ためし読み

『作家の旅 ライターズ・ジャーニー 神話の法則で読み解く物語の構造』

はじめに 旅の準備

はじめに 旅の準備「これは私が聖なるミューズに語ってほしいと祈る物語だ。
始めてください、女神よ、どこからでもかまいません」
―― ホメロス『オデュッセイア』

私は読者の皆さんを〈作家の旅ライターズ・ジャーニー〉にお誘いしたい。神話と現代的なストーリーテリングのあいだのとらえどころのない領域を探求し、地図を作るための発見の使命をおびた旅だ。私たちを導くのはひとつの単純な観念である。すべての物語はいくつかの共通の構造的要素からできており、これらは、神話、おとぎ話、夢、映画などに普遍的に見いだされる。これらはまとめて〈英雄の旅ヒーローズ・ジャーニー〉と呼ばれている。こうした要素や、現代的なライティングにおける使用法を理解することが、私たちの探求の目的だ。賢く使えば、この古くからのストーリーテリングのツールは、人々を癒やしたり、世界をよりよい場所に変える、途方もない力を持ちつづける。

私自身の〈ライターズ・ジャーニー〉は、ストーリーテリングがいつもわたしにもたらす奇妙な力によって始まった。母や祖母に読んでもらったおとぎ話や、リトル・ゴールデン・ブックス〔訳注:米国の児童書シリーズ〕は私をとりこにした。1950年代は、テレビからあふれるアニメーションや映画、ドライブイン・シアターのスリリングな冒険映画、けばけばしいコミックブック、想像力を広げる当時のサイエンス・フィクションなどを貪り尽くした。足首のねんざで動けないでいるときには、父が地元の図書館で北欧神話やケルト神話の本を借りてきてくれ、おかげで痛みを忘れることができた。

ストーリー・アナリストとしてハリウッドの映画会社のためのリーディングで生計を立てられるようになったのも、物語の導きのおかげだ。何千もの小説や脚本を評価してきたが、びっくりするほど何度もくり返されるパターン、気が遠くなるほどの無数のバリエーション、不可解な謎を提示してくる物語の迷宮の探索に、飽きることはまるでなかった。

物語はどこからやってくるのか? どう機能するのか? 人間について何を伝えているのか? 何を意味するのか? 人にはなぜ物語が必要なのか? どうすれば物語を使って世の中をよりよくできるのか?

何より、ストーリーテラーはどうしたら意味のある物語を生みだせるのか? 優れた物語は、満足のいく完璧な体験をしたような気にさせてくれる。泣いたり、笑ったり、ときには両方を味わえる。物語が終わると、人生や自分自身について学んだような気持ちになれる。自分の人生の手本となるような、新しい意識、新しい性質や態度を手に入れられることもある。どうしたらそんな物語を語れるのか? 古くからあるこの手仕事に、コツはあるのだろうか? 決まりごとや設計原理はあるのだろうか?

何年もたつにつれ、私は冒険譚や神話にある共通の要素、興味深いほどなじみのある登場人物や小道具や場所や状況があることに気づき始めた。物語の筋書を導くパターンやテンプレートのようなものがあると、漠然と意識するようになった。パズルのピースはいくつか手にしたものの、それでも全体像まではつかみきれなかった。

その後私は幸運にも、USC(南カリフォルニア大学)の映画学部で、神話学者ジョーゼフ・キャンベルの研究と出会った。キャンベルとの出会いは、私や数多くの人々にとって、人生を変えるような体験だった。キャンベルの著書『千の顔をもつ英雄』の迷宮を探索した何日かの時間で、私の人生や考えかたに電撃的な再編が生じた。徹底的な探求で、これぞ私が感じてきたパターンだと確信した。キャンベルは、物語の秘密の暗号を解読したのだ。キャンベルの研究は、暗い風景を突然に照らした光のようなものだった。

私はキャンベルの〈ヒーローズ・ジャーニー〉のアイデアを用いて、『スター・ウォーズ』や『未知との遭遇』などの映画が著しいリピーターを獲得している理由を理解してみようとした。観客は、ある種の宗教的体験を求めるかのように、こうした映画をくり返し観る。これらの映画は、キャンベルが神話のなかで見つけた、あまねく人を満足させるパターンを反映しているからこそ、特別な方法で人を惹きつけているような気がした。これらの作品には、人が必要とする何かがあるのだ。

