小説投稿サイトや動画配信プラットフォームが整備され、誰もが自分の物語を発表できる時代。わたしたちは、誰もが「作者」になることができる時代を生きています。しかし、わたしたちの身の回りには、すでに膨大な数の物語(小説、マンガ、映画、ゲーム、アニメなど)が存在しています。どうすれば、人を惹きつける物語を書くことができるのでしょうか。その悩みを解消すべく、これまで数多くの物語創作指南書が刊行されてきました。書店行けば、さまざまな切り口の、そしてさまざまな難易度の指南書が並んでいます。あまりにもその数が多いので、どれを読めばよいのか分からないという方も多いのではないでしょうか。そこで本連載では、さまざまなジャンルで活躍するプロの作家の方々に、各自の視点から「オススメの物語創作指南書」を3冊選んでいただきます。
第3回目は「シナリオ制作会社クオリア ライターズ(Qualia Writers INC.)」のCOO兼シナリオライター、下村健さん(@qualia_shimoken)です。『チェインクロニクル』『陰陽師』『天華百剣 -斬-』など、これまで150作以上のゲームやアニメ、マンガの脚本や世界観、キャラクターを創作してきた実績のある下村さんに「本当におすすめしたい」3冊を紹介してもらいました。
「楽しく」「わかりやすく」「書き続ける」ための厳選創作サポート本3冊
購入する
感情類語辞典[増補改訂版]
アンジェラ・アッカーマン、ベッカ・パグリッシ=著
フィルムアート社
「創作の指南書というと『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』や「シド・フィールドの脚本術」シリーズ(『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術』など)、最近だと「ロバート・マッキーの脚本術」シリーズ(『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』など)を挙げる方が多いのではなかろうか」。そう思い「自分はこの本を紹介したい」と筆をとりました。
この「類語辞典シリーズ」には『感情類語辞典』の他にも『性格(ポジティブ編・ネガティブ編)』『場面設定』『トラウマ』『職業設定』『対立・葛藤』と、たくさん種類があるのですが、例えば『感情類語辞典』の「悲しみ」のページを見てみると、
外的なシグナル:泣きはらした顔、涙声、重い足取り
内的な感覚:熱いまぶた、喉がヒリヒリする、体が冷たく感じる
こうした「『悲しみ』に関する情報」が短文で、一目でたくさん見渡せるように載せられています。
ここに挙げたのはほんの一部ですが、どうでしょう、自分の体験と重なり、ありありと思い起こせませんか?
これはフィルムアート社の他のハウツー本でもたびたび提示されている重要なポイントですが「キャラクターの感情やそれがわかる仕草が提示されたとき、一気に読者はキャラに親近感や興味を持つ」。
優しい母を目の前で巨人に食われたエレンは「駆逐してやる!!」と涙を流し、叫び、剣をとる。そんな彼が描かれたからこそ応援したい、巨人の戦いがどうなるか知りたい、最後まで読みたい――そう思った読者も多いのではないでしょうか(かく言う自分もこの慟哭に突き動かされ、最後まで追いました)。
「構成とかテクニックとか、なんだか難しそう」――
そう思う方がこのシリーズのページをめくることで、ぼんやりと「書きたいキャラが浮かんでくる」「こんなことが書きたいかも」と、完成させたい作品のイメージが湧いてくる、そんな1冊のように思います。
プロの方も――例えば自分のように、スマホゲームのシナリオ制作で100以上のキャラを設定する場合も――「1キャラ1キャラの感情に着目し、その感情を抱くまでのキャラの人生とは、どんなものだろうか?」バックグラウンドを考えていくことで自然とオリジナルの魅力が生まれ、差別化できるものとなります。「ブレインストーミングをしていて、なかなかブレイクスルーが起きない時」などにも、役立ちます。
ネタバレ回避のため、タイトルは伏せますが
貧乏とお金持ち、目つきは悪いが家庭的で母親想いの優しい男子高校生と、小さく凶暴だが好きな人の前ではあわあわしちゃう父親と上手くいっていない女子高生、凸凹のふたりがある日、お互いの好きな相手が親友にいるとわかり協力し合う「恋の共同戦線」を張る。
だけど男の子が女の子を得意な裁縫などで助けたりし、一緒に過ごす時間が積み重なった、ある瞬間――
「彼は、私のだぁぁぁぁぁ!!!!!」
男の子が死にかけたとき女の子が、互いの意中の相手もいる、生徒たちが見てるなかで、つい衝動的に男の子を助け叫び泣いてしまう――
どうでしょう?
「女の子の感情」が露わになったとき「まさか、このふたり」と「先」が気になり、追いかけたくなりませんか?
「描きたいキャラの感情」を整理し、読者の五感を刺激するようなシーンを書き、忘れないものにする。より受け手にわかりやすく、しかもそれを楽しんで提示できるようにする。
そんな創作をする為に役立つ、オススメの1冊です。
購入する
ミステリーの書き方
日本推理作家協会=著
幻冬舎
「物語を書いて生きたい」「上手くなりたい」「その為に、いろいろと学ばなければいけないのは、わかるけど……」モチベーションのコントロールは、アマチュアだけでなく、プロでも難しいと感じる方は多いです。
今でこそTwitterやYouTubeで「こうすれば、やる気が出る」といった「心身に関する有益な情報」を拾える時代ですが、そもそも上手く発見できないかもしれないし「数人の情報だけでは本当に正しいのか、一般的なのかわからない」――
そんなとき、技法以外にも役に立つのが、この1冊。
プロの作家たちが普段、どうやってミステリーを創っているのか、頭の中を覗けるような内容なので「要素や物語の組み立て方」はもちろん「どんなふうに過ごしているか」までわかる良書です。
例えば――
Q.アイデアを書きとめておくノートはあるか?
