ためし読み

『記憶に残るキャラクターの作り方 観客と読者を感情移入させる基本テクニック』第1章 キャラクターのリサーチをする

第1章 キャラクターのリサーチをする

ある日、筆者の顧客が素晴らしいストーリーを持ち込んできました。1年かけて練った企画です。彼女のエージェントも乗り気で、脚本の完成を心待ちにしていました。

この顧客は商業ベースに乗りにくい作品も過去に書いていましたが、この企画は違います。つまり、業界で言う「ハイコンセプト」──興味をそそる要素である「フック」と個性的なアプローチ、 激しい葛藤と対立があり、キャラクターにも共感できます。

折しも彼女の脚本が初映画化されたばかりのタイミング。次の企画を売り込む好機です。早く、この脚本を仕上げなければ──でも、キャラクターたちが冴えません。書き手として、彼女は前に進めない苦境にいました。

筆者が草稿を見たところ、書き手の知識不足が気になりました。この企画にはホームレスの施設で展開するシーンがたくさんあります。彼女は施設で炊き出しのボランティア経験があるそうですが、そこで寝泊まりしたこともなく、路上生活の経験もありません。どうりでディテールや感情の描写が不足するわけです。こうなると、キャラクターに生命を吹き込む方法はただ一つ。ふりだしに戻ってリサーチをすることです。

どんなキャラクターを作る時も、まず、最初はリサーチです。多くの場合は自分が知らない世界を探ることになるでしょう。説得力とリアリティを出すために、下調べが必要です。

リサーチが大好きな人はたくさんいます。新しい世界を知り、人と出会う冒険のようだからです。キャラクターの世界で実際に何日か過ごし、リアルな感じをつかむと嬉しくなります。前からうすうす知っていたことがリサーチで本当だと確認できると、喜びもひとしおです。また、新しい知識を得るたびに展望も広がり、やりがいを感じます。

逆に、リサーチが一番苦手だという人もいます。誰かに電話をかけるのも、図書館へ行くのも嫌い。手間がかかって面倒に感じるのかもしれません。わからないことが多すぎて時間がかかったり、キャラクターに関する、とある側面をどう調べていいかがわからなかったりする場合もあります。でも、キャラクター創作の第一歩は、やはり、リサーチです。

キャラクターは氷山のようなもの。観客や読者に見えるのはほんの一角です。作り手が知っていることの、たぶん、たった10パーセントぐらいでしょう。でも、努力して調べたことはすべて、キャラクターの深みを支えるのだと思ってください。

では、いつリサーチをすればいいかを考えてみましょう。たとえば、今、あなたが書いている小説の主人公が37歳の白人男性だとします。原稿を読んでくれた人たちは、みな主人公の性格を誉めてくれますが、動機がわかりづらいと言っています。あなたは主人公の内面の動きを知らないといけないな、と感じます。ある友人は、中年男性の心の葛藤を知るならダニエル・レビンソンの『ライフサイクルの心理学』という本があると教えてくれました。あなたはまた、男性たちの集いに参加してみようかな、と考えます。中年期にさしかかる男性はどんな体験をし、行動やモチベーションはどう変わるか、参考になる話が聞けるかもしれません。

あるいは、あなたが今、ある脚本を書き終えたところだとします。いろいろなキャラクターの中で、脇役の黒人弁護士だけ、描写が足りないのが気になります。あなたは黒人の弁護士に取材をしようと思い立ち、全米黒人地位向上協会(NAACP)に問い合わせます。弁護士という職業に人種がどんな特色を与えるかを知ろうとします。

では、「ルイス・クラーク探検隊を描く映画のシナリオを書いてほしい」と依頼がきたらどうでしょう? 1800年代に米国北西部へと陸路で横断した人々の実話の映画化です。このような案件になれば、制作会社に調査費の予算を求めたくなります。現地調査が必要なら旅費も発生します。人物像やセリフの時代考証に8ヶ月は必要だ、といった経費や期間の見積もりができるといいでしょう。

全般的なリサーチと限定的なリサーチ

リサーチは、何もかもがゼロからのスタートというわけではありません。人生経験で得た知識は誰にでもあります。あなた自身が、すでに知識の宝庫なのです。

普段の暮らしは、いわば全般的なリサーチです。あなたが観察して気づくことはキャラクターの基本になります。あなたはきっと、子どもの頃から人間観察が得意でしょう。人のしゃべり方や動き方、服装や会話のリズムなどを観察していたはずです。人の考え方の癖に気づくこともあるでしょう。

