第1回の記事では、作家の阿部登龍さんと大戸又さん、そして本書の翻訳者である大久保ゆうさんに「ル゠グウィンはどのような作家なのか」「『文体の舵をとれ』はどのような指南書なのか」について語っていただきました。
第2回となる本記事では、『文体の舵をとれ』の最大の特徴である「合評会」の運営について、主に大戸又さんと阿部登龍さんに語っていただきます。合評会を主宰した経験をもつ大戸さんは、「『文体の舵をとれ』の合評会をやり終えたという話」という「文舵修了レポート」をウェブで公開しており、さまざまなナレッジをシェアしてくださっています。その「文舵修了レポート」をベースに、合評会「参加者」である阿部さんの感想も交えながら、合評会を運営するために必要なノウハウについてお話いただきます。
プロフィール
阿部登龍(あべ・とりゅう)
作家、獣医師。百合とドラゴンとSF、ファンタジーが好き。2023年、「竜と沈黙する銀河」で第14回創元SF短編賞を受賞(同作は『紙魚の手帖vol.12』に掲載)、他に「父のある静物」(Kaguya Planet)。同人では『竜の骸布』、「熊神たちの沃野」(『Neverland, Neighborhood』)など。今年8月には『紙魚の手帖vol.18』にて、受賞後第一作「狼を装う」を発表予定。大戸又(おおと・また)
会社員、アンソロジスト(野生)。SF/ファンタジーを主軸に、テーマアンソロジーを定期刊行するサークル「サ!脳連接派」主宰。既刊で取り上げたテーマは「ドラゴンカーセックス」「都市」「サイバーパンク」「アーバンファンタジー」など。今年の冬コミでは全作オリジナルのハイファンタジー中編を集めたアンソロジーを刊行予定。
大久保ゆう(おおくぼ・ゆう)
翻訳家。幻想・怪奇・探偵ジャンルのオーディオブックや書籍のほか、絵画技法書や映画・アートなど文化史関連書の翻訳も手がけ、芸術総合誌『ユリイカ』(青土社)にも幻想文芸関連の寄稿がある。代表的な訳業として、アーシュラ・K・ル゠グウィン『文体の舵をとれ──ル゠グウィンの小説教室』(フィルムアート社)、『現想と幻実──ル゠グウィン短篇選集』(共訳・青土社)がある。
――ここでは『文体の舵をとれ』を使った「合評会」運営について大戸又さんと阿部登龍さんにお聞きしたいと思います。合評会を「主宰」したのが大戸さん、そしてその合評会に「参加」したのが阿部さんという理解でよいでしょうか。
大戸又(以下、大戸):そうです。
阿部登龍(以下、阿部):大戸さん主宰の合評会はこれまでに二回行われていて、僕は「第二期」の合評会に参加しました。
――では、まず大戸さんにお聞きしたいと思います。合評会を自ら主宰しようと思った理由は何なのでしょうか。他の人が主宰する合評会に参加するという選択肢もあったのではないかと思うのですが。
大戸:刊行間もないころに「文舵」を購入し、それを読み終えたのがだいたい刊行から二週間後くらいだったのですが、その頃にはまだ「文舵」の合評会が開催される気配がまったくありませんでした。
さきほど(第1回目の記事参照)クラリオンワークショップについてのお話がありましたが、創作に関するワークショップが存在するということは自分も知っていましたし、ゲンロンSF創作講座も話題になっていたのですが、「文舵」の合評会は大きな組織が主宰しなくても、個人レベルでも運営できそうな(ある意味で修行のような)規模感だと感じていました。また、ル゠グウィン先生が読者に向けて「自分たちで場を作って実行しなさい」とメッセージを送っているようにも思えたので、だったら自分でやってみようと。そういう感じでした。
阿部:大戸さんは、同人アンソロジーの主宰もされているのですが、こういう場面でためらいがないんですよね(笑)。速度感がすごい。パッと人に声をかけるのはなかなか難しいと思うのですが、そういう意味で、主宰向きの方なのかなと。
大戸:それはあるかもしれません(笑)。
――合評会をはじめるにあたって最初にすることは人集めだと思いますが、どのような手段で人を集めたのでしょうか。
大戸:方法としてはTwitter(当時)ですね。『文体の舵をとれ』発売直後、自分のまわりでは大ベストセラーというぐらい皆さん読んでいて、「「文舵」おもしろくね?」みたいな呟きを観測していました。そこでこれだけ周りに読んでる人がいるなら、本に書いてある合評会をやってみたい人もいるかなと思い、軽い気持ちで募集を掛けました。
――まったく知らない人に声をかけたということもあったのでしょうか。
大戸:特定の方に声を掛けたわけではなくて、相互の方限定でやりたい方いますか?と募集しました。「文舵」の合評会の説明を読んで、参加者全員の心理的安全性の確保が重要そうだと考えたので、自分が人柄を知っている方に限定するという意味で「相互フォローの方のみ」で募集しました。
