「序章 アニメーションの制度化と戦争──空間の再編成の表現様式」より「4 本書の構成」
序章の最後に、本書の構成および本研究の方法と、そこで用いた資料について示したい。
まず、第1章では、日本におけるアニメーションの黎明期に、アニメーション制作の先駆者らが、いかに試行錯誤して作品制作を行っていたのか、について考察し、アニメーションの組織的制作の成立がいかに困難であるかを指摘する。そして、戦時期におけるアニメーションの勃興について明らかにするために、戦前のアニメーション制作をめぐる環境が、戦時期に、軍部がアニメーション制作を支援したことによって、いかに変化したのか、戦時期におけるアニメーション生産組織の編成の転換、およびその流通の変化について、明らかにする。
そのために、1910年代から1945年までの映画雑誌に掲載されたアニメーション関連記事およびアニメーターの手記、インタビュー録の分析を行う。なお、アニメーション関連記事に関しては、アニメーション研究者の佐野明子によって作成された「1928年―45年におけるアニメーションの言説調査および分析〈映画雑誌リスト〉*30」が、データベースとして利用可能である。このリストに掲載されている雑誌は、規模の大小にかかわらず53誌にわたり、発行されていたすべての映画雑誌を網羅しているといってよい。戦時期には、映画雑誌に関しても、政府の統廃合措置が敷かれたため、『キネマ旬報』(1941年以降『映画旬報』)『映画評論』『新映画』『映画技術』『映画教育』『文化映画』など数誌に激減したが、軍部や文部省の役人の論文や、彼らの座談会での発言録を掲載しているので、国家とアニメーションの関連を分析するには必要不可欠な資料となる。戦時期の映画政策に関する公文書においては、アニメーションに言及しているものは皆無であるため、なおさらである。また、軍事教育映画関連の資料は、制作自体が極秘のため、多くの制作を請け負った東宝の社史、映画史にも記録されていないばかりか、ネガ・ポジは1945年8月下旬、すべて焼却され、記録文書も残っていない*31 。したがって、映画雑誌や、アニメーション制作従事者の手記などを手がかりに考察することが分析の唯一の手段である。
続く、第2章では、アニメーションの生産システムおよび生産組織の編成が変化した要因について、他者の文化と自国家の文化の序列化という観点から明らかにする。とりわけ、いかなる主体が文化生産を実践、あるいは保護するのか、また、アニメーションのいかなる特徴に価値を見出したのか、について考察することによって、支配空間の地理的拡大に伴って認識される他者の存在が、文化政策にいかなる影響を及ぼすのかを明らかにする。分析対象は、第1章同様、映画雑誌におけるアニメーション関連記事およびアニメーション制作従事者の手記やインタビュー録である。
第3章では、第2章で指摘するように軍部がアニメーションに着目したことにより、アニメーション制作組織がいかにして確立していったのか、物の動きを構成する絵を描く専門職であるアニメーターの誕生に着目しながら考察する。アニメーション映像は、単に劇場映画にとどまらず、軍事教育映画にも活用されている。それらの映像がいかにして制作されたのか、映像が現存しないなかで、軍事教育映画のシナリオといえる『爆撃教育用映画取扱説明書』やアニメーターの証言を参照することによって推察したい。
第4章では、終戦間近の1945年4月に公開された『桃太郎 海の神兵』における表現様式を分析する。『桃太郎 海の神兵』に関しては、アニメーション史において、戦後消失したといわれており、幻のフィルムと称されていたが、1982年に松竹の大船の倉庫から発見され、再び脚光を浴びた。それ以降、『桃太郎 海の神兵』に関する先行研究が蓄積されつつある。本書では、作品を4つのシークエンスに分け、各シークエンスにおいて、他者との関係性(とりわけ、アジア・太平洋の諸民族および連合軍)と、戦時期における空間の再編成がいかにして表象されているのかに着目する。そして、アニメーションという表現様式が、他者との空間をめぐる闘争をいかに「視覚化」していくのか、かわいい動物キャラクターによって、何をみせ、何を隠すのか考察する。
第5章では、1940年7月樹立されたヴィシー政権期における国家とアニメーションの関連について考察する。フランスは、ヨーロッパではじめてアニメーションが制作された国でありながら、戦前は、日本同様、個人作家による作品として制作されているにすぎなかった。しかし、戦時期においては、日本同様、国家がアニメーション制作に経済的支援を行うことで、レ・ジェモー社のポール・グリモーを筆頭にアニメーション制作体制が組織化され、アニメーションが制度化されていく。
なお、フランスにおけるアニメーションと国家の関係に関しては、フランス、パリにある国立映画図書館(Bibliothèque de film)のアーカイブセンターにおいて、ヴィシー政権期のアニメーション制作に関する資料が保存されており、それらを主として用いる。アーカイブセンターには、第二次世界大戦期において、アニメーション制作従事者と政府機関のあいだで取り交わされた文書、国家から融資を受けた際の領収書の原本等が、多数所蔵されている。個々の資料は、発行された時期や制作会社ごとに分類・保管されている*32 。
