ためし読み

『「好き」を育てるマンガ術 少女マンガ編集者が答える「伝わる」作品の描き方』

問45 ウェブやアプリ掲載の場合、気をつけたほうがいいことはありますか?

ウェブやアプリのマンガ媒体がこの数年いちじるしく増えてきましたね。マンガ家さんにとっては発表する場所が増え、喜ばしいことだとは思いますが、紙媒体で描くのと何がどう違うのでしょうか。

まず大きいのが、ほとんどの人がスマートフォンで読むため、小さな画面で読まれることを想定しておかないといけないことです。スマートフォンで読むことに最適化させ、最近は1ページに多くても3コマ、セリフもできるだけ短くというフォーマットが固まってきています。これはウェブやアプリに特化した話ではなく、巻数が増えてから電子単行本で読むという人が増えていますので、なるべく大ゴマを多めに、セリフは短めにというのは、紙媒体のマンガであっても同じ傾向にあると思います。

それから、特にWebtoon形式(フルカラー、縦スクロール形式)のものがそうですけれども、電子媒体で読む場合、前のページに戻って確認するということが構造上難しいので、伏線を回収するまでをなるべく短めにしていく傾向があるようです。紙の媒体は物理的な厚さでだいたいこのあたりだったはずと戻りたいページに見当をつけやすいのですが、物理的な厚さのない電子だとページの感覚がわかりにくく、Webtoonに至っては下にスクロールしていく圧が強く、上に戻るのはかなりストレスだからです。同じ理由で、できるだけ内容やセリフをわかりやすくしてほしいといった要望もあるようです。とにかく前に戻らないといけない理由を減らしたいという意向です。

また、電子媒体というのは非常に便利なものではありますが、ゆえに、読者の集中力を維持するのがとても難しい媒体です。例えばマンガを読んでいる途中にSNSやアプリなどからさまざまな通知がきたりするし、あきたらすぐにほかのものを見にいけてしまうからです。そのためか、電子媒体では紙の媒体に比べて、頻繁に見せ場を入れることを求められるようです。

コマは少なく、セリフもできるだけ短く、でも見せ場は頻繁に入れないといけないということで、エピソードを端的に表現する能力は紙媒体よりも格段に強く求められるため、ネームを作る難易度はかなり高いかもしれません。

それから引きの強さも強く求められるようです。これは電子の場合、離脱せずに課金してもらうことが非常に重要だからです。「先が気になって仕方ないので早く読みたい」と思わせることができ、先読みをさせられるほど課金額が高くなるからです(電子媒体の場合、冒頭何話かが無料だったり、更新を待っていれば無料話数が増えたりするので、早く先の話数を読んでもらわないと課金額が増えません)。電子媒体はどこで離脱されてしまったのかも数字で可視化できるため、その数字をもとに見せ場や引きを強くという要求をされることも多いようです。

マンガの構造や条件に関しての違いをいくつか挙げてみましたが、それ以外にも違いがあります。それは作品の見つけやすさです。

リアル書店では、置かれる本の数に限りはありますが、書店の面積が大きければ平積みや面陳(表紙が見えるように棚に置かれる陳列)になる本が多くなり、読者に見つけてもらいやすいように置かれる作品数も増えます。一方で電子書店やアプリは、作品は無限に近く置くことができますが、端末のディスプレイの大きさを変えることはできないので、一番目立つ最初の画面に表示される作品の数は変わりません。ずーっとスクロールし続けてくれるユーザーはそれほど多くありませんので、たくさんの競合作品と目立つ場所を奪い合うことになります。

それゆえに、できるだけわかりやすく印象が強い絵とタイトルを求められることになります。また、作品紹介のページにわざわざ遷移してくれる人も限られるので、タイトルを見ただけでどんな話かわかるように、タイトルをあらすじにしてしまう作品が多いというのも最近の傾向です。

さらにお客さんの違いもあります。電子媒体のよさは、手軽に持ち運べていつでもどこでも読めることですが、もうひとつ、捨てる手間がかからないということもあります。ですが、マンガが本当に好きという人は、装丁も含めてマンガだと考えており、部屋に並べてときには手に取って眺めたい、質感も感じたいという人も多いです。ですので相対的に、紙媒体には熱心なマンガ好きの人が多く、電子媒体にはわりとライトな読者が多いという傾向があります。当然そのことによって読まれやすいマンガにも違いが出てきます。

以上いろいろな違いを並べてみましたが、いかがでしょうか。電子媒体の市場は近年どんどん拡大していて、それはつまり、ユーザーもどんどん増えているということです。新しい媒体ですので難しく感じるかもしれませんが、たくさんの人に読んでもらうチャンスでもあります。また、さまざまな新しい技術が投入されやすく、表現の方法もまだまだ開発の余地があるので、新しい表現に挑戦したい人にとってはとてもやり甲斐があると思います。興味がある方はぜひひるむことなくチャレンジしてみてください。

途中でも触れましたが、電子媒体はかなりのことを数字で可視化できるのも特徴です。それゆえに、各媒体、さまざまな情報をもっていると思いますので、描く場合は紙媒体以上に、詳しく媒体の特徴やユーザーの傾向、求められることについて聞いてみることをおすすめします。

《まとめ》
コマは少なく、セリフも短く、でも見せ場は頻繁に入れないといけない場合が少なくありません。ネーム作りの難易度は高いかもしれませんが、新しい可能性に満ちています。

本書の推薦コメントをいただきました!

これは手元にあると心強い…!マンガを描く人の味方になってくれる本です。実際私も今悩んでいた事が解決できました。鈴木さんが担当時代に語ってくれたマンガ話がとても貴重で勉強になったのですが、それがこの本に凝縮されています。オススメです!
あなしんさん

「マンガ制作の本は絵やコマ割りを学ぶものが多く、話作りやその他の悩みに答えてくれるものは少ないと思います。マンガ制作にとても大切な多角度から見れる目が増えると思います。世の中にステキなマンガが増えたら嬉しいです。」
森下suuさん

「『うんうん!』と大きく頷き同意する部分や、『なるほど、こういう風な視点で物語を作るサポートをしているんだな』という発見が詰まっています。読めばきっと一段階レベルアップしたマンガが描ける、そんな本だと思います!
やまもり三香さん

すべての創作活動をする人に読んでほしい。マンガを描く悩みに真摯に応えてくれる本です。デビュー前の方から歴戦のプロの先生まで、編集しーげるさんの極意がここにあります!
ろびこさん

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「好き」を育てるマンガ術

少女マンガ編集者が答える「伝わる」作品の描き方

鈴木重毅=著
発売日 : 2023年9月26日
2,000円+税
四六判・並製 | 360頁 | 978-4-8459-2122-5
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