――『文体の舵をとれ』には巻末に「付録:合評会の運営」という章があり、合評会の運営に関するル゠グウィンなりの見解や方法論が述べられています。そこでも「大事なのは、適切な集団、つまり自分が信頼できる人たちを見つけることだ。」「お互いへの尊重と信頼が、合評会には絶対に必須なのである。」と書いてありますね。
大戸:参加者を「公募」で集めた場合、どんな人が来るか分かりません。「はじめて書きます」みたいな初心者と、長年書いている方が同じ場に参加する可能性があります。そうすると、執筆経験の差から心理的安全性が失われて、一方的な論評になってしまう可能性もあると思います。でもそれはル゠グウィン先生が理想とする合評会ではないはずです。なので、最初から「場を整える」ということを意識していて「誰でも参加OKです」という形にはしなかったです。あくまで人柄を知っている人を呼ぶ、という発想でした。
――参加者が決まったら、次に「どこにどう集まるか」を決める必要がありますね。『文体の舵をとれ』ではオンラインの合評会について「大きな意義を持ちうる」という言及があるものの、具体的にどういうサービスやツールを使って運営するのかまでは書いてくれていません。
大戸:自分の場合は、Discord(ディスコード)というコミュニケーションサービスを使いました。Discordでは「サーバー」というコミュニティ空間を自分で作ったり、誰かが作ったサーバーに参加したりして、複数のユーザーとテキストチャットやボイスチャットができます。自分はTwitterで反応してくれた人に対して、DMでDiscordのサーバー(通称「文舵サーバー」)を案内しました。テキストやファイルのやりとりが容易ですし、投稿したテキストも長期間残るので合評会には適したサービスだと思います。
――参加人数はどのくらいだったのでしょうか。『文体の舵をとれ』には「合評会の参加者は、おそらく六、七名から十、十一名くらいまでが最適人数だろう。」と書かれています。
大戸:第一回目の合評会のときは十三人で始めました。合評会はどうしても負荷の掛かる活動になってしまうので、回を重ねるごとに参加者の方は減っていきましたがこれはしょうがないと思っています。どうしても仕事やプライベートとの兼ね合いになってしまうからです。最終回付近では六、七人ぐらいになっていたと思いますが、何人が途中離脱してしまうかは事前に想定するのは難しいです。
ただ、十人は超えないほうがよいと思います。合評会では一人が提出した作品に対して、残りの参加者全員がそれぞれ評していくわけですが、参加者が多いと「人数×〇分」という形でとても時間が掛かります。また、順番が後のほうになった人は「言おうと思ったことを先に言われてしまった」状態が発生し、短い感想しか出せない、みたいなことが起こり得ます。これは言うほうも言われるほうも勿体ないというか損ですよね。だから人数は多すぎないほうがよいと思います。
もしかすると時間に余裕があれば十人を超えても問題ないかもしれないですが、一般的には六、七人ぐらいが適切かなと思います。コメントするためにずっと頭を使うことになるので単純にすごく疲れます。合評会の終盤はヘロヘロになってます、体力的な意味でも人数はほどほどが良いと思います(笑)。
――合評会の開催頻度についてはどのくらいに設定しましたか? 『文体の舵をとれ』では「例会を月一回として、事前に会合の日程を決める集まりがほとんどだ。」とあります。
大戸:二週間に一度ですね。課題をこなす時間をちゃんと取ろうと思うと、一週間スパンだと相当キツいと思います。実際やってみた経験から言うと、フルタイムで働いていて執筆時間が限られている方々が集まった合評会の場合は、二週間に一度というのが最小単位ではないかなと思います。
阿部:合評会の前には、他の方の実作に目を通す時間も必要です。なので締切が合評会の二、三日前だとすると、執筆に使えるのは実質十日くらいで、うち土日は多くても四日間しかない。八百字、課題によっては二千字程度の実作を書かなければならないので、これはなかなかきついです。とはいえ長く空けても結局ダレてしまうので、このくらいのペースが丁度いいのかなと。
――大戸さんの合評会は何曜日の何時に開催していましたか? 終了までの所要時間も教えていただけると。
大戸:金曜日の夜九時開始でした。二時間で終わるということはまずありません。平均で三時間程度はかかっていたと思います。合評会の様子はすべて録音して音声データとしてログにしているのですが、ファイルサイズもめちゃくちゃ大きくなりました(笑)。
