問7 何を描くかどうやって決めればいいですか?
そもそもマンガ家さんとはどういう職業だと思いますか? もちろん素敵な絵と物語を描く存在ではあるのですが、もっと本質的に言うとどうなるでしょうか。この部(第2部)では再三「何を」描くかについて書いていますが、その流れで言うとマンガ家さんとは「何を」描くか決める仕事であり、決められたページ数、コマの数、あるいは時間や体力の制約の中で「何を描いて何を描かないか」の意思決定をし続ける仕事だと思います。
ではその意思決定をするには何が必要でしょうか。センスや才能? もちろんそういう部分はあるかもしれませんが、なんでもセンスや才能に帰結させてしまうと、選ばれた人しかマンガを描いてはいけないという話になってしまいます。僕は誰にでも自由に楽しくマンガを描いてほしいと思っているので、センスや才能で語ることはしません。ではセンスや才能ではないもので、意思決定に必要なものは何か。それは「好き」と「スタンス」だと思っています。
「好き」は文字通り、あなたが好きなもの。キャラでも設定でも舞台でもなんでもいいので、好きなものを選ぶ。そのときにできるだけ具体的にイメージが湧くものになるまで絞るほうがおすすめです。少女マンガで言うなら、ふわっと「片想いが好き」だけだと、何を描くのかだいぶぼんやりしていますよね。
同じ片想いでも例えば僕の担当したタアモ先生の『たいようのいえ』(2010〜2015年)という作品だと、年の差幼なじみへの片想いというのがポイントになっています。かなり年上ですでに社会人の幼なじみに片想いしている女子高生の主人公。そこまで絞ると必然的に、年上らしい部分、年上なのに惹かれてしまう部分、一緒にいる理由、年の差を超えて付き合う理由、とマンガの中で描くべきことが見えてきます。この「描くべきこと」こそが、「何を」描くかの「何を」の部分です。「好き」を絞り込んで、描くべきことを挙げていく。その中から、さらに特に好きで描きたい部分を絞り込んでいく。そうすると描くことが決まっていくと思います。
もうひとつの「スタンス」とは何か。簡単に言うと、選んだものをどういう立場で取り上げるかです。例えば選んだものに「最高の」と「最低の」をつけられる場合、どちらを取りますか? 「最高の片想い」を描くこともできるし、「最低の片想い」を描くこともできます。仮に「最高の片想い」にスタンスを決めると、相手の存在だったり、起きる出来事だったり、主人公自身の変化だったり、片想いをする中で何かが最高じゃないといけないわけですから、これまた必然的に描くべきものが決まってきますよね。さらに感情を加えてみるとどうでしょう。「最高に泣ける」、「最高に笑える」、「最高にハッピー」、「最高にエモい」など。すると、よりはっきりと描くべき方向性が絞られてきます。スタンスに感情を加えると、お題のようになり、方向性を絞りやすくなります。
逆に「スタンス」を結論にする場合もあります。「片想いは最高だ」という具合に、です。同じく感情を加えて「片想いは最高に泣ける」、「片想いは最高に笑える」などでも大丈夫です。スタンスを結論にもってくる場合、それはテーマになります。別の言い方をすると、先に挙げたお題にするほうが「まず問いを立てる」やり方、あとに挙げたほうが「まずたどりつく答えを決める」やり方とも言えます。いずれにせよ「何の話」かをはっきりと絞り込むときの助けになるかもしれません。
「スタンス」の取り方・決め方はもうひとつあります。それは主人公のスタンスです。例えば主人公が「恋に前向き」か「恋に興味すらない」かでは、描くことは大きく変わりますよね。「たくさんの人とコミュニケーションの取れる子」がいい主人公でしょうか? それとも「ひとりの人と深く付き合える子」がいい主人公でしょうか? それもスタンスであり、描くことを絞る指標になります。主人公のスタンスというのは、案外作者のスタンスとも等価だったりしますが、とにかくスタンスを決めてみると描くべき方向性が定まってきます。 「何を描く」か決めようとするとき、一番難しいのは「何でもいい」という状態やお題です。 ですから、自分の「好き」を具体化したり、「スタンス」を決めたりして、できるだけ描くことを絞り込んでみる。僕はよくガイドライン(補助線)という言葉を使うのですが、ガイドラインを引くことで、描くことを決めやすくする。つまり意思決定をしやすくする。それがおすすめです。
