第一回 舞台への第一歩
演技をするためには、外の世界に目を向けなくてはならない。私はレッスン中、これから何度もそう言います。でも、その前に、まず自分自身に目を向けて姿勢を正して下さい。
皆さん、忙しくて大変だと思います。コーヒーを飲む時間もなくて、カフェテリアでテイクアウトする人。子どもを家に置いてここ[ステラの演技教室]に来ている人。結婚生活がうまくいっていない人、恋人が自分から去っていくんじゃないかと不安な人。みんな何かを気にかけて生きている。そうかと思えば、ぼんやりした人もいる。場をわきまえない人。理由もなく遅刻する。単に遅れてくる、そういう生き方をしている人たち。
演劇を学ぶなら、やるべきことに集中しなさい。しっかりと我が道を歩きなさい。パパもいらない。ママもいらない。レッスン中は、夫のことも子どものことも忘れなさい。新聞に何が書かれていようと気にしない。他人にわがままだと思われてもいい。誇りを持って実技に集中して下さい。
「ある日突然スターに」を夢見ている人へ
俳優という職業には二千年の歴史があります。でも、現代における俳優の意味は、昔とすっかり変わってしまいました。
現代の俳優は、たった五十年前にはあり得なかったような現実や課題に直面しています。『ロミオとジュリエット』のジュリエットをオーディションで選ぶなんて、昔は考えられなかった。私が若い頃は、みんなまず劇団に入った。劇団が俳優の能力を把握していた。劇団が俳優を育てたのです。
劇団の中にロミオの適任者、ジュリエットにふさわしい女優、乳母やロレンスが巧みにできる俳優が揃っていなければ、『ロミオとジュリエット』の公演なんて絶対にしなかった。俳優の能力にあわせて演目を選びました。劇団はそれぞれの俳優の力量を正確に評価している。一人ひとりの俳優に何ができて、何ができないか知っていた。
また、劇団は、公演で地方を廻ります。俳優はまず小さい役をいろいろやっていく。そうやって、演技力を身につけていきました。たとえば、槍の持ち方。変な持ち方をしていたら、お手本を見せてくれます。槍を持つ兵隊などから始めて、いずれはハムレットを演じられるようにと目指す。
反対にあなた方はかわいそう。街角でスカウトされる夢なんか見てるから。自分ではラッキーだと思っているでしょうけどね。もしその夢が叶ってトップスターになったとしましょう。そしたらあなたは槍の持ち方も習っていない、かわいそうな俳優になっちゃうの。そうやってスターになった俳優は、自分の悲劇に気づかない。
槍を持てば、あなたはあなたとは違う人物になります。その時代に槍が何を意味していたのか、理解しなくては。現代の人が槍を持ってちゃおかしいわよね。持つとしたら、昔とは違う意味でしょう。槍を持つこと、正しく持つことが、昔は非常に重要だったんです。儀式の時に持つのか? 戦争のために使うのか? あなた方は、理由を理解しなくてはならない。これが、俳優業の重要な点。
今じゃ、端役で槍を持つこともなく、いきなりトップから始めちゃう。いきなり俳優になっちゃう。主役でデビューという場合もある。学習経験に関係なく、役が与えられてしまう。これは、過去にはまったくなかった現象なんです。
街角でスカウトした素人に「あなたにダルタニャン役を」なんて言う人はいませんでしたよ。俳優は劇団で青年役をやり、もしかしたら老人役も演じ、コメディもドラマも少しずつ経験していきました。フォルスタッフもロミオも両方演じます、なんて俳優もいなかった。劇団の中で、みな自分のスケールを知ったのです。
劇団は、かけがえのない場所でした。でももう、今の俳優にはそのシステムがない。だから、自分の力量がわからない。今は「すばやく物事を習得しろ」と要求される時代。それをスタジオや学校で学ぼうとするのが、今の俳優。
