監訳者まえがき
『女の子のための西洋哲学入門』へようこそ! この本は、西洋哲学に含まれるいろいろな分野について、各分野を専門とする女性哲学者たちがときに熱く、ときにユーモラスに、そして何よりも哲学的に語る内容になっています。どの章もほかの章とは切り離して読めるようになっているので、ぜひまずは目次を眺めて、気になる章から読んでみてください。「プロローグ」や「はじめに」ではこの本の思い描いているイメージや掲げている目的が語られていたり、この本を読むうえでの簡単なガイドがあったりするので、そこから読んでいただくのもいいかと思います。
目次からもわかるかと思いますが、この本は過去の哲学者の思想を解説するタイプの入門書ではありません。現代の哲学者が議論しているトピックを挙げ、各章でそれに関してどんな考え方があり、どんな論点があるのかといったことを解説し、さらにはそこから先の思考へといざなうものとなっています。ですから、例えば数学や自然科学が好きなひとは6章の論理学の話や、8章の科学の話を読んでみると面白いかもしれません。芸術が好きなひとには10章に芸術についての話題があります。そんなふうに、自分自身の関心に合わせて読んでいってもらえると嬉しいです。もちろん、初めから順に読んだり、あえて普段なら関心を持たない章から読むのも楽しいでしょう。
ところで、「女の子のための」とわざわざタイトルに書かれると、ぎょっとするひとや眉をひそめたくなるひともきっといるだろうと思います。実際、世の中の「女の子のための」ものや「女性のための」ものは、女の子や女性を「こういうことが好きなはず」と決めつけ、枠に押し込むような手合いが多く、率直に言うとあまり愉快でないことが大半です。でも、この本が「女の子のための」と名乗っているのは、そういうのとは違う目的があってのことです。
「はじめに」でも書かれているように、西洋哲学の歴史はおおむねシスジェンダーの、ヘテロセクシュアルの、白人の男性たちの思考の歴史でした。もちろん実際には優れた女性哲学者は何人もいたのですが、西洋哲学の解説のなかで彼女たちが話題になることは、ごく最近の哲学者の場合を除くとあまりありません。日本で西洋哲学について解説するひとも、ほとんどはシスジェンダーで、ヘテロセクシュアルで、人種的・民族的マジョリティの男性たちでした。そしてそうした男性たちが、自分自身の経験を具体例として挙げたりしながら、過去の男性哲学者たちの思想を引用し、哲学への導入を用意してきました。
だから、これまでの西洋哲学の入門書は言ってみればずっと『男の子のための西洋哲学入門』ばかりになっていました。男性が、男性哲学者の話を、男性である自身の経験を例として使いながら解説していたのです。そんな入門だらけだと、どうしても女性や女の子にとってはどうにも入りづらい門ばかりになってしまいますよね。だからこそ、この本はあえて「女の子のための」と銘打っています。もともとどの性別向けでもなかったもののなかに「女の子用」をつくるためではなく、もともと「男の子用」だった世界に「男の子用」でない場所をつくるためです(本当は『ノンバイナリーの若者のための西洋哲学入門』もあってしかるべきなのですが、残念ながらいまのところ実現していません)。
ですので、この『女の子のための西洋哲学入門』は、性別を制限するためでなく、むしろそうした制限から解き放たれ、女の子や女性が思う存分、自由に思考を広げるための場所のひとつとなってくれるはずです。いままさに女の子であるひと、かつて女の子だったひと、これから女の子になっていくひと、そして女の子とみなされた経験をもつひとたちすべてをこの本は歓迎します。さあ、楽しく、旨味たっぷりの、思考をする人生を歩んでいきましょう。