ためし読み

『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』第5章 形容詞と副詞

第5章 形容詞と副詞
Adjectives and Adverbs

われらはついに航海を果たした、お菓子箱を開ける誘惑にも屈することなく。
We completed the voyage without succumbing to the temptation of opening the box of candy.

形容詞と副詞は種類も豊富で、よき滋養になる。色彩・生気・迫力などを添えるものだ。とはいえ、不用意な利用や過度の使用があると、やはり文章が肥大化してしまう。

副詞の示す性質が、動詞そのものに組み込めるのなら(素速く走る→疾走する)、あるいは形容詞の示す性質が名詞そのものに入れられるのなら(獰猛な叫び→咆哮)、散文はすっきり凝縮されてはっきりした表現となる。

人と話すときにはトゲトゲしい言い方は控えなさいと教わった書き手は、限定詞(〈まあまあ〉〈ちょっと〉など係る語を和らげたり弱めたりする形容詞・副詞)を使いがちだ。口に出すぶんにはいいだろう。ただし書き言葉の場合、そんなものは血を吸うダニだ。即刻つまみ出すべきである。わたしが個人的に悩まされているダニは、〈一種〉〈ある種〉〈まさに〉――そして毎度毎度の〈とても〉だ。ちょっと自分の文章をまさに一種見てみて、まさにちょっと一種の使い過ぎみたいな何かとても愛用の限定詞が入っていないか確かめてみるといい。

これは持論の見出しをつけて述べるほど長くもないから、今からする言葉遣いにはご容赦願いたいとして、今回ここでは口にせざるをえない。〈ファッキン〉なんて副詞・限定詞は、〈本当にでかいダニ〉だ。会話でも電子メッセージでも始終この言葉を用いる輩が、どうか創作する際にこの語が「うーん」と同じくらい便利だと気づきませんように。会話文や内的独白であれば、「夕焼けはクソファッキン美しかった」や「クソファッキンガキでもそんなこと簡単にわかる」といった文も、実際に読むといかに異様であっても許容はできる。ところが語りの地の文で、強調したり口語の勢いを出したりするために用いるのなら、その言葉はまさに反対の効果となる。つまりは、対象を弱めてつまらなく無価値にする威力がすさまじいものとなるのだ。

形容詞や副詞には、文中で乱用されて無意味になったものもある。〈偉大なグレート〉が、伝えるべき重みを伝えることはほとんどない。〈突然サドゥンリー〉に何ぞの意味があることはめったになく、単なる転換の手立て、雑音にすぎない――「彼は街の通りを歩いていた。突然、彼女を目にした」。〈ともかく〉なども大型のイタチで、作者がわざわざ物語を考えたくないことがありありとわかる言葉だ――「ともかく彼女はまさに知っていたのだ」「ともかく彼らは小惑星にたどり着いた」。物語内で〈ともかく〉起こることなどない。自分がそう書いたから起こるのだ。責任を果たせ!

派手な修辞的形容詞は今や流行遅れで、惹かれる書き手ももうほとんどいないわけだが、文体に凝る作家なら、詩人さながらに形容詞を用いる人もある。ただし形容詞と名詞のつながりが想定外で、強引にこじつけられると、読者も立ち止まって結びつきのほうに気を取られてしまう。こうした過度に気取った文体が功を奏することもあるが、語りの地の文としてはきわどい。わざわざ流れを止めたいか? それだけの価値があるか?

全物語作家に推奨――形容詞と副詞には、用心深い態度と注意深く慎重な用い方を心がけること。言語というパン屋は信じがたいほどに品数が豊富だとはいえ、語りの文章には(とりわけ長距離を走るのであれば)脂肪よりも筋肉が必要だからだ。


〈練習問題⑤〉 簡潔性
一段落から一ページ(400~700文字)で、形容詞も副詞も使わずに、何かを描写する語りの文章を書くこと。会話はなし。

要点は、情景シーンや動きアクションのあざやかな描写を、動詞・名詞・代名詞・助詞だけを用いて行うことだ。

時間表現の副詞(〈それから〉〈次に〉〈あとで〉など)は、必要なら用いてよいが、節約するべし。簡素につとめよ。

本書を複数人で用いている場合、自宅で課題に取り組むことをおすすめする。今回はむずかしい上に、それなりの時間がかかるからだ。

現在、長めの作品に取り組んでいるなら、これから書く段落やページを今回の課題として執筆してみるのもいいだろう。

すでに書き上げた文章を、磨いて〈簡潔に〉仕上げるのもよい。それも面白そうだ。

論評では:何よりもまずやってみて、それから自分で出来を判断するのが大事だ。形容詞なり副詞なりをあちこちに足せばその作品はよくなるものなのか、それともないままで十分なのか? 問題文の条件のせいで使う羽目になった工夫や用法にも注目しよう。とりわけ動詞の選び方や直喩と暗喩の利用に、影響があったかもしれない。

今回の簡潔性という練習問題は、14、5歳の孤高の航海者であったころのわたしが自分で考案したものだ。[修飾語トッピングたっぷりの]チョコレート・ミルクシェイクをあきらめきれない気持ちはあったが、わたしはなんとか副詞なしで数ページやり遂げたものだ。しかもこれは、自分のワークショップで毎回出している唯一の課題である。おかげで勉強にもなるし、文章も簡潔にできる上に、やる気も出てくる。

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文体の舵をとれ

ル=グウィンの小説教室

アーシュラ・K・ル=グウィン=著
大久保ゆう=訳
発売日 : 2021年8月3日
2,000円+税
四六判・並製 | 256頁 | 978-4-8459-2033-4
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