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『感情類語辞典[増補改訂版]』は、普通の類語辞典と何が違うのか?

感情類語辞典[増補改訂版]』は、2015年の刊行以来多くの読者に支持され、初版と増補改訂版を合わせて10万部を超えるベストセラーとなっています(2024年現在)

本書の商品説明には「小説、脚本、マンガ、演技、二次創作、TRPG…すべての創作者必携のバイブル」と書かれています。
つまり『感情類語辞典[増補改訂版]』は物語創作者のためにつくられた類語辞典であるということです。

「物語創作に特化した類語辞典」。
それが、本書の最大の特徴であり魅力です。

本書を未読の方のために、他の類語辞典と比較しながら『感情類語辞典[増補改訂版]』が、なぜ「物語創作に特化している」といわれているのかを解説したいと思います。

比較するのは、以下の2冊です。

新明解類語辞典(三省堂)
感情ことば選び辞典 ことば選び辞典(Gakken)

前者『新明解類語辞典』は、書店で入手しやすい定番の類語辞典です。

後者『感情ことば選び辞典 ことば選び辞典』(以下『感情ことば選び辞典』)は、Amazonで『感情類語辞典[増補改訂版]』を検索すると「この本を読んだ購入者はこれも読んでいます」として画面に表示されることが多い商品です。
「『感情類語辞典[増補改訂版]』と『感情ことば選び辞典』のどちらを買えばいいのだろう」と悩んでいる方も多いのではないでしょうか。

本記事では、それぞれの類語辞典で「喜ぶ」という単語を調べ、どのような違いがあるのかを確認してみたいと思います。

現在執筆中の小説で、主人公が喜んでいる描写をしたいが、ストレートに「〇〇は喜んだ」と書いてしまうと、あまりにも陳腐な表現になってしまうので何か他の表現方法はないのかと類語辞典を手にする、というケースを想定してみたいと思います。

今回は「物語創作者が類語辞典を使う」という前提で記事を作っていますので、いわゆる普通の類語辞典の使い方とはやや違う箇所があるかもしれませんが、その点ご了承ください。

『新明解類語辞典』(三省堂)

まず『新明解類語辞典』(三省堂)を見てみましょう。

本書冒頭の「本辞典の編集方針と特色・活用法」には特色として次のように書かれています。

こういう意味を伝えるのにどのような言葉を使うのが適切か、どう表現すると自分の気持ちにぴったりとはまるか、めざす最適の言語表現にたどり着きたいときに、意味ごとのショーケースに色とりどりの類語を陳列してあるこの日本語地図が、きっとその道案内として役立つことだろう。

「日本語地図」としての類語辞典という特徴をもつ『新明解類語辞典』は、次のように収録項目を分類しています。

分類体系
部>ジャンル>分野>領域>語群

巻末では「部>ジャンル>分野」が一覧できるようになっています。

今回は「喜ぶ」を調べたいので、

「Ⅱ人間」(部)>「K感性」(ジャンル)>「K2感情」(分野)>「b喜」(領域)>「喜び」(語群)

のページを見てみます。

「語群」の筆頭項目の「喜び」(右上の網掛け)以下、「大喜び」「糠喜び」「空喜び」…と続いていきます。これらの語群の中から、自分の使いたいことばをピックアップします。

この中から「気を良くする」という表現が自分の作品にぴったりだと判断した場合、執筆中の小説の表現を以下のように変更することができます。

変更前:〇〇は喜んだ
変更後:〇〇は気を良くした

画像で表示しているのは、語群のほんの一部ですが「日本語地図」を謳っているだけあって非常に多くのことばが記載されています。『新明解類語辞典』は、必ずしも物語創作者向けの類語辞典というわけではありませんが、創作者にとっても間違いなく役立つ一冊です。

『感情ことば選び辞典』(Gakken)

次に『感情ことば選び辞典』(Gakken)を見てみましょう。

本書のまえがきの一部を抜粋します。

本書は、特に人間を描くのに役立つよう、感情や人物の特性を表現する語を集めた類語辞典です。キーワードとして「愛」から五十音順に約二〇〇語を選び、掲出しています。創作物で描く人々の人間模様、溢れ出さんばかりの感情を描くのに使える言葉を、漢字語を中心に収録しました。

まえがきには本書の特徴として、創作者向けであること、「感情や人物の特性を表現する語」を集めていること、そして「漢字語を中心」に収録していることが挙げられています。

