ためし読み

『オーバー・ザ・シネマ 映画「超」討議』

映画(経験)とは何か? 映画の面白さとは何か?
複数のクライテリアが入り乱れる映画史を再考し、映画理論の拡張を従来とは別の仕方で検討。旧来の映画の見方を超えていく可能性を示すための、「超」映画の見方・ナビゲーション『オーバー・ザ・シネマ 映画「超」討議』が遂に刊行されました。

現代ハリウッド大作から、古典、80年代映画、アニメーション、実験映像まで、さまざまな具体的な作品を縦横無尽に議論し、映像を現在的に読み解く手がかりを提示し、映画とは何か、映画を見るとは何か、映画について語るとは何か、を問い直す大胆不敵な画期的討議です。
今回の「ためし読み」では、石岡良治さんによる「まえがき」全文を公開いたします。

まえがき

石岡良治

『オーバー・ザ・シネマ 映画「超」討議』という本書のタイトルは、第三章で主題的に扱われているシルヴェスター・スタローン主演のアームレスリング映画『オーバー・ザ・トップ』(87)を暗示している。ハリウッドアクション映画史においてささやかな小品として記憶されているこのタイトルを、「映画を超える」という、もしかしたら尊大に響くかもしれないモチーフへと「転用」している本書は、冪(べき)乗化されたマチズモの暑苦しさのようなものを示唆するリスクを予め負っているだろう。けれどもサミー・ヘイガーによる映画のテーマ曲「Winner Takes It All」を、30年以上の時を隔てて映像とともに聴取する経験は、思いのほか軽快なものである。それは「勝者総取り」の過酷な掟が、アームレスリングすなわち「腕相撲」という無償の競技に捧げられていることと無縁ではない。

映画は19世紀のテクノロジーに基盤をもつ産業的な「発明」でありつつも、「20世紀を代表する芸術媒体」といってよい特異な存在となり、かつ「フィルム」という物質的条件を超えて今世紀まで生き延びてきた。私は映画のそうした融通無碍な性質に惹かれるが、そもそも「作品経験」のようなものをビデオゲームから学んだがゆえに、映画経験を映画のうちで完結させるような受容の重要性を知りつつも、そうした視聴経験には今なおどこか馴染めないままでいる。たとえば『トップガン』(86)や『オーバー・ザ・トップ』などの映画も、たしかにリアルタイムで見ていたはずなのだが、そうした作品群の経験を想起するときには、映像の記憶が「映画の傍ら」の方へと横滑りしていってしまう。具体的には、「80年代ハリウッドアクション」の質(クオリティ)を、同時代のアーケードゲームや家庭用ゲーム機の乏しいスペックでどうにか再現しようとしていたゲームメーカーの模索が想起されてしまうのだ。たとえば映画『ランボー/怒りの脱出』(85)はSNKのゲーム『怒(IKARI)(86)に紐付けられ、映画『トップガン』はセガの『アフターバーナーⅡ』(87)に、といった有様だ。

映画研究・映画批評の気鋭であり、そのものずばり『映画とは何か』(筑摩選書、2014年)という著書もある三浦哲哉さんをはじめとした、本書の著者の方々との討議は、私にとって「映画(経験)とは何か」を改めて問い直す貴重な機会となった。討議の具体的な経緯についてはあとがきで三浦哲哉さんが書いている通りである。入江哲朗さん、土居伸彰さん、平倉圭さん、畠山宗明さん、彼らそれぞれの映画についての知見をめぐって、かねてからじっくりと話をしたいと考えていたので、先に挙げたようなタイプの「連想の横滑り」を能う限り抑制しつつ、私も私なりに映画評価の基準を示してみたつもりだ。

本書のワーキングタイトルは「映画論を拡張する」であり、従来の映画論の最良の成果をふまえつつも、基準のドグマ化を拒み、広大な映像文化のごくわずかな部分を占める実践として「映画(シネマ)」をいちど突き放してみせることが目指されていた。私自身、映画愛好(シネフィリー)と映画忌避(シネフォビア)、あるいは映画愛好者(シネフィル)への好悪印象が相半ばするところがあるわけだが、このことはやはり、映画という特殊な実践の潜勢力(ポテンシャル)を物語るのだろう。

結果として、本書は映画に向かうさいの様々なスタンスを吟味する闘技場(コロシウム)のごときものとなった。「超」討議という語のうちに「闘技」の響きを聴き取ることは、単なる地口以上に、本書のスタンスを明らかにするだろう。各自の立脚点や見解の齟齬は明らかであり、討議以前からの知り合いであるがゆえに可能なタイプの踏み込みや意見のぶつかり合いも収録ではままみられた。編集過程で齟齬を無理に均すようなことは行なわれておらず、この討議=闘技に「勝者(ウィナー)」も「敗者(ルーザー)」も存在しないが、本書の「プレイヤー」たちの発言に、『オーバー・ザ・トップ』のような真剣かつ軽快な遊戯性を見いだしていただけるならば、この上なく嬉しい限りである。

(このつづきは、本編でお楽しみ下さい)
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オーバー・ザ・シネマ

映画「超」討議

石岡良治/三浦哲哉=編著
平倉圭、土居伸彰、入江哲朗、畠山宗明=著
発売日 : 2018年3月24日
2,500+税
A5判・並製 | 416頁 | 978-4-8459-1587-3
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