「演じるだけでは上達しない」なんて気取ったことを言う人も増えました。「演技は学校で学ぶものだ」と。私は劇場で場数を踏んで学んだわ。でも、そんな時代は終わり。幌馬車に荷物を積んで国じゅうを旅する俳優も、もういない。教室でのお勉強は理想的ではないけれど、あなた方はそうする他ない。だからここに来てるわけ。
あなた方が学ぶのは、二千年の歴史をもつ演技の伝統です。演劇の歴史は古代ギリシャまで遡ります。そしてローマ時代からエリザベス朝、ジェームズ一世時代、復古喜劇、フレンチルネッサンス、ロマン派時代、イプセンのリアリズムから自然主義、二〇世紀へと続きます。この伝統は、国や地域の特色すべてを受け入れ、発展してきた。言語も、時代やスタイルの変化も違いも、社会的階層の違いも、道徳観やモラルの変遷も・・・・・・世代ごとの衣服や家具の違いも。流れる音楽の音色も、素焼きの器から紙コップにいたる移り変わりも。
これらすべてを受け継ぐの。演劇を学ぶあなた方、俳優が。
言葉を並べたてたけれど、どうにかして気づいてほしい。ちっちゃいスケールの人が多いの、今の俳優は。ちっちゃな椅子に座って、ちっちゃなジーンズ履いて、ちっちゃな世界を右から左へきょろきょろ見ながら、ちっちゃな感情を守ろうとする。
自分の世代のことしか知らない。自分が住んでる近所しか知らない。自分の息がかかっていないモノや時代に興味すらない。
すると、どうなる?「世界なんてオレには関係ない、自分の範囲内で理解できないものは知りません」ってなっちゃう。やがては自分の価値も欠点もわからなくなる。自分を測る尺度を持たないからよ。目を開きなさい。
成功の証がほしくなったら
皆さん、出身地も社会的身分も違いますね。でも、このレッスンを受けている理由はひとつ。才能があるからです。本当よ。「何かやりたいな」と思う、その何かから才能が芽を出します。
そうして勇気を出して電話をし、願書を書き、私の教室に来た。そのことを忘れないでね。「ようし、ひとつ成し遂げた」と思いなさい。他人のためにしたことではない。あなたが自分で求めたことです。
古いビルを壊して新築する時は、収益アップが目的。お坊さんだって、収入を求めるでしょう。直接お坊さんに聞いたわけじゃないけど。それと同じく、皆さんも「お金を儲けなきゃ」と思っているでしょう。それは皆さんが両親から受け継いだ価値観です。「がんばって成功してね」と誰もが言う。だから皆さんの中には、テレビや映画出演を目指している人がいるでしょう。他人に認められたい。上手だねって他人に言われるようになりたいと思っているでしょう。
ではどうしたら本当に成功できるか、言ってあげましょう。自分自身をよいと思えない俳優は、一生みじめ、この自覚です。このみじめさは、お金をいくら儲けたって消えない! 拍手をもらったって消えない!「これを手に入れたら成功した証拠だ」というものは存在しません! 自分はアーティストだ、俳優なんだという実感や自信があなたの中から生まれた時、あなたは成功したと言えるのよ。その自信が持てた時、私の助けはもう必要ない。あなたは一人でやっていける。一人の俳優として、監督や演出家と力をあわせてやっていける。他人を頼って「助けて!」と言う必要もなくなります。
不安に駆られた時は
俳優には不安がつきもの。不安を消す支えになってくれる人は、どこにいる? 世界中を探しても、いないわよ。成長し続けてこそ不安がなくなります。目標を高く持ち続けましょう。ハードルを低くして、自分を安全圏内にキープしていたら、どこへも到達できません。「私はできる、大丈夫」と思えた時、あなたはひとつ成長したといえる。医学の分野で伸びない医者は、ヤブ医者。俳優も能力を伸ばすべきです。
今から言うことを紙に書いて。「私の目標は、アドラー先生からも他の誰からも独立すること。だからあなたには依存しない」。いずれ皆さんがそう言えるように、私がお手伝いしていきます。
「メソッド」演技を習うべきか?