巻末の索引から「喜ぶ」という言葉を引くと、このような記載になっています。

「有頂天」「歓喜」「喜悦」「狂喜」…、まえがきにもあるように基本的には「漢字語」が収録されています。また、参考項目として「カタカナ」「やわらか」「オノマトペ」が収録されています。

「喜ぶ」の場合であれば、

「カタカナ」:なし
「やわらか」:浮つく/悦に入る/笑壺に入る/小躍りする/心が弾む…など
「オノマトペ」:にんまり
※「カタカナ」の例(「弱い」に対して「ウィーク」「デメリット」など)

が掲載されています。

この中から「歓喜」ということばを選択した場合、執筆中の小説の表現は以下のようになります。

変更前:〇〇は喜んだ
変更後:〇〇は歓喜の声を上げた

収録されているのが基本的には「漢字語」なので、使い方によってはやや固い表現になってしまうかもしれませんが、語彙力を高めるのには大いに役立つ一冊です。何より、コンパクトで軽い、そして圧倒的に安い(本体価格630円)ので、創作者必携の一冊といえるでしょう。

『感情類語辞典[増補改訂版]』

最後に感情類語辞典[増補改訂版]』です。

先に紹介した2冊、『新明解類語辞典』と『感情ことば選び辞典』は、やや大雑把にいってしまうと、あることばを「よく似た別のことば」に置き換えるための辞典といえるでしょう(例えば「喜ぶ」を「気を良くする」、「歓喜」ということばに置き換える)

最後に紹介する『感情類語辞典[増補改訂版]』は、この2冊とはまったく違った目的のために作られている辞典です。

本書を読み解くキーワードは「見せろ、語るな(Show, don’t tell)です。

アメリカの創作界では、ハリウッド式脚本術のメソッドの影響が非常に大きく、アメリカで刊行されたこの『感情類語辞典[増補改訂版]』も例外ではありません。

では、この「見せろ、語るな」とはいったいどういう意味なのでしょうか。脚本術のベストセラーの中から抜粋します。

「語るな、見せろ」という金言は、もう耳にタコかもしれないが、感情のツボについて考えるときは、とても重要なことだ。感情を見せろ。キャラクターが感じていることをト書きや台詞で伝えてはいけない。例えば、「私は君に対して怒っているんだ」なんて語らせないように。行動として怒りを表すか(張り手)、説明的でない台詞で見せよう(「触らないで!」)。改稿のときに鼻につく台詞を洗い出し、能動的な行動かサブテクストに感情を忍ばせて、感情を見せるのだ。
――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方

ト書きやセリフで感情を伝えるのではなく(「語るな」)、アクションで伝える(「見せろ」)というのが、映画シナリオの大原則です。

映画シナリオの研究者であり、小説家でもある溝渕久美子さん@mizokumikoは「プロが選ぶオススメの物語創作指南書3冊」という記事の中で『感情類語辞典[増補改訂版]』を取り上げ次のように述べています。

この「見せろ、語るな」は、直接的で説明的な表現を避けるという点で、映画だけではなく様々なメディアでの創作活動に応用できることも多いのではないかと思います。また、後述するように、個別の描写は作品全体の構成にもかかわってくるという理由からも、物語にとって重要な要素だと考えられます。[…]

「悲しかった」「うれしかった」といった抽象的な感情も、映画シナリオのト書きにかいてもそのまま映像にはできない要素です。それらを映像よって伝えるためには、登場人物のアクション(俳優の演技)や台詞、身体反応による外見の変化を媒介しなければなりません。小説でも直接「悲しかった」「うれしかった」と書くよりも、こうした点に注意しながら描写していく必要があるのだろうなと思います。 

『感情類語辞典[増補改訂版]』では、様々な感情に合わせたその感情を描写していくための「外的なシグナル」「内的な感覚」「精神的な反応」「強度の、あるいは長期の感情を表すサイン」「隠れた感情を表すサイン」がそれぞれ多数列挙されています。例えば、「悲しみ」という項目では、それぞれ「泣きはらした顔や目」「胸が痛む」「独りになりたいと切望する」「食欲不振」「独りになるためにトイレに立つ、あるいは飲み物をとりに席を立つ」などです。

『感情類語辞典[増補改訂版]』は、(感情を表す)単語を別の単語に置き換えるのではなく・・・・・・・・・・・・・・・アクションに置き換える」ための辞典ということができます。

