ためし読み

『WindowScape 窓のふるまい学』

なぜふるまいなのか

20世紀という大量生産の時代は、製品の歩留りを減らすために、設計条件を標準化し、製品の目標にとって邪魔なものは徹底して排除する論理をもっていた。しかし製品にとっては邪魔なものの中にも、人間が世界を感じ取るためには不可欠なものが多く含まれている。特に建築の部位の中でも最も工業製品化が進んだ窓のまわりには、最も多様なふるまいをもった要素が集中する。窓は本来、壁などによるエンクロージャー(囲い)に部分的な開きをつくり、内と外の交通を図るディスクロージャーとしての働きがある。しかし生産の論理の中で窓が一つの部品として認識されると、窓はそれ自体の輪郭のなかに再び閉じ込められてしまうことになる。本来、囲いを破っていく窓が、要素という概念の囲いに押し込められてしまうのである。それに対し、ふるまいから窓を捉えることは、窓を通して入ってくる光や風、そこにたまる熱、その熱に寄り添 い外を眺める人、街路を歩く人、庭に広がる緑、といった窓に隣接する物事へと目を向けさせ、それらとの関係の中に窓を位置づけることになる。そこに集められたさまざまなふるまいが及ぶ範囲が窓であるという拡張された認識なしには、窓の経験に備わった豊かさは捉えられないし、窓の創造も決してないであろう。窓を様々な要素のふるまいの生態系の中心に据えることによって、 モノとして閉じようとする生産の論理から、隣り合うことに価値を見出す経験の論理へと空間の論理をシフl卜させ、近代建築の原理の中では低く見積もられてきた窓の価値を再発見することが出来るのではないだろうか。

世界各地の窓

本書は、世界各地の窓を、実測や聞き取りなどのフィールドワークを通して記録し、それぞれの窓に集められたふるまいを観察するものである。窓のまわりには、光、風、水、熱などの自然の摂理に従った独自のふるまいがあり、日だまりや風通しの良い場所に居つき、そこに寄り添って窓の開閉を調整する人間のふるまいがある。また、複数の窓が通りに沿って建物群の壁面を反復することで、ひとつの窓では実現できない複雑なリズムやパターンを都市空間につくりだす窓自体のふるまいがある。どの窓にもこうしたふるまいは多かれ少なかれ含まれているのだが、その中の特定のふるまいを強めたり弱めたりすることによって、窓の特徴を意識的に構成することができるのである。こうした特徴は、世界の窓の比較を通して帰納的に導かれたものであるが、創作の場面において演繹的に用いられることで、窓を中心とした有機的な事物の関係についての想像を広げ、新たな窓を生むコンセプトにもなりうるはずである。

実践的で詩的な

窓はその場所の気候風土や社会的、宗教的規範や建物の用途から求められることに対してきわめて実践的に応答しながら、同時にそこに集められ、調整された要素のふるまいを通して、自分ではない別の存在の摂理や道理にしたがって世界に触れる想像力を与えてくれる。その想像力の中で我々は自分自身の境界を超えて世界と一体化するような詩的な体験に浴することができるのである。このように実践的でありながら同時に詩的な想像力をもたらしてくれるところに、窓の時を超えた本質がある。

窓のコーストライン

研究を開始した初年度は、寒冷地や砂漠など極端に気候風土が違う地域から、 窓のサンプルを集める方針で調査地の選定にあたったが、ある程度の調査を経験した途中から、むしろ少しずつ地域を移動しながら見て行く方が、窓の類似性と差異の両方を把握しやすいことがわかってきた。また、近代以前の伝統的な窓が近現代の建築家によってどのように翻案されているかということにも興味があったので、新旧双方の窓が採集できるという条件を調査地の選定に加えると、交通の要所や湾岸など、水辺に近く温暖な地域が、豊かな窓の表現を観察出来る地域として浮かび上がってきた。 そこは地球上で最も人口が集中し、都市化した地域であり、建物の内と外の関係を調整する窓に社会性が色濃く投影され、文化的な奥行きが与えられているように思われた。おそらくシルクロードや、大航海時代の貿易をきっかけに、窓はそれぞれの地域の特徴を拾い上げて、互いにその「知性」を交流させながら少しずつ変化していったのではないだろうか。こうした豊かな窓の文化の連なるヨーロッバから日本まで続くユーラシア大陸の南側の海岸線を「窓のコーストライン」と呼び、人類史上最も窓が多様に開発されたのではないかという仮説を立て、これをもとに研究室のメンバーはその道筋を踏破する調査旅行へと、手分けして出かけて行った。 気がついてみれば我々はたいへん意味のある世界一周のしかたを見つけていたのである。


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WindowScape

窓のふるまい学

東京工業大学 塚本由晴研究室=編
塚本由晴/能作文徳/金野千恵=著
発売日 : 2010年10月25日
3,500円+税
A5判・並製 | 352頁 | 978-4-8459-1058-8
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