『千の顔をもつ英雄』は、大手映画会社のストーリー・アナリストとして働き始めた私の救世主となった。キャンベルの著作は、初期の私の仕事において、ストーリーの問題点を突きとめ、解決策を提示するための頼れるツールとなってくれたし、それには大いに感謝している。キャンベルと神話学の導きがなければ、私は失敗していたかもしれない。

〈ヒーローズ・ジャーニー〉は、物語のエキサイティングで有益なテクノロジーであり、映画製作者や映画会社の幹部の当てずっぽうな議論や、映画化用の物語を育てるコストを減らすことにも使える。何年かたつうちに、ジョーゼフ・キャンベルとの出会いに影響を受けたという人間にも何度か出会った。われわれはまるで、「神話の力」に同じ信仰を抱く、秘密結社の信者のようだった。

ウォルト・ディズニー・カンパニーのストーリー・アナリストを務めるようになって間もなく、私は七ページにわたる「『千の顔をもつ英雄』実践ガイド」という覚書を書き、〈ヒーローズ・ジャーニー〉のアイデアについて、古典的な映画や現代映画の事例による説明を試みた。私はこの覚書を、友人や同僚、それに何人かのディズニー社の幹部に見せ、フィードバックを受けて検証し磨いていった。「実践ガイド」は少しずつ発展し、もっと長い小論となり、やがて私はこれを、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の公開講座のライターズ・プログラムで、ストーリー分析クラスの教材として使うようになった。

全米各地のライターが集まるカンファレンスの場でも、脚本家、ロマンス小説家、児童文学者などのさまざまなストーリーテラー向けのセミナーで、私はこのアイデアを検証した。神話、物語、心理学が絡み合う道筋を探求する人々は、ほかにもたくさんいることがわかった。

〈ヒーローズ・ジャーニー〉は、神話に隠されたパターンの説明にとどまるものではない。これは人生、とりわけライターの人生の有益な指針だ。私自身の執筆活動という危険な冒険のなかでも、〈ヒーローズ・ジャーニー〉のステージは、本、神話、映画のなかと同じように頼れる有益なものとして現れてきた。私生活のなかでも私の冒険を導き、次の曲がり角を曲がれば何があるかの予測を助けてくれるこの地図には、本当に感謝している。

〈ヒーローズ・ジャーニー〉の人生ガイドとしての有能さは、私がUCLAの大きなセミナーで、初めて公に〈ヒーローズ・ジャーニー〉の話をする準備をしていたときにも思い知らされた。セミナーの二週間ほど前、『ロサンゼルス・ヘラルド・エグザミナー』紙に、ジョージ・ルーカスと彼のプロデュース映画『ウィロー』(現在ディズニープラスのテレビシリーズが制作中)が、評論家にこきおろされる記事が載った。その評論家はどこからか「実践ガイド」を手に入れ、それがハリウッドのストーリーテラーたちにひどい悪影響を与えていると主張していた。『イシュタール』や『ハワード・ザ・ダック』、さらに大ヒット作の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで、あらゆる失敗作はあの「実践ガイド」のせいだと言い張った。この評論家によれば、なまけ者で教養のない映画会社のお偉方は、すぐ金になるマニュアル欲しさに、万能薬としての「実践ガイド」を手に入れてライターたちにせっせとのみ込ませ、そのせいでライターの創造性は、お偉方がよく理解してもいないテクノロジーによって窒息させられてしまったというのだ。

自分がハリウッドでそこまで広い影響力を持っていると思われることに悪い気はしないが、それでも私は打ちのめされた。このアイデアに取り組むための新しいステージの入口で、私は始める前から撃ち落とされた。少なくともそう感じた。

長年こうした論争に慣れている友人たちからは、こう指摘された。こうして挑まれているのも、私はただ単に、〈ヒーローズ・ジャーニー〉の背景にいるなじみ深い登場人物、すなわち〈アーキタイプ〉のひとつである〈戸口の番人〉に出会っただけなのだと。