では、『感情類語辞典[増補改訂版]』の「喜ぶ(喜び)」の項目を見てみましょう。

感情を表すさまざまなワード(ここでは「喜び」)に対して、以下の6項目が掲載されています。

外的なシグナル
内的な感覚
精神的な反応
一時的に強く、または長期的に表われる反応
隠れた感情を表わすサイン
この感情を想起させる動詞

「外的なシグナル」の項目には、例えば

• 満面に微笑みが浮かぶ
• 表情が全体的に明るくなる
• 頭を少し横に傾ける
• 喜びに頬がほんのり赤くなる
• 照れくさそうに髪をなでる
• 顎を上げる
• 胸を張る
• 椅子に背をもたせかける
• オープンな姿勢を保つ(緊張していない、防御の姿勢をとらない)

などがあります。

この辞典には「感情をアクションで表現するとどうなるのだろう?」という疑問に対する答え(サンプル)が複数掲載されています。「外的なシグナル」以外の項目、例えば「内的な感覚」や「精神的な反応も」にも、基本的には人物の感情をいかにアクションや反応に置き換えるかという観点で書かれています。

例えば、本書の「外的なシグナル」の項目から「親指を立てる」を採用した場合、執筆中の小説の表現は以下のようになります。

変更前:〇〇は喜んだ
変更後:〇〇は親指を立てた

「喜ぶ」という単語を使わずに、「親指を立てる」というアクションでキャラクターの喜びの感情を表現することができました。

冒頭で『感情類語辞典[増補改訂版]』の最大の特徴は「物語創作に特化した類語辞典」であることだと述べました。本書は、物語創作の大原則のひとつ「見せろ、語るな(Show, don’t tell)の精神を体現しているからこそ、「物語創作に特化」した類語辞典だといえるのです。

まとめ

書名が似ているため「『感情類語辞典[増補改訂版]』と『感情ことば選び辞典』は中身も同じようなものだと思っている方も多いのではないでしょうか。しかし両者は、「キャラクターの感情を描く」のに役立つという点こそ同じですが、中身はまったく違う類語辞典なのです。

「どちらを買えばいいのだろう」と悩んでいる方は、本記事の解説を参考にしていただき、自分の目的にあった類語辞典をご購入しいただければと思います。
弊社刊行の『感情類語辞典[増補改訂版]』ももちろんオススメですが、『新明解類語辞典(三省堂)も『感情ことば選び辞典 ことば選び辞典(Gakken)も、ものすごく役に立つ辞典ですので、ぜひこちらもお買い求めください。


感情類語辞典[増補改訂版]』収録の項目

愛情/唖然/圧倒/あやふや/憐れみ/安堵/怒り/意気消沈/畏敬/いらだち/陰気/打ちのめされる/うぬぼれ/裏切られる/怖気づく/恐れ知らず/驚き/怯え/懐疑/懐古/確信/愕然/価値がある/価値がない/葛藤/悲しみ/感謝/感傷/感動/気がかり/危惧/疑心暗鬼/期待/気づかい/疑念/希望/きまり悪さ/共感/驚嘆/恐怖/拒絶/疑惑/緊張/苦痛/屈辱/屈服/苦悩/苦しみにもがく/軽蔑/激怒/決意/懸念/嫌悪/嫌疑が晴れる/謙虚/幻滅/後悔/好奇心/肯定/幸福/興奮/高揚感/孤独/混乱/罪悪感/自己嫌悪/自己憐憫/自信/自信喪失/自責/自尊心/嫉妬/失望/執拗/自暴自棄/弱体化/受容/衝撃/称賛/情欲/触発/心配/崇拝/脆弱/切なさ/切望/絶望/羨望/戦慄/多幸感/他人の不幸を喜ぶ/短気/つながり/同情/動揺/憎しみ/ネグレクト/熱心/根に持つ/敗北/恥/パニック/反感/反抗/ヒステリー/悲嘆/評価されない/不安/復讐/不信/不本意/不満/フラストレーション/平穏/防衛/ホームシック/満足/無関心/むら気/無力感/愉快/用心/欲望/喜び/落胆/立腹/旅行熱/冷笑/劣等感/狼狽


感情類語辞典[増補改訂版]
アンジェラ・アッカーマン、ベッカ・パグリッシ=著

ためし読み
『感情類語辞典[増補改訂版]』の刊行にあたって
感情のパワー

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