第6章では、これまで論じてきた第二次世界大戦期の日本とフランスにおけるアニメーションをめぐる環境の変化について、その共通性の分析を通じて、なぜ、戦時期にアニメーションの勃興が起こったのか、について考察する。そして、他者とのあいだで勃発する、支配の領域を区分する境界をめぐる闘争と、それによってなされる空間の再編成が、アニメーションという表現様式にいかにして関連するのか、について分析していく。また、戦後制作されたアニメーションについても空間の再編成という観点から考察する。とりわけ、現在のアニメーションの一つのジャンルである宇宙を舞台にした作品に着目し、宇宙に拡張する支配空間の再編成の視覚化に言及する。そうすることで、いかなる契機において文化が制度化されるのかを明らかにすることができると考える。
第6章までは、第二次世界大戦下以前のアニメーションの制度化に着目してきたが、第7章以降は、それが今日のアニメーションをめぐる環境にいかに展開しているのか、という観点で考察していきたい。
第7章では、アニメーションの背景美術に焦点をあて、アニメーション消費の現代的展開について検討する。アニメーションは背景とキャラクターの二層構造である。戦時期よりアニメーションにおける背景美術の技術革新があったが、戦後、アニメーションの背景美術を描くときにロケーションハンティングを行う作品も生まれ、背景美術への着目度が飛躍的に高まった。それはのちに、アニメーションの聖地巡礼という消費行動を導き出し、作品で描かれている空間と現実を接合する実践となる。アニメーションの聖地巡礼に焦点をあて、アニメーションで描かれる空間の再編成がいかにして現実社会へと拡張されて認識されるのか、検討する。
そして、第8章では、戦時期に胚胎したアニメーション産業の基盤が戦後いかに展開していくのか、考察する。戦後は国家の経済的支援に代わって、民間企業がアニメーション産業を主導していくことになる。1953年のテレビ放映開始後は、日本においてアニメーション作品が大量生産され、他国の追随を許さない現状にある。各国で戦時期に開花したアニメーション産業の基盤は、人材あるいは経済的要因により維持できない場合が多いなか、日本においてアニメーションが大量生産され、日本文化として認識されるまでとなったのは、いかなる要因があるのだろうか。アニメーション産業の興隆を支えるアニメーターは、フリーランスで仕事を請け負う者が多く、収入が安定しないことが知られている。長年、放置され続けていた問題であるが、2024年5月、国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会は、日本のアニメーション業界におけるアニメーターの労働問題について指摘した*33 。この章では、いかにして日本のアニメーターは、アニメーション産業に従事し続けるのか、その労働実態に着目し、検討したい。
終章では、日本とフランスのアニメーションの巨匠が戦後のアニメーション界においていかに交わっていったのか、という点を取り上げたい。スタジオジブリを興した高畑勲は、戦中から戦後にかけてフランスのアニメーション界を牽引したポール・グリモーの作品、とりわけ『やぶにらみの暴君/王と鳥』(1952/1980)に触発され、アニメーション界に足を踏み入れたと公言している。高畑によるグリモーの作品群に対する洞察は、制作者と研究者の視点の両方を併せ持ち、グリモーの息子アンリ・グリモーにも「高畑の作品には父の作品と同じ空気が流れている*34」といわしめるほどだ。また、その高畑は、同じくスタジオジブリを興した宮﨑駿とグリモーの共通性を指摘しているが、本章では、スタジオジブリの原点と言われているグリモーの『やぶにらみの暴君/王と鳥』と、高畑亡き後に完成した宮﨑駿の監督最新作『君たちはどう生きるか』(2023)のあいだにある共通性を論じ、本書の議論を締めくくりたい。
*30 佐野明子「1928‐45年におけるアニメーションの言説調査および分析」徳間記念アニメーション文化財団編『財団法人徳間記念アニメーション文化財団年報 2005‐2006 別冊』徳間記念アニメーション文化財団、2006年、10-100頁。
*31 佐藤忠男『日本映画Ⅱ 1941-1959』岩波書店、1995年、65頁。小松沢甫「続幻の東宝図解映画社市野正二の足跡」『FILM1/24』第19号、アニドウ、1977年、8頁。
*32 個々の資料は、ラベリングされているわけではないが、発行された時期や制作会社ごとに分類し、保管されている。予約をすれば誰でも閲覧可能である。
*33 国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会報告書(2025年2月18日閲覧)。
https://digitallibrary.un.org/nanna/record/4049150/files/A_HRC_56_55_Add.1-EN.pdf?withWatermark=0&withMetadata=0®isterDownload=1&version=1
*34 叶精二「『王と鳥』と日本人の特別な関係」高畑勲・大塚康生・叶精二・藤本一勇『王と鳥──スタジオジブリの原点』大月書店、2006年、42頁。
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