「メソッド演技を教えていますか?」「あなたは『メソッド』女優ですか?」なんて、私に尋ねる人たちがいます。私は唯一、スタニスラフスキイ先生から直接教えを受けた人間。だから誇りを持って言いますが、スタニスラフスキイ氏ご自身は、大変保守的な先生です。
先生の本を読めばわかります。でも読まなくていいわ、どうせ意味がわからないから。私たちとはまったく文化が違うの、だから理解できない。二冊目と三冊目はほとんど全部、母音の美しさと「S」の意味、「S」が五百万通りも違う意味を持ちえる、という話で占められています。あなた方は混乱するだけよ。先生がやっていらしたことは、いわゆる「メソッド」の解釈とはまったく関係ないことでした。
スタニスラフスキイ氏は、ご自身のメソッドを持っていただけなの。わかる? 彼のメソッドには、コメディア・デッラルテを基にしたフランス演劇が入り、イタリアのオペラ的演技が入っていました。氏にとって最高の俳優はサルヴィーニ。サルヴィーニはこう言いました。「演技とは? 声だ。声だ。声がすべてだ」。これるスタニスラフスキイ氏は取り入れた。
私を通して、あなた方自身で見出するのが、「メソッド」です。メソッドに影響を受けた二百万人の中の一人が、私。でも私が力を注ぐのは、皆さんをメソッドから「独立」させること。独立すれば、メソッドをあなたなりに作り変える能力ができる。一人でやっていける。
今、メソッド俳優が大流行。ということは、危機感を持て、ということです。何かが爆発的に流行すること自体、どこかおかしい。
「僕、メソッド・・・・・・」なんて、モゴモゴ話しかけてきた俳優がいたわ。私、言ってやったの。「出て行って。近くに来ないで。腐り過ぎてるから」って。
「チャンスを得たい」と焦ったら
貴重なレッスンですからしっかり聞いていてね。私も皆さんと同じ社会に生まれ育ちました。でも私は社会に飲み込まれなかった。食われなかった。プレッシャーをかけられた、でも私は抜け出した。皆さんも社会に飲み込まれないで下さい。
社会生活をするには稼いで、成功しなきゃいけない。成功に興味ないふりをする、なんて無理よね。でも、そのうち直面しますよ。あなた自身を丸ごと写す診断写真に。その写真はこう言うの。「私はこれができる。私がやらなきゃならない課題はこれだ」って。そして、あなたの能力に応じて、出世と収入が決まる。分かれ道に立つたびに考えなさい。「私がこれだけ努力と成長をしたら、引き換えにこれだけの成功と収入が手に入る。だとしたら、よし、やろうと思えるか?(成功とお金はゼロの場合があります)」。
「若いうちにデビューして有名になれ」と社会は言う。その声に従っていたら、みじめな結果になりますよ。皆さんはのびのびとして繊細で素晴らしい。若くて可能性がある。芸術を背負って立とうかという若者なのに、社会はそんな志などどうでもいい。皆さん、危ないところにいるのよ。なのに、「自分だけは違うぞ、成功するぞ」と思っているから、罠に気づかない。
「役をもらっても、もらわなくてもいい。私は女優。自分の力量を知っている。あなた方にチャンスをもらわなくても生きていける」。皆さんも、そう言えるようになってちょうだい。
どうしたら、そう言えるようになるかって? 私は、商業演劇をやるなら良い劇場でだけ、と決めていたの。スタニスラフスキイ氏やガスリー氏、ラインハルト氏といった偉大な人々を知っていたから。彼らの志の高さは、普通の劇場支配人と違いました。彼らのレベルに、私も立ったのよ。もし「テレビにさえ出演できれば上出来だ」と言う人がテレビから見放されたらどうなる? ガスリー氏はテレビに出ても出なくても、偉大であることは変わらない。ラインハルト氏もそう。
私なら、女優業での収入のすべてに対してこう言うわ。「このお金を頂かなくても結構、と言えるようになりたい。その術を見つけてみせる」。出演料をもらって一時間演じるなら、一時間ぶんの課題をどこかに見出して努力しなさい。それがあなたの肥やしになります。
そうすれば収入が入るだけでなく、人間として成長できます。他人が思い描く成功に関係なく、自力で成長し、生きていけます。努力して成長するにはこうしたらいいんだな、とわかれば、もう外の世界に押しつぶされません。一日八時間働くなら、三時間か一時間はお金ではなく自分自身のために何ができるかを見出しなさい。このようにして「私はどうなりたい?」と、繰り返し自分に問うことが必要。
このレッスンの最終回には、こう言えるようになっていなくてはダメよ。「私の人生は私のもの。どこにいても、私のもの」。そう言えるようになってちょうだい。俳優の仕事は、他人から与えてもらうものではありません。お金のために仕事をする時は必ず、自分の成長のためになることを見出しなさい。時間を区切れるかどうかよ。そこに違いがあるの。とにかく何にでもキャスティングされたがる人と、人生をきちんと生きながら役を演じる人との違い。
「早く世に名を知られたい」と願う気持ちはぬぐえませんね。それを持ちながらも「私の人生は私のもの」と言えるように自分を鍛えておきましょう。演技の場に何を注ぐべきか、常に理解して行動するために。
誰かに見出されての成功なんて、あっけなく崩れます。自分の人生なのに、他力本願すぎるわよ。生きている限り、自分の足で歩きなさい。あなたは俳優。人生すべてを自分で舵取りしなさい。
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