阿部:少し話がずれますが、音声を録音するのは良かったですね。僕の場合は、後から必ず聞き返していました。記憶だけに頼るとどうしても抜けが出ますし、メモを取ることに集中しているとリアルタイムのレスポンスができなくなってしまうので。合評会では、他の方の作品を評することによる気づきも非常に多いのですが、そうした偶然の発見はメモには残しにくいですし、全部録音して後から聞き返すというのは良い方法だと感じました。最初は自分の声を聞くのがすごく苦手だったんですけど、もう慣れちゃいましたね。
大戸:そうですよね、自分も同じです(笑)。開催頻度を改めて整理すると、隔週で金曜日の夜九時から、だいたい三時間程度、終了時間が深夜〇時とか遅くても〇時半くらいですね。午前一時までやったことはなかったと思います。六、七人でやって、これぐらいの時間だったので、人数が多いともっと掛かると思います。
自分たちの場合は、合評会がおわったあとそのまま二次会に流れ込むことが多かったです。課題に対する感想をシェアしたり近況報告したり、オフ会みたいな感じで交流していました。二次会も楽しかったですね(笑)。
阿部:一番ひどかったときは、朝の五時とか六時まで喋っていましたよね(笑)。それがきっかけで、大戸さんと僕と合評会参加者の坂永雄一さん(@SeleniumGhosts)と三人で、奇想同居アンソロジー『何と暮らして?』という同人誌を出したりしました。
――参加者のジェンダーバランスについてはいかがでしょう。
大戸:公募ではないので特に意識はしてなかったのですが、第一期は女性のほうが多くて、第二期は男性のほうが多かったです。ちなみにDiscordでは音声のみでやりとりするので、顔出しなどはまったくなしです。
――合評会の2日前までに課題を提出するということでしたが、参加者は具体的にはどのような形で提出することになるのでしょうか。大戸さんの「文舵修了レポート」には次のようなことが書かれていました。
・実作の提出形式はテキストファイル(.txt)でお願いします
・ファイルのアップロード先は #第四章-繰り返し表現 です
・ファイル名には投稿者の名前を含めるようにお願いします(例:name_chapter4.txt)
大戸:当時、自分はMacを使っていたのですが、Windowsユーザーの方が提出したWordのファイルがMacではうまく開けないことがあったので、プレーンなテキストファイルで提出するようにお願いしました。ファイルを見る人のストレスをなるべく軽減するという意味でファイル形式は統一したほうが良いかと思います。
――ファイル形式、そしてファイル名を整えたうえで、Discord上の所定の場所にファイルを貼るということですね。
※Discordの通称「文舵サーバー」スクリーンショット
合評会の本番までに参加者がやっておくべきことはありますか。
大戸:提出された実作を読んで、何を言おうかメモしておく人もいます。自分は事前に読んで、頭の中で「こういうことが言えそうだな」と考えておくようにしていました。効率を考えると、本番前に言いたいことをテキストにして貼っておく(全員にシェアしておく)という方法もアリな気はしますが、自分は口頭で言われた方が気持ちいいなと思うタイプです(笑)。
――次はいよいよ合評会本番ですね。進行役として場の空気を作ったり、時間をコントロールしたりなど、いろいろなところに気を使わなければなりません。合評会の運営には主宰の人の力量がかなり問われるのではないかと思うのですが、どのようなことを心掛けていましたか。
大戸:タイムキープは必須ですね。自分はスマホアプリでDiscordに参加していたのですが、サブのスマホのタイマーで時間をカウントしていました。例えば参加者が六名だとすると、Aさんが提出した課題に対して残りの五名がそれぞれ二~三分ずつコメントする(書いた本人であるAさんは黙っておきます)。だいたい一回で十二~十三分かかることになります。同じことがBさんの課題、Cさんの課題、Dさんの課題…と六人分続くことになるので、時間をしっかりとキープしておかないと、とんでもなく時間がかかることになってしまいます。
回によっては「今日は人数少ないので時間多めに取りましょう」とか「今日は人数多いので短めでいきましょう」という感じで調整したときもありました。そのあたりの時間のコントロールは大事だと思います。
――「対面の集まりで、論評に先だって各原稿を数ページ声に出して読み上げることにグループ全員が賛成できるのなら、ぜひともやってほしい。」と『文体の舵をとれ』には書かれていますが、提出した課題を自ら音読するということはありましたか?
