まえがき
ある時、筆者の元に、ひとりのテレビプロデューサーから連絡がありました。彼女が手がける企画に有名な俳優をキャスティングできたが、脚本のキャラクターが単調で困っている、と。筆者はコンサルタントとして、人物の感情を豊かに表現するためのブレインストーミングを手伝いました。他の側面にも多くを加えて充実を図ったところ、後に、このキャラクターを演じた俳優はエミー賞候補になりました。
しばらく後に、また別のテレビドラマの案件で、プロデューサーからヘルプの依頼がありました。この番組は低視聴率で打ち切りも検討されそうだ、とのことです。俳優たちの演技はピカイチ。キャラクターの設定もよかったのですが、広がりに欠けていたのです。筆者は夜にセミナーを開き、プロデューサーたちを集めて話し合いました。もっと葛藤と対立を出すにはどうすればいいか。キャラクターの魅力を引き出すストーリー展開はないか。どうすれば相関図にある人間関係をダイナミックに表現できるか。そして、視聴者をのめり込ませる感情移入の理由はなにか。参加者はみなディスカッションに熱中し、このドラマを立て直そうと動き出しました。しかし、時すでに遅し。局サイドで打ち切りが確定し、出演していた人気俳優は活躍の場を失い、テレビドラマから姿を消してしまいました。
どちらの例でも、既存のストーリーの中のキャラクターが問題視されています。フィクションには優れたキャラクターが必要です。キャラクターがいまひとつでは、視聴者や読者を引き込むストーリーやテーマは作れません。小説『風と共に去りぬ』や『アラバマ物語』、『ジェーン・エア』、『トム・ジョーンズ』、戯曲『アマデウス』や『危険な関係』、『ガラスの動物園』、映画『カサブランカ』(1942年)や『アニー・ホール』(1977年)、『市民ケーン』(1941年)、テレビドラマ『アイ・ラブ・ルーシー』や『All in the Family(未)』、『The Honeymooners(未)』などには記憶に残るキャラクターが登場します。アクション映画『48時間』(1982年)や『リーサル・ウェポン』(1987年)、『ダイ・ハード』(1988年)、ホラー映画『エルム街の悪夢』(1984年)の大ヒットにも、キャラクターの見事な設定が貢献しています。
記憶に残るキャラクターの創作は、ある過程を経て進みます。そのノウハウは習って身につくものではないとも言われますが、筆者は脚本コンサルタントの仕事を通し、ある一定のプロセスや考え方を見出しました。業界で高い評価を得ているクリエイターたちに会い、彼らのキャラクター創作の秘訣を学ばせて頂きました。
プロデューサーやディレクター、エグゼクティブや俳優も同じ問題に直面します。彼らはキャラクターの問題点を見抜いて的確な質問をし、具体的な解決策を探して実行する立場にいます。
本書はあらゆる種類のフィクションのキャラクター創作について、筆者が演劇の教師として、舞台演出家として、また脚本コンサルタントとして長い間活動した中で見つけた原則に基づき記したものです。執筆にあたり、小説家、映画やテレビのシナリオライター、劇作家や広告ライターなど、総勢30名以上の書き手にインタビューをしました。筆者は主に映画脚本を扱いますので、映画作品とテレビドラマの例をメインに挙げています。また、本書に登場する小説や戯曲もほぼ映画化されていますので、映画版をご存じの方も多いでしょう。映画とテレビドラマのキャラクター創作の方法論は小説にも当てはまります。
ストーリーと構成の視点から見たキャラクターの扱いは既刊『ハリウッド・リライティング・バイブル』で説きましたので本書では割愛し、キャラクター創作のプロセスと人間関係の構築に焦点を当てました。これから創作を始める方は、アイデアがうまくいかない時に、本書のプロセスをたどってみてください。また、すでに創作の経験を積んだ方は、キャラクターがいまひとつだと感じる時に、ご自身の感覚をプロセスと照らし合わせて頂けたらと思います。
キャラクターの創作は知識とイマジネーションの融合が大事です。本書でそのプロセスを追いながら、ぜひ、パワフルで、多面的で、記憶に焼きつくキャラクターを創作してください。
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