ためし読み

『モンスターを書く 創作者のための怪物創造マニュアル』

◎それがどんな怪物なのか考案する前に、次のことを考えてみてほしい。きみはサメというものを見たことも聞いたこともないとする。サメの写真も動画も見たことがない。学校でサメについて習ったことも、動物番組「アニマル・プラネット」で観たこともない。そんなきみに、剃刀のような歯が並んだ顎をかっ開いた実物が迫ってきたとしたら、きみはサメをモンスターだと思うだろうか。
◎作家アラン・ディーン・フォスターによると、モンスターとは「独特の奇妙さを持ち、私たちが見たら一目で恐れを感じる生き物」だ。
◎ならば、サメもモンスターでないわけがない

第一章 モンスターとは何か?

モンスターと呼べるものは色々とあるが、最終的には「怖い」の一言に集約される。

きみが書く物語に登場するキャラクターが、普通のウサギ程も怖くなく、脅威を感じさせるものでもなかったら、それが風変わりな生物だったとしてもモンスターではない。では、例のサメとか『エイリアン』に出てくるH・R・ギーガーがデザインした悪夢の異星生物のような攻撃的な猛獣でなければモンスターではないのだろうか。その問いに対する答えは一つではない。モンスターといっても姿かたちは色々で、その生い立ちも様々。行動様式も決まったものはない。

『A Practical Guide to Monsters (実用モンスターガイド)』の著者ニナ・ヘスはワシントン大学で児童文学を教える一方、児童から大人まで対象にしたファンタジー小説の編集者でもある。そんな彼女は「異常な大きさまたは外見を持ち、超自然的な力を持つ」のがモンスターだと定義している。

その定義に従えば、市バスほど大きなライオン(異常なサイズ)や、翼の生えたライオン(異常な外見)は、モンスターだ。異常に大きなライオンも翼のあるライオンも、見方を変えれば「超自然的」とも言えるが、個人的にはモンスターが自然界で見られない力や能力を持っている必要はないと考えている。巨大だという以外はただのライオンならば、それはモンスターだろうか。私は「そうだ」と思う。1950年代の古典的なB級映画『放射能X』(1954)に出てくる巨大蟻はただの巨大な蟻だが、映画史に残る名モンスターであることに間違いない。ファンタジー小説のベストセラーを連発するリチャード・ベイカーの定義には、より具体的な部分と簡略化された部分が混在している。彼によると「人でない何か。命があり、きみを破滅させたがっている。モンスターの多くは超自然的な存在であるか、または自然の法則に逆らう行動を取る。しかし、そうでなければいけないというわけではない」。

では、人間はモンスターの定義から除外されるのだろうか。フィクションにはモンスターとして描かれる人間が多数存在するし、もちろんそのような人は現実にも存在するが、小説家マーティン・J・ドアティは「モンスターとは非人間的であるがゆえに恐ろしい何者か。物理的、社会的等の観点から人間性が見出しにくい何か。理解不能の行動を取る、または外見が恐ろしい、あるいはその両方」と言っている。そう定義した上でドアティは、外見的にまったく恐ろしくない人間や宇宙人でも、その行動様式や価値観によってモンスターになり得ると書いている。さらに「見るからに恐ろしい化け物であっても、その行動様式が理解されればモンスターではなくなる」とも。

この説は、先ほどのサメの例で示した考え方を補強してくれる。私たちがホオジロザメについて何かを知ったからといって、それでサメが私たちを食べなくなるわけではないが、サメは私たちの目にモンスターとは映らなくなるのだ。この世界の中でどう存在しているか理解できれば、あるいはその動機が少しでも理解できれば、どんなに恐ろしい存在であったとしても、実質的にはモンスターではなくなる。

ホラー作家のチェルシー・クィン・ヤーブローによる定義はさらに単純だ。「モンスターとは、それが出現する社会の中で普通だと考えられている外見や行動あるいは思考に対する歪みなのです」。

では、人間(および人間以外の意識を持つ生物)とモンスターを分かつのは、その行動だけなのだろうか。本書の目的上、悪意を抱いた人間への比重は軽目になっている。結論から言えば、たとえばチャールズ・マンソンのような人を「モンスター」と呼ぶとき、私たちはマンソンの行動を指して「怪物的」だと言っているのであって、彼が人間以外の種に属すると考えているわけではないのだ。

ここまでに挙げたモンスターの定義は、どれも良い定義なので使わせてもらった。それでも、モンスターとは何で、何によってモンスターとみなされるのかという考え方は人によって微妙に違う。私が怖いと思う何かをきみが怖がるとは限らない。だから、これからモンスターとは何かという私の定義を読むときにも、それが究極の結論だと捉えずに、出発点だと考えるといいと思う。

『The Guide to Writing Fantasy and Science Fiction (ファンタジーと空想科学小説執筆ガイド)』に書いた私の定義はこうだ。「ある文明を構成する意識を持った人たちにも、またはその世界に一般的な動物相にも植物相にも属さない生物。種は問わない」。もっと簡単に言えば「モンスターは異質で、怖い」ということだ。そのへんを歩いているときにばったり出くわすとは考えられない何か。たとえそれがファンタジー世界の路上でも、未来世界の宇宙船の機関室でも同じことだ。

何がモンスターを、悪者とも、ヒーローまたは一般的な人間とも「異なる」ものにするのだろうか。この先折に触れてその話をするが、まずは今まで何度か言及したこの言葉から始めよう。何がモンスターを「怖い」ものにするのだろうか。

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モンスターを書く

創作者のための怪物創造マニュアル

フィリップ・アサンズ=著
H・P・ラヴクラフト歴史協会=序文
島内哲朗=訳
発売日 : 2023年8月5日
2,200円+税
四六判・並製 | 314頁 | 978-4-8459-2306-9
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