大戸:いえ、朗読や音読はほとんどやってないですね。「対面の集まりで」と書いてあるように、おそらくル゠グウィンは場を温めるということも考えて音読を勧めているんじゃないかと思います。全員が音読というパフォーマンスをすることでグループの一体感が醸成されたり、話しやすくなったりするのかな、と。
――参加者は提出された他の人の原稿に対してコメントをする必要があります。「細かい指摘、綴りや文法の修正、ささいな疑問点は、原稿へじかに書き込んでおくのがいちばんいい」と『文体の舵をとれ』には書いてあります。オンライン上で合評をする場合、コメントを書き込んで相手に渡すということが物理的にできません。どのようにコメントをするのか、そしてコメントをどのように残すのか、というあたりについて教えてください。
大戸:参加人数にもよりますが、効率よく進めないとどうしても時間がかかってしまうので、テキストよりも会話で進めていく方が基本的には良いんじゃないかと思います。
阿部:あとは、テキストベースで原稿にコメントすると、どうしても細かいニュアンスが伝わらないのもあると思います。褒める場合はともかく、「ここはどうなんでしょう」みたいな朱入れ的な指摘の場合は、口頭で伝えたほうがよいのではないでしょうか。テキストだけだと、そのつもりがなくても、冷たい印象を受けてしまうことがあると思うので。
「文舵」の中にも「批評は悪いところに焦点を当てがちである」とあるように、やっぱり粗探しのほうが簡単なんですよね。でも全員が互いにリスペクトをもって、まずは原稿の良いところを見ていくのが大事だと思います。これは相手を傷つけるとか、会の雰囲気が悪くなるとかもありますが、他の人の原稿の良い点を見つけられれば、それを取り入れて自分の原稿も良くできるからです。上手い描写のテクニックについて、「今度これ自作でパクリます」という発言もよくありました(笑)。
実際の合評会では、参加者の実力がある程度揃っていたということもあり、他人の原稿にケチをつけるようなことはなかったんですが、褒めるにせよ指摘するにせよ、口頭(音声)でやっていくのがよいかなと。
僕はこの合評会に参加するまでは、ネットで知り合った方たちと(音声で)会話するという経験がほぼなかったので、三回目くらいまでは毎回、お酒を飲んでから臨んでました(笑)。ものすごく緊張していたんです。
大戸:そうだったんですか(笑)。知らなかったです。
――コメントをする際に阿部さんが気を付けていたことや意識していたことはありますか。『文体の舵をとれ』には合評会の「マナー」として次のように書かれています。
マナー
論評の際には毎回
・簡潔に
・誰からの横やりもなく
・作品の重要な点に関することに限って(ささいな間違いの指摘は原稿への書き込みで済ませて)
・人格攻撃しないこと。(勝手に作者の性格や意図をわかったつもりになるのは、まったくの見当違いだ。話し合いの対象となるのは書き手でなく文章である。その作品が自伝でも。「あなたは」ではなく「語り手は」と言おう)
阿部:たとえば、最初の課題「〈練習問題①〉 文はうきうきと」については、音読するようにという指示だったので、実際にみなさんの作品を口に出して読んでみました。音読を意識するという課題なので当然ですが、音読によって気づくことが色々あります。「S」の音が印象に残るとか、「つ」や「て」、撥音(「っ」)がリズムを作っている感じがするとか、そういう自分なりの、できるだけ具体的な気づきを毎回コメントできるように意識しました。
基本的には進行役の大戸さんが口火を切ってくれて、「他に何かありますか」という感じで振ってくださいます。前の方のコメントに対して「僕もそれは思いました」とか「そこに少し関係するのですが、僕はこういう気づきがありました」のように進むイメージです。
参加者の中には、誰かの話を遮って話し出すような人はいなかったので、コメントしている人が終わりそうなタイミングで、次の人がコメントをはじめるという流れでした。
大戸:まあ、ぶっちゃけコミュニケーションにクセがある人が来なかったのが一番大きな理由だと思います(笑)。公募にするとそのあたりのコントロールが難しくなってしまうので、自分はあまりオススメしていません。
――合評会の「マナー」やふるまいについてさらにお聞きします。大戸さんは「文舵修了レポート」で「#合評会の掟」についてご自身の考えをまとめられています。そのレポートで〈評者編〉の掟として「⑧他人の発言を復唱しない。」という項目があります。これはどういう意図なのでしょうか。