最後に「好き」を前提にすると「同じテーマを繰り返しちゃうんじゃないか?」と疑問をもつ人もいるかもしれませんね。もちろん描き甲斐があると思うテーマなら何度も繰り返し描いていいと思います。ただ、「同じ話」に見えてしまったらすぐにあきられてしまいます。同じ話にならないようにするには、前章で書いたように人を変えるか、スタンスを変えるといいです。
ちなみに、僕は人生で一度だけマンガを描こうとしたことがあります。小学5年生のときだったと記憶していますが、友達と「マンガ家っていいよね」と盛り上がり、お互いに描いたものを見せ合おうという約束になったからです。僕はそのときすごい野球少年だったので、野球マンガを描こうと思ったのですが、何をどう描いていいかまったくわからずいきなり試合から描き始めてしまい、30ページ描いてもまだ1回の表の途中(試合の超序盤)までしか進まず途方に暮れてしまいました。でも今ならもう少し「何を描けばいいか」わかります。
この章で書いたことに沿って説明すると、まず野球で特に好きなのは「固唾を呑む瞬間」です。絶体絶命のピンチだったり、大逆転のチャンスだったり、勝利まであと一球だったり、全員が我を忘れて入り込んでしまう瞬間。固唾を呑む瞬間には関わった人たちの人生を変えるパワーがあると思うからです。その瞬間を誰のどんなスタンスで描くか。ピッチャーなのかキャッチャーなのかバッターなのか、ほかのメンバー、審判、監督やコーチ、マネージャー、応援団。主人公にできる人はたくさんいますが、誰を選んでどう関わらせるかでスタンスが決まります。そして固唾を呑む瞬間を経て何を手にするのか。勝利なのか敗北なのか感動なのか後悔なのか。何を手にするのがよいことか。それはなぜか。そうやっていろいろ書き出してみると「固唾を呑む瞬間」というテーマだけでいくつも話が描けそうな気がしてくるはずです。
「自分のやりたいテーマ」に何か違うバリエーションがほしいと漠然と考え続けていても前に進めないので、このように補助線を引いて、まずはいくつも候補や方向性を書き出してみる。そうすると考えるのが楽になり、面白くなってくると思います。
《まとめ》
まずは、自分の「好き」を絞り込んで「描くべきこと」を見つけよう。その後「スタンス」を決めて、「描くべきこと」を具体的にしていけば、ガイドラインができあがります。
本書の推薦コメントをいただきました!
「これは手元にあると心強い…!マンガを描く人の味方になってくれる本です。実際私も今悩んでいた事が解決できました。鈴木さんが担当時代に語ってくれたマンガ話がとても貴重で勉強になったのですが、それがこの本に凝縮されています。オススメです!」
あなしんさん
「マンガ制作の本は絵やコマ割りを学ぶものが多く、話作りやその他の悩みに答えてくれるものは少ないと思います。マンガ制作にとても大切な多角度から見れる目が増えると思います。世の中にステキなマンガが増えたら嬉しいです。」
森下suuさん
「『うんうん!』と大きく頷き同意する部分や、『なるほど、こういう風な視点で物語を作るサポートをしているんだな』という発見が詰まっています。読めばきっと一段階レベルアップしたマンガが描ける、そんな本だと思います!」
やまもり三香さん
「すべての創作活動をする人に読んでほしい。マンガを描く悩みに真摯に応えてくれる本です。デビュー前の方から歴戦のプロの先生まで、編集しーげるさんの極意がここにあります!」
ろびこさん
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