おかげで私はすぐに自分の置かれた立場を把握し、この状況をどう切りぬけるかを決めることができた。キャンベルによれば、「英雄はしばしば、なじみがないのに奇妙なほどなれなれしい、ときにはひどく威嚇してくる」相手に出会う。〈番人〉は、旅のさまざまな〈戸口〉や、人生のステージから次のステージに続く狭くて危険な通路に現れる。キャンベルは、〈戸口の番人〉を〈英雄〉がどう扱うか、さまざまな事例を示している。旅人である〈英雄〉は、敵対勢力に真っ向から攻撃するのではなく、相手を出しぬいたり、相手と力を合わせたりして、相手方のエネルギーに倒されることを避け、そのエネルギーを吸収することを学ぶ。

一見すると攻撃に見える〈戸口の番人〉の仕打ちは、災いではなく天恵だと私は気づいた。この評論家に決闘でも申し込もうかと考えていたが(ノートパソコンで)、考えなおすことにした。態度をちょっと変えるだけでも、相手の敵意を私に役立つものに変えることができる。私はその評論家に連絡を取り、セミナーでわれわれの意見の相違を議論しないかと持ちかけた。相手はこれを受けてパネルディスカッションに参加し、われわれは活発で楽しいディベートをくり広げた。私もそれまで気づかずにいた、物語世界のすみずみを照らすようなディベートにすることができた。セミナーはより充実し、私の見解もさらに強固で検証に耐えうるものとなった。私は〈戸口の番人〉と戦うかわりに、〈番人〉を私の冒険に引き込むことに成功したのだ。致命的と見えた一撃を、有益で健全なものに変えることができた。神話学的アプローチは、物語だけでなく、人生においても価値があるということを証明できたのだ。

「実践ガイド」とキャンベルのアイデアが、本当にハリウッドに影響を与えていることに気づいたのもこのころだ。映画会社のストーリー部門から、「実践ガイド」が欲しいという連絡がよく来るようになった。ほかの映画会社の幹部が、普遍的で商業的なストーリーのパターンを作るガイドをパンフレットにして、脚本家や監督やプロデューサーに配っているという話も聞いた。どうやらハリウッドは、〈ヒーローズ・ジャーニー〉が役に立つことに気づきだしたようだった。

一方、ジョーゼフ・キャンベルのアイデアは、PBSで放送されるビル・モイヤーズのインタビュー番組、『神話の力』で大きな反響を呼んだ。この番組は、視聴者の心にじかに訴え、年齢層や政治・宗教思想を超えたヒットとなった。このインタビューの書籍版は、一年以上も『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラーリストをにぎわせた。40年にもわたりゆっくりと着実に売れていたキャンベルの偉大なるおなじみの教科書、『千の顔をもつ英雄』も、突然に話題のベストセラーとなった。

PBSの番組は、何百万人の人々にキャンベルのアイデアを紹介し、ジョージ・ルーカス、ジョン・ブアマン、スティーブン・スピルバーグ、ジョージ・ミラーなどの映画制作者に与えた影響を明らかにした。突然、キャンベルのアイデアがハリウッドで急激に認識され、受け入れられたことが私にもわかった。このコンセプトに精通した映画会社の幹部や脚本家が増え、みんながそれを映画制作や脚本術にどう適用すべきか関心を寄せるようになった。

〈ヒーローズ・ジャーニー〉のモデルは、引きつづき私の役に立っていた。私は数社の映画会社の依頼を受け、一万作以上の脚本を読んで評価した。このモデルは、自分の執筆の旅に使う地図帳のようなものだ。『リトル・マーメイド』や『美女と野獣』が制作段階にあった時期、ディズニー社でのストーリー・コンサルタントという私の新しい役割において、ガイドとなってくれたのもこのモデルだ。おとぎ話、神話、SF、コミック、歴史冒険ものなどをベースにした物語を、リサーチし発展させるうえで、キャンベルのアイデアは途方もなく価値のあるものだった。