大戸:まず補足からになるのですが、「#合評会の掟」は第一回目の合評会に参加いただいた千葉集さん(@uraq_)がまとめられたもので、千葉さんはご自身の合評会とうちの合評会の両方に参加されていました。そこで使っていた「#合評会の掟」をこちらでも使わせてもらった形です。千葉さんも文舵修了レポート記事を書かれているので、併せて読むと合評会をやるときのイメージが湧くと思います。
「⑧他人の発言を復唱しない。」については、例えば六人参加者がいて、課題提出者以外の五名が何らかのコメントをするわけですが、仮に先にコメントした人の意見と自分が同じ感想を持っていたとしても、それは言ってはいけないというルールです。阿部登龍さんは、名前のとおり龍がものすごくお好きなのですが、誰かが「龍の登場するあの部分がよかった」とコメントしたとします。その次の人がまた同じようなコメントをしてしまうと、本来なら五人分のコメントをもらえるはずだったのに、四人分のコメントになってしまいますよね。それは単純にもったいないと思うんです。
「文舵」はスパルタ的だという話(第1回目の記事参照)がありましたが、合評の課題自体がスパルタであるのと同時に、評者も良いコメント、的確なコメントをひねり出す必要があるので二重の意味でスパルタです。自分が上手いと思うものを書くのがまず一点、そして他の人が書いたものを上手く評価するというのがもう一点。これをやり続けるのがル゠グウィンのいう「合評会」だと思います。だからこそ、実力がある程度整っている必要があるんだと思います。
――『文体の舵をとれ』には、評者が守るべきルールとして「その物語について、あの文学作品や映画を思い出すよね、などと口に出してはいけない。そのテクストをひとつのものとして尊重しよう」とあります。大戸さんの「#合評会の掟」では「⑬アナロジーで語ってはならない。『○○に似てる、△△を思い出した』などと言ってはいけない。」という表現になっています。このあたりは実際やってみていかがでしたか。
大戸:これは完全に禁止できるかというと少し難しくて、ルールとしては一番破っていたものになると思います。例えば、第二期の合評会で弓道少女の百合作品を書いてくれた方がいるんですが、その際に「現行では市場にこういう百合小説あるよね」とか「弓道と百合の組み合わせは珍しい切り口かも」みたいな話をどうしてもしてしまうんですよね。ただ、それで終わりにするのではなく「こういうところが新しい」とか「この人らしい観点がある」という話に繋げていくことが大事だと思います。
阿部:アナロジーで語らないというのは、自分の言葉で具体的に話しなさい、ということだと受け止めています。自分の課題を深めるためにも、既存の作品になぞらえるのではなく自分の内側から言葉を探してきなさい、ということかなと。「〇〇に似ている」「△△を思い出した」というコメントは、結構簡単に言えてしまいますし、一見意見を述べているようでありながら、結局は感想でしかないわけで、それではやっぱりダメだということじゃないかと思います。
特にわれわれのようなオタクにとっては、「あれを思い出した」というケースはものすごく多いわけですが、それを封じられたときに自分の言葉として何をひねり出すのか、ということが試されているんだと思います。だからそういう意味でも「文舵」はスパルタだと思うんです。
――これまで論評する側のルールについてお聞きしましたが、今度は論評される側のルールについてお聞きしたいと思います。『文体の舵をとれ』には、「沈黙のルール」として「会合の前も最中も、合評の対象となる物語の作者は、沈黙すること。作者として、前もって説明や言い訳をするのもなしだ。」とあります。この沈黙のルールについては「必須であり、時としてこの手続きに不可欠な唯一の要素」であるとも述べています。
大戸:はい、その通りです。論評が始まったら、評価を受ける人はDiscord上で音声をミュートにして完全に黙ります。「ミュートにしますので、皆さんお願いします」という感じで、評者全員がコメントし終えるまではミュートのままです。全員の論評が終わったらミュートを解除して戻ってきてもらいます。戻ってきた作者はまず最初に「ありがとうございました」と論評についてお礼を言います。皆で時間を合わせて実施している活動なので、一緒にやっている方へのリスペクトも込めるのはとても大事だと思います。それから「みなさんがこういう風に読まれたここは、こういう意図があってこういう風に書いたつもりでした」みたいなことをコメントします。
阿部:まず評者のパートがあって、そのコメントを受けて作者が返答するパートがあるという流れですね。
