りが強いほうが自分的にいい課題になると思って。ネームを見た鈴木さんが「なんかファーストキス縛りっぽいですね」みたいなことを言ってくれるように仕向けて。
鈴木 まんまと仕向けられました(笑)。
卯月 そのテーマで四作品も描くことになるので、テーマを絞りに絞ったほうが、成長できると思ったんです。読者さんに覚えてもらう、見つけてもらうということをしつつ、自分の成長のためにこの機会を有効に使おうと思っていました。長編連載へのステップとしてただオムニバス連載を経験するのではなく、確実に長期連載の糧になるようなオムニバス連載にしたいと考えていて。『ほてキス』でできる限り多くの読者さんに覚えてもらえたら、「あ、『ほてキス』の人、長期連載やるんだ」と連載前からついてきてくださる方が増えるので、インパクトを大切にしました。雑誌を買ったからといって読者の方が全部の作品を読んでくれるわけじゃない。だから、パラッとめくったときに手が止まるようなものにしたくて。いくら面白いものを描いても、読んでもらえなければ意味がないので。読者さんの手を止めるためのインパクトのいち要素としてキスよりもファーストキスを選びました。
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