伏線はストーリーの要素というより、むしろストーリーを作りあげるためのツールです。伏線とは何かについては、ほとんどの人がきちんとした知識を持っていると思いますが、それが必要な場所や効果的な使用方法を理解することは、また別の問題です。
簡単に言うと、伏線とは、ストーリーの序盤のシーンを使って、後半で起こる出来事への期待や理解を深めることです。ジョス・ウェドン監督の『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015)では、アイアンマン/トニー・スターク(ロバート・ダウニー・Jr.)が「われらの時代の平和」ということばを使って、最新の発明品であるウルトロン(地球全体の平和を維持し、人類を脅威から守ることができる人工知能)について説明しています。これは、1938年にアドルフ・ヒトラー率いるナチス・ドイツと協定を結んだ、当時のイギリス首相ネヴィル・チェンバレンが「われらの時代の平和を得た」と語ったことばが下敷きになっています。
チェンバレン首相が宣言した平和は11か月しかつづかず、第二次世界大戦がはじまることとなります。
ですから、このことを知っていた観客が予期するのは、平和ではなく、かつて見たことのない規模の世界戦争のはずです。伏線とは、心を刺激する創作上の手法として読者が振り返ることのできるものというだけではありません。作家にとって、ストーリーを構成し、作品のトーンを定め、読者が納得できる結末をもたらすのに役立つものです。伏線を張るには多くの方法がありますが、ここでは一般によく知られている方法を重点的に見ていきましょう。プレシーン、異例の描写、「チェーホフの銃」、象徴、予言、異例の行動、の6つです。
プレシーン
プレシーンとは、重要な場面を暗示するちょっとしたエピソードを序盤に入れることです。ダファー兄弟制作のドラマシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』では、冒頭で、主人公の少年たちがダンジョンズ&ドラゴンズのゲームを楽しむ場面が描かれています。このゲームでは、異次元からやってきたとてつもなく強力なモンスター、デモゴルゴンと戦います。その後、少年たちは1シーズンをかけて異次元のモンスターと戦うことになります。のちに起こる出来事を模したこのプレシーンはみごとな伏線となっています。
異例の描写
これは、通常なら考えに入れないようなことを強調して記述し、通常考えられるよりもくわしく説明することです。よく知られたわかりやすい例として、『ハリー・ポッターと賢者の石』でハリーの傷痕について書かれた部分を見てみましょう。
自分の顔でたった一つ気に入っていたのは、額にうっすらと見える稲妻形の傷だ。物心ついた時から傷があった。ハリーの記憶では、ペチュニアおばさんにまっさきに聞いた質問は「どうして傷があるの」だった。(松岡佑子訳、静山社、1999年、34頁)
一般に、傷痕は、取り立てて説明を必要とするものではありません。だれにでもあるものです。この異例の描写は、ハリーの過去に何か謎めいたことがあったのを読者に知らせると同時に、将来においてヴォルデモートとのあいだに生じる緊張関係を暗示しています。
現実の世界では、見聞きするあらゆるものがすべて重要なわけではありません。一方、作家は物語を書く際に、何を盛りこみ、何を盛りこまないかをつねに意識して選択することを強いられます。つまり、作者が見てほしいものに読者の焦点を絞れるような、まとまりのある物語にするためには、すべての段落が物語のなかで求められる役割を果たす必要があります。ある特定のものについて異例の描写をおこなうことで、読者にとって重要な焦点として際立たせ、そこから何かが起きることを暗示するのです。
それでは、異例の描写の方法についてくわしく見ていきましょう。強調する必要がないものは単に列記するだけにし、強調したい対象には、ひとつの段落や文章をまるごと使うことで対比させることができます。列記されたものの近くに置かれるほど、対比が明確になります。たとえば、ハリーの傷痕に関するこの記述の前には、つぎのような文があります。
ハリーは、膝小僧が目立つような細い脚で、細面の顔に真っ黒な髪、明るい緑色の目をしていた。(同34頁)
どれひとつとして、特に重要なこととして強調されてはいません。際立たせるような言いまわしもなく、ただ羅列されているだけです。ハリーの傷痕についての記述には感情的な側面があるうえに、ひとつの文がまるごと使われています。
何かを際立たせるためのふたつ目の方法としては、登場人物にほかのものに対するのとはちがう態度で関わらせることです。登場人物がそれについてのエピソードを語ったり、失うことを不安に思ったり、それについて相反する感情をいだいたりすることなどが挙げられます。
「チェーホフの銃」
これはおそらく最も一般的で重要な伏線の手法と言えます。ロシアを代表する劇作家アントン・チェーホフの「もし第1幕で壁に銃があるならば、最後の1幕までに発砲されなくてはならない」ということばに由来しています。脚本術に関する著作で知られるデイヴィッド・トロティエは、こう言い換えています。「1杯のコーヒーについて描写する意味があるのは、そこに毒がはいっているときだけだ」
「チェーホフの銃」とは、何かがストーリーの後半で重要な意味を持つようになる場合、序盤で伏線としての存在感を持たせるべきだという原則のことです。たとえば、第3幕で銃を使用するのであれば、第1幕で壁にかけておくのです。銃は具体的なものについての例ですが、ストーリーにふたたび登場するものであればなんでもかまいません。
これはゲームの世界ではよく見られることで、なんらかのアイテムやアビリティを手に入れても、先に進むまで重要なものだとわからないことがよくあります。トビー・フォックス制作のゲーム『UNDERTALE』でスパイダーは、スパイダースイーツ即売会でスイーツを買うと、あとでそれを使って蜘蛛のボスであるマフェットとの戦いを回避することができます。このアイテムは、一見なんの役にも立たないもののように思えますが、蜘蛛との出会いを暗示するとともに、『UNDERTALE』が掲げているゲームとしてのテーマ、つまり、だれも殺さなくても勝つ方法があるということを表現しているのです。「チェーホフの銃」は、特にSFやファンタジーにおいて、対立を解決して納得できる結末へと導くために重要な意味を持ちます。マジックシステムやテクノロジーなどの要素をあらかじめ設定しておくことにより、ストーリーのなかでの効力を読者が理解することができます。そうすれば、終盤において対立を解決するために使われたとしても、「デウス・エクス・マキナ〔ご都合主義〕」のように感じられることはありません。
『読者を没入させる世界観の作り方』「第4章 伏線を張る」より
※それ以外の伏線の張り方(「象徴」「予言」「異例の行動」)はぜひ本書でご確認ください!
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