――『文体の舵をとれ』には「作者としては自作が批評されると、どうしても弁解しようと、ムッとして言い訳や口答え、反論がしたくなるものだ」とありますが、実際にはこのような作者が指摘に対して弁解するような場面は発生しましたか。
大戸:まず前提として、弁解や言い訳をするような指摘自体がなかったです。ただ、読み方や捉え方を説明するということはありました。読み方は読者に委ねられているので、「ここは✕✕という意味で書かれたものなのか、意図を作者に聞きたいですね」とか「自分はここを◯◯という意味で捉えたが、皆さんはどう捉えましたか」というような論評は確かにありました。一意に定まらない解釈について説明を求められる感じです。作者自身は全員がコメントし終わるまではミュートになっていますので、その時点では口に出すことができず、コメント返しのターンで「実はこういう意図だったんだ」と説明するということはありました。
阿部:合評会をやって分かったことは、読む側と読まれる側にはズレがあるということです。でもそのズレこそがいちばん勉強になるんですよね。こう読んでほしいという想定がその通りに伝わらなかった、ということが確認できると「じゃあ次はこうしようか」という改善につなげられます。読む側も、作者のコメントという補助線を引いてもらえば、「こういう意味や意図があったのか」と別の視点に気づけます。だからこそ、ズレに気づいたときはものすごく勉強になります。
こう言ってしまうと身も蓋もないのですが、自分の意図しない読まれ方をしたときに、それを肯定的に捉えるか、あるいは攻撃された・否定されたと考えるのか、という受け止め方が大事なのかもしれません。自分の作品が意図しない読み方をされてしまったら誰しも何か弁解めいたことをしたくなるのは分かるのですが、そこをグッと抑えようよ、というのも「文舵」が伝えたいことなのかなと思います。弁解をしたところでプラスにはならないので。
あとはDiscordの機能で自分の声をミュートにできるので、それはオンラインで合評会をやることのメリットのひとつだと思います。僕は他の人が自分の作品にコメントしているときは恥ずかしくて、ミュート状態にして部屋の中を歩き回っていました(笑)。
大戸:Discordでは各ユーザーに付与する権限を設定できるのですが、サーバーを作成したユーザーが一番強い権限を持っていて、必要であれば強制的にミュートさせたり、通話から退出させることができます。うちではそういった事態は発生しませんでしたが、仮に公募で合評会をやる場合は、こういった機能があるということも覚えておくとよいかもしれません。
阿部:作者が読者から直接感想をもらえる機会はめったにないですが、読み手の立場からも、書いた人に「どうやって書いたか」「どんなつもりで書いたか」を聞ける機会は中々ないはずです。その意味でも、評者ターンのあとに作者ターンがあって、そこでコメントをもらえるのは勉強になると思います。
――合評会が無事終わったら、主宰にはどのような仕事が待っているのでしょうか。
大戸:まずは合評会の録音データを全員に共有します。これはレポートにも書きましたが通話録音には「craig」というDiscordのボイスチャット録音botを利用しています。二~三時間分の音声データを処理するのにそこそこ時間が掛かるので、翌日に参加者にデータを共有していました。「firestorage」などのオンラインストレージに音声データをアップして、データのダウンロードリンクをDiscord上に用意した音声ログ置き場に案内するという流れです。
日程については、合評会が終わったらすぐに次回の日程のお知らせをするようにしていました。
お知らせ文のサンプル(大戸又さんの「文舵修了レポート」より転載)
第*回合評会のお知らせです。各位ご一読のうえ、スケジュール調整のほどよろしくお願いします。
日付:20**/**/* *曜日 **:00~
実作対象:#第四章-繰り返し表現 <練習問題④>
ルール・依頼事項:
・実作の長さは問一300字程度、問二700〜2000字程度
・合評会の時間を圧縮するため、アップロードされた実作を事前に読み、合評メモの作成をお願いします。
・上記事由により実作の提出期限は*/** 23:59までとします。
・上記補足:合評会当日まで実作のアップロードを受け付けますが、当日できるコメントも少なくなるものとお考えください
・実作の提出形式はテキストファイル(.txt)でお願いします
・ファイルのアップロード先は #第四章-繰り返し表現 です
・ファイル名には投稿者の名前を含めるようにお願いします(例:name_chapter4.txt)
・#合評会の掟 の内容を合評会参加前に必ずご一読ください(円滑かつ有意義な会とするためