ためし読み

『エコゾフィック・アート  自然・精神・社会をつなぐアート論』

はじめに

快晴の冬の朝。まばゆい太陽の光と温かさを浴びながら生きていると実感する、いや生かされていることに感謝する。何気ない一瞬も、さまざまな条件がないと成立しない。遡れば宇宙が生成し地球ができ、四十六億年の時間の中で生命が育まれ、ホモ・サピエンスが生まれ、技術を発達させ、文明そして文化が形成されてきた。たまたま生まれ育ち、そのような蓄積の上に生かされていること。太陽のエネルギーから元気をもらい、この原稿のように言葉に表すことさえ、それを可能にする数えきれない環境・歴史・科学・技術・人文的な裏付けがあるからこそ可能になっている。有難い、という気持ちは人間ならではのものであり、「生かされている」ことに感謝すること、それはさまざまな事象を享受し感応しながら、おのずと湧き出るエネルギーを発する能動性へとつながっていく。エネルギーは、循環し続ける。

私は世界を、さまざまな情報のフロー(流れ)、絡まり合い、循環するもの─そこには自身も含まれる─として捉えている。たとえば空気、水をはじめとする生態系、人間を含む動植物、土や石そして地層、言語、そしてデジタルデータなどである。つまり何かを見るとき、「モノ」や「かたち」ではなく、ミクロ・マクロの時間や空間における循環にある現在の「状態」として見るまなざしである。いわゆる「表象」ではなく、変容の「プロセス」として世界を見ている。そしてそれを捉える自分自身も、常に変容するものとして。

そのような世界観へシフトしたのは、1990年代、メディアアートの黎明期にキュレーションに関わったときだった。当時登場したインタラクティブな作品は、デジタルであれ、体験者の動きや生体データであれ、情報として流れて伝達していくことで、リアルタイムな映像や音を含め空間が変容していくものだった。それが体験者にフィードバックされ、新たな動きや反応を生み出していく。そして実感した。メディアアートの重要な側面のひとつに、体験者が日常に戻ったときに、世界に存在するあらゆるものがインタラクティブにつながっていることを気づかせてくれる力があるのだと!

私たちはそれぞれが、生体・言語・社会・環境的な情報を入出力する情報のノード(結節点)であり、常にダイナミックに動いている。呼吸するだけでも、視線や指を微かに動かすだけでも、自身も世界も変化する。さまざまな情報が影響し合う世界は、今ここだけではない。空間そして時間的につながり影響を及ぼしていく。今ここでの世界の受容と行動が、未来へつながっていく。もちろん現在も、過去に起きたことの派生としてある。時間や空間はつながっており、人類が生まれる前、地球ひいては宇宙が生まれた時点から連綿として今がある。「世界」とは、今ここにあるだけではなく、むしろ過去や未来を含め、時間や空間でつながった総体として存在している。

また人間は、二重の存在である。宇宙の生成以降、とある時期に生まれ出た「自然の一部」でありながら、自然を対象化できるという、現時点においては生命体の中で唯一の存在である。近代以降、人間は科学・技術を駆使して後者、つまり自然の対象化に邁進してきた。それは自然だけでなく、人間さえも「モノ」として対象化し、支配する状況を生み出した。二一世紀に入り、地球規模の経済格差、環境汚染や気候変動の深刻化とともに、2020年には新型コロナウイルス感染症が猛威をふるい、ポストパンデミックの世界へと突入した。これらのことは、人間が行ってきたことや人間中心主義的な世界観に疑問を投げかけている。

「人間の対象化」は、しかし同時に人間が自身を世界とつながり生かされている存在として省察し、発見する可能性ともいえる。人類は何をしてきたのか。今生かされている人間が総体として、そして私たちそれぞれが何をしているのか、また何をしうるのか? 過去に生きた人々、未来に生まれる人々、あるいは過去や未来の動植物、生態系に対しては、物理的・直接的な行動はできないが、時間・空間を含め、すべては情報フローとしてつながっている。今生かされている私たちが、そのことに向き合い生きていくことで、健やかな世界へふみ出せればと思う。

コロナ禍において私は、1980年代初頭に私がアートの世界に入るきっかけとなったドイツのアーティスト、ヨーゼフ・ボイス(1921~86年)が提唱した「社会彫刻※1」や「人は誰もが芸術家である」という言葉の根底にある「変容(トランスフォーメーション)」という概念に再び向き合った。ボイスは「変容」を、とりわけ熱エネルギーの流動により生起するものとしているが、それが、私自身がメディアアートのキュレーションの中で培ってきた「情報フロー」という言葉とつながっていたことをあらためて認識することになった。そしてそのような認識の中から私は、これからの生涯を通して取り組むテーマとして「人間と非人間のためのエコゾフィーと平和」─人間だけでなく、人間以外の存在、動植物、鉱物や水や気象をはじめ世界に存在するさまざまなものや現象に加え、デジタル上の存在までを包含する「エコゾフィー※2」と平和─を設定した。アートから世界を見ること、世界を新たに発見すること。情報フローのただ中で、感受し動き続けること……。アートとともに生きる日常が訪れ、そして分野を超えてその土壌にアート的なものの見方や感受性が浸透していくことをめざして。

コロナ禍以降、この「生涯テーマ」を胸に発表してきた原稿に、いくつかの書き下ろしを加えたこの本が、新たな情報フローを生み出しますように。

※1 社会彫刻の「彫刻」は、ドイツ語でPlastikであり、可塑的なもの、変容に開かれたものを意味する。
※2 エコゾフィーは、エコロジーとフィロソフィーの合成語。フランスの精神分析家フェリックス・ガタリ(1932~92年)が『三つのエコロジー』(1989年)で提唱した自然、精神、社会におけるエコロジー。詳細は第1章へ。

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本書にも一部収録している『HILLS LIFE DAILY』での連載「エコゾフィック・フューチャー」は好評継続中!
https://hillslife.jp/series/ecosophic-future/the-future-of-ainu/

エコゾフィック・アート

自然・精神・社会をつなぐアート論

四方幸子=著
発売日 : 2023年4月26日
3,000+税
四六判・並製 | 360頁 | 978-4-8459-2140-9
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