A.「Yes:74%」「パソコンに入れてある」「仕事場、書斎、居間に1冊ずつメモ張がある」
Q.職業作家として成立する条件は、なんですか?
A.「コンスタントに書き続けること、くさらないこと、考えすぎもよくない」
「苦しくても書き続けること」「頭の体力。書くことに、あきないこと(あきることがあるから)」
こうした、プロ作家たちの思考にたくさん触れられるのですが、どうでしょう?
名前を聞いて「知ってる!」となるような有名な方々を、身近に感じられませんか?
「え、あの人も『飽きる』なんてこと、あるの!?」
「苦しんでるの?(自分たちと同じだ)」――と。
「プロを身近に感じること」で「自分も出来るかも」と、やる気が湧いてきます。
自分も新人時代、構成が苦手だったのですが師匠にあたる方に「ぼくも構成、苦手なんだよ」「いつも不安を抱えながら、戦っている」といった言葉をいただいて
「え、あんなに緻密で、どんどん先が気になるミステリーを書ける師匠が構成、苦手!?」
「だったら自分も師匠のように何年も努力をしていけば、あのレベルの構成まで辿り着けるかも」
そんなふうに勇気づけられ、100以上の場数を経験した今――「構成、すごく好き!」となりました。
ネットの発達で「すごい人」がすぐ近くで見られるようになり、発信されるものは「キラキラしたすごいものばかり」なことから「自分には無理」と比較して、やる気を失う方も少なくありません。
でも、そういう「すごい人」たちも実は、だいたい同じように苦しみ、不安を抱き、それでも粘り強く積み重ねてきた/きている人たち、だったりします。
最前線で戦うプロがポロッとこぼす弱みや苦労、そういうものにも触れて「自分も出来るかも」と奮起し、書き続けていく――
技法だけでなく+αの生活まで書かれている良書として『スペース・オペラの書き方 宇宙SF冒険大活劇への試み』(野田昌弘=著、早川書房)もあり『ミステリーの書き方』同様、スペース・オペラやミステリーを書かない、という方にもオススメできる、やる気を起こし「書き続けたい」と思えるものになっています。
自信をなくしてしまったときでも良いので、手に取ってみてください。
購入する
ゲームシナリオ入門
基礎知識から設定・キャラクター・プロット・テキストの技法まで
北岡雄一朗=著
技術評論社
サブタイトルに「基礎知識から設定・キャラクタ-・プロット・テキストの技法まで」とあるように「これ1冊あれば、シナリオ制作全体を満遍なく押さえられる」という良書になっています。
「『家庭用/PC/スマホゲーム』などを制作する場合、どういうふうに創るか」という「ゲームシナリオ制作」に寄った内容ではあるのですが、映像脚本や小説の創作にも役立つと思っています。
というのも「物語を創る」場合、どの媒体でも共通して「この媒体は、何に特化していて」「どう情報を提示し、受け手に伝えるか」を考えていくことになるからです。
ゲームだと「聴覚情報(音)」と「視覚情報(グラフィック)」と「能動的なプレイ(サイクル)」で「物語やキャラの魅力伝えることができる」ので、それらに意識して「寄せて」書く――つまり「音」「絵」「プレイサイクル」に「情報」を振って、そこで出ているものは「書かなくて良い(=文字量を削ることが出来る)」ということになります。
こうした意識が学べていると「小説は音の情報を書かないといけない(受動ではなく想像させる為、その分だけ記憶に残すことができる)」とか「映像は視聴者が受動的に情報を受け取れる為、音と映像でこう記憶に残らせ、どんでん返しを仕込む」など「各媒体の強み」や「情報」「受取手」を考えるようになり「創作全部が楽しい」という気持ちにもなってきます。
『ゲームシナリオ入門』の内容に、もう少し触れると
「アイデアは、どう生み出せばいいのか?」
「そもそも『ドラマ』って、なんだろう?」
「魅力的なキャラクターって、どう創ればいい?」
こうした疑問に対するアンサーが、しっかりわかりやすく、絵なども使って説明されています。
「プロット(構成)の作り方」に関しても「ハリウッドの三幕八場」など最近の本で提示される手法をきっちり紹介しており、現役のシナリオライターである著者の「印象的なプロでの体験」や、ちゃんと調査した上での「ゲームシナリオライターの収入」まで載せられています。
「そういえば、スマホゲームでゲームシナリオライターやシナリオ会社、増えたみたいだけど、どんな感じなのだろう(自分にも出来るだろうか)?」
こんなふうに思った方も、この1冊があれば、「ああ、こうなってるのか」とだいたいのことは、わかると思います。
ゲームだけでなく、優れたマンガや映画のタイトルも挙げながら、丁寧にいろいろ創作を助けてくれる良書になっているので、書き手だけでなくディレクターさんやプロデューサーさんも是非、機会があれば。
フィルムアート社から刊行された「物語やキャラクター創作に役立つ書籍」を下記ページにまとめています。映画だけでなくゲーム・小説・マンガなどのジャンルにも応用可能です。脚本の書き方、小説の書き方に悩んでいる方はぜひご一読ください。