医療ドラマや不動産業のストーリー、中世のイギリスで繰り広げられる物語を作る時も、実際に仕事をした経験があれば──医療や不動産関係、教職など──そこで吸収したことが活かせるかもしれません。

学校での勉強も全般的なリサーチに相当します。心理学や芸術、科学などの授業はいずれ、ストーリーに必要なディテール描写に役立つでしょう。

「自分が知っていることを書きなさい」とよく言われるのには一理あります。あなたがリアルに見てきたことは、知らない分野を長年リサーチして知ることに匹敵するディテールに富んでいるからです。

かつて『こちらブルームーン探偵社』のストーリーエディターを務め、著書『How to Sell Your Screenplay: The Real Rules of Film and Television (未)』もあるカール・ソーターは、彼のところに売り込みに来た脚本家との会話をよく覚えています。「彼は、4人の若い女性たちが春休みにフロリダ州のフォートローダーデールに遊びに行く話を持って来た。アイデアとしてはいいが、この人は春に現地に行ったことがないな、と気づいた。尋ねてみると、彼の故郷はフロリダからはまったく遠い、カンザス州の小さな農場だ。『今週は田舎にいられなくて残念ですよ。年に一度のパンケーキ祭りですからね』と言うんだ。そして、カンザスの田舎で恒例のパンケーキ祭りのことをいろいろ教えてくれた。僕は彼にこう言ったよ。『映画の舞台として、すごくいいじゃないか。どうしてわざわざ知らない街の物語を書こうとするんだい? ただでさえライバルが多い業界なのに、よけいに不利だ。きみが知っている話を書けよ』って」

あなたがすでに知っていることからキャラクターの創作が始まります。とはいえ、それだけでは情報が足りないかもしれません。自分の観察や実体験からは得られないディテールを調べるために必要なのが、限定的なリサーチです。

小説家ロビン・クックは医師ですが、医療もののフィクションを書く際にはやはり限定的なリサーチをします。「大半は資料を読むことですが、やはり専門医にも話を聞き、自分でも2、3週間ほど現場に入ってみます。『ブレイン─脳』を書く時は神経放射線科医と2、3週間、行動を共にしました。伝染病を描いた『アウトブレイク─感染』ではアトランタの米国疾病予防管理センターの人たちとウイルスについて話しました。『ミューテイション─突然変異』では遺伝子工学のリサーチをしましたよ。めざましい速さで研究が進む分野ですから、私が医学生時代に得た知識の大部分はとっくに時代遅れ。私は年に1冊のペースで新作を出しています。6ヶ月間でリサーチをし、2ヶ月でストーリーの大筋を立て、2ヶ月で執筆をして、残りの2ヶ月は本のPR活動や病院での仕事に充てています」

文脈

キャラクターは何もないところには存在できません。周囲の環境が必要です。17世紀のフランスにいる人物と、1980年のテキサスにいる人物には違いがあります。イリノイ州の田舎町の開業医と、ボストンの総合病院の病理学者も違っています。アイオワ州の貧しい農場で育った人物は、サウスカロライナ州チャールストンで裕福に育った人物と異なっているでしょう。アフリカ系やヒスパニック、アイルランド系米国人は、ミネソタ州セントポールで生まれたスウェーデン系の人とは違っています。キャラクターを理解することは、キャラクターを取り巻く文脈を理解することでもあります。

では、文脈とは何でしょう? 脚本家でシナリオ講師のシド・フィールドは著書『素晴らしい映画を書くためにあなたに必要なワークブック──シド・フィールドの脚本術2』でわかりやすく定義しています。彼いわく、文脈とは空っぽのコーヒーカップのようなもの。カップが文脈だというのです。それはキャラクターを包む空間であり、物語と人物の具体的な情報がその空間を埋めるのだ、と*1。そして、キャラクターに最も影響を与えるものには文化や時代、ロケーション、職業などがあります。

*1 シド・フィールド『素晴らしい映画を書くためにあなたに必要なワークブック─シド・フィールドの脚本術2』安藤紘平・加藤正人・小林美也子・菊池淳子訳、フィルムアート社、2012 年、48–50頁

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記憶に残るキャラクターの作り方

観客と読者を感情移入させる基本テクニック

リンダ・シーガー=著
シカ・マッケンジー=訳
発売日 : 2021年3月24日
2,200円+税
A5判・並製 | 260頁 | 978-4-8459-2024-2
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