隠された魔法の世界は、長きにわたってファンタジーというジャンルに欠かせないものです。アイルランドの神話には「ティル・ナ・ノーグ」と呼ばれる不老不死の国がたびたび登場しますし、どの宗教にも、死後の世界や神々の世界などの見えない世界があると言えます。オーエン・コルファーの〈アルテミス・ファウル〉や、カサンドラ・クレアの〈シャドウハンター〉、そしてJ・K・ローリングのおなじみ〈ハリー・ポッター〉のように、魔法の世界を描いたヤングアダルト小説のシリーズも高い人気を誇っています。そこで、こうした隠された世界をストーリーとして論理的に構築する方法を考えていきましょう。6つの項目に分けて見ていきます。
1. 魔法の世界はどのようにして隠されているのか
2. 発見されることをどうやって防いでいるのか
3. 隠された世界にある社会の基本的機能
4. なぜその社会は隠された状態でいるのか
5. 地理と人口の影響
6. 隠された世界と物語
魔法の世界はどのようにして隠されているのか
魔法の世界を隠す方法はさまざまありますが、世界観の構築を考えるにあたっては、つぎの問いに答える必要があります。
a. どのようにして俗世間から発見されないようにしているのか。
b. 秘密の世界の住民が自分の正体を明かすのをどうやって防いでいるのか。
ふたつ目の問いについては、のちほどくわしく考えていきます。それでは、世界観の構築にあたって重要となる、魔法の力、テクノロジー、外見、地形、思いこみの5つの項目に分けて考えていきましょう。
魔法の力
あなたのストーリーのマジックシステムを考えてみましょう。隠された世界では、ある種のふしぎな魔法が存在し、俗世間が魔法の怪物を見たり、魔法の領域にアクセスしたりするのを防ぎ、魔法界の人々が特定の場所に行けないようにします。シンプルな方法ですが、その魔法がそこにずっと存在してきたものであれば、世界観として信じられるものです。リック・リオーダンの〈パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々〉シリーズでは、魔法の「ミスト」が一時的に人間の目をくらませ、神々やモンスターたちの存在や超常現象が見えないようにします。DCコミックスの「ワンダーウーマン」の神話では、魔法のバリアがセミッシラ島を守り、ほかの世界からは見えません。
けれども、問題は、この種の魔法と相性がいいのは、ソフトマジックのファンタジーだということです。H・P・ラヴクラフトの作品では、一種のベールの裏にうす気味悪い怪奇の世界が隠れていて、このベールがどこから来たのかは、だれも理解できない古代の力のように不可思議です。これは、エルダーゴッド(旧神)による驚くべきソフトマジックシステムには完璧にふさわしいものです。一方、ブレント・ウィークの〈ライトブリンガー〉シリーズに登場するのは、主に色を使って個々に能力を与えるハードマジックシステムです。このストーリーで「ベール」を使うことは、マジックシステムと矛盾し、都合がよすぎる印象を与えるだけでなく、魔法そのものの論理的根拠がうたがわれることになりかねません。これが許されるなら、なんでもありになってしまいます。
ハードマジックシステムには明確に定義されたルールが存在するのですから、そのストーリーに、ルールや制限が厳密でないソフトマジックの「ベール」のようなものを持ちこむことは避けてください。あなたのストーリーがハードマジックシステムの影響下にある場合、世界を隠すにはほかの方法を考えるようにしましょう。
テクノロジー
あまり一般的ではありませんが、テクノロジーを使うのもひとつの方法です。オーエン・コルファーの〈アルテミス・ファウル〉シリーズでは、地底に住む妖精「ピープル」が最先端のテクノロジーを駆使し、高周波振動によって自分たちの姿を人間の目から遮蔽しています。この妖精たちは、偵察網を張り巡らせ、光線銃や生物爆弾などを装備して自分たちの世界を守ります。作品の世界にユニークな仕掛けを試みるのであれば、マジックシステムのほかにテクノロジーを使うことを考えるのもいいでしょう。
※世界観の構築に必要な重要な項目はまだあります(「外見」「地形」「思いこみ」)。詳しくはぜひ本書でご確認ください!
(中略)
隠された世界と物語
隠された世界が人気を集めるのには理由があります。森や地面の下、魔法のベールの向こうなど、わたしたちが住む町のすぐそばに魔法の世界が隠れていて、それをふつうの人が見つけることができるというアイデアは心躍るものです。本のなかに描かれた架空の世界に夢中になる読者は、手を伸ばせば届きそうな場所にある世界に没頭したいと願うのです。現実の世界からストーリーがはじまっていれば、読者がそのなかに身を置き、魔法の世界がすぐそこにあると信じやすくなります。〈ハリー・ポッター〉シリーズがはじまるのはサリー州の平凡な裏通りですし、『吸血キラー゠聖少女バフィー』の舞台サニーデイルは、カリフォルニア州のありふれた町です。
隠された世界を多くの作家が登場させる根底にある狙いは、読者をその世界にはいりこみやすくすることです。そのため、隠された世界の物語には多くの場合、物語を進めるうえでの3つのポイントがあります。
a. 隠された世界が、なじみ深い現代の人間世界と隣り合わせに設定されている。
b. 主人公は人間で、ストーリーの冒頭でその世界を発見する。
c. だれもが知っているものに、魔法の世界にまつわる別の意味を持たせる。
『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々盗まれた雷撃』では、ストーリーの舞台は2000年代初頭、ギリシャ神話の世界が隠されているのはアメリカです。主人公のパーシーは平均的な読者の年齢(12歳)であり、隠された世界のことを何も知りませんが、第一章で読者とともにそれを発見します。そして、エンパイア・ステート・ビルディングというだれもが知るおなじみの場所に、神々が住むオリンポス山への入り口という第二の意味を与えています。この3つの設定によって、読者は主人公とその旅に親しみを覚え、物語の世界にはいりこみやすくなります。
とはいえ、隠された世界の物語を書くうえで、この3つをどうしても使わなければならないということはありません。『アサシンクリード』のように古代史を舞台にして隠された世界を作ってもかまいませんし、映画『コンスタンティン』(2005)でキアヌ・リーブスが演じたジョン・コンスタンティンのように、隠された世界に最初からどっぷり浸かったキャラクターを登場させることもできます。地球とかけ離れた見知らぬ惑星を舞台に隠された世界を作るのもいいでしょう。「ふつう」というのが人間ですらないストーリーも見てみたいものです。ヤングアダルト向けのファンタジーでは特によく使われてきた手法ですから、隠された世界の物語を構成するときに前述の三つの要素に頼りすぎてしまうと、ストーリーがありきたりで独創性がないものになるおそれがあります。読者をストーリーに引きこみ、主人公に共感させるのには役立ちますが、こうした使い古された表現には頼らず、個性的な手法を考えるようにしましょう。
『読者を没入させる世界観の作り方』「第13章 隠された魔法の世界」より
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