ジョーゼフ・キャンベルは1987年に亡くなった。キャンベルとはセミナーで二、三度、短時間だが会うことができた。80代になっても人目を惹く人物で、背が高く、元気いっぱいで、雄弁で、愉快で、エネルギーと情熱にあふれ、本当にチャーミングな人だった。亡くなる少し前、キャンベルは私にこう言った。「このテーマを追いつづけなさい。とても長い道のりになるよ」

最近になって私は、「実践ガイド」がしばらくのあいだ、ディズニー社の映画制作幹部の必読資料となっていたことを知った。ガイドが欲しいという日常的な要請に加え、小説家や脚本家、プロデューサーやライターや役者からの無数の手紙や電話は、〈ヒーローズ・ジャーニー〉のアイデアがこれまで以上に活用され発展していることの証しだった。

そんなわけで私は、「実践ガイド」からの派生物として、本書を執筆することにした。本書は、少し易経を手本とした形式になっていて、序文としての概略説明のあと、〈ヒーローズ・ジャーニー〉の典型的なステージの注釈へと続く。第一部の「旅の地図を作る」では、全体を概観する。第一章は「実践ガイド」の修正版で、〈ヒーローズ・ジャーニー〉の12のステージに焦点を絞る。これから一緒に旅をする、物語の特別な世界の地図だと考えてもらってもいい。第二章は、〈アーキタイプ〉、すなわち神話や物語の登場人物を紹介する。多くの物語に共通して見られる8つの登場人物のタイプと、その心理学的な機能を説明していく。

第二部の「旅のステージ」では、〈ヒーローズ・ジャーニー〉の12ステージについてさらに詳しい検討をおこなう。各章の末尾には、さらに深い探求のための「考察」セクションを提示する。エピローグ「旅を振り返って」では、〈ライターズ・ジャーニー〉独自の冒険や、その途中で避けるべき落とし穴について扱う。『タイタニック』、『ライオン・キング』、『パルプ・フィクション』、『シェイプ・オブ・ウォーター』、『スター・ウォーズ』といった、有名な映画における〈ヒーローズ・ジャーニー〉分析もおこなう。なかでも『ライオン・キング』は、映画の制作期間中、私がストーリー・コンサルタントとして〈ヒーローズ・ジャーニー〉のアイデアを適用する機会を得て、この原理がどれだけ役立つかを自分の目で見ることができた作品である。

古典的な映画も現代映画も、本書全体にわたり引用する。〈ヒーローズ・ジャーニー〉が実際にどう機能しているのか、作品を観たくなる読者もいるかもしれない。巻末の映画作品リストに代表的な映画を一覧にするので、参考にしてほしい。

ひとつの映画作品か物語を自分で選び、それを念頭においた〈ライターズ・ジャーニー〉をしてみてもいい。選んだ物語を何度か読んだり鑑賞したりして内容をよく理解し、各場面で何が起きたか、それがドラマのなかでどう機能するかメモを取ってみよう。自分の好みの機器で映画を観れば、自由に一時停止をかけ、各場面の内容を書きとめたり、意味を把握し、残りのストーリーとの関連を見いだしたりすることができる。

ひとつの物語や映画を使ってこのプロセスを実践し、本書のアイデアを検証してみてほしい。選んだ物語が〈ヒーローズ・ジャーニー〉のステージやアーキタイプを反映しているか考えてみてほしい。物語そのもの、あるいはその物語が作られた特定の文化の必要に応じ、どうステージを取り入れているのか検討してみてほしい。アイデアを検証し、実際に試し、自分のニーズに合わせて適用し、自分のものにしてもらいたい。自分の物語を磨いたり生みだしたりするために、これらのコンセプトをぜひ活用してもらいたい。

〈ヒーローズ・ジャーニー〉は、この世で最初の物語が語られたときから語り手と聴き手に奉仕し、そして現在でも使い古されることなく使われている。私とともに〈ライターズ・ジャーニー〉をスタートさせ、このアイデアを探索していこう。物語の世界や人生の迷宮を解き明かす魔法の鍵として、実に役立つことがわかってもらえればうれしい。

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作家の旅 ライターズ・ジャーニー

神話の法則で読み解く物語の構造

クリストファー・ボグラー=著
府川由美恵=訳
発売日 : 2022年3月10日
3,000円+税
A5判・並製 | 576頁 | 978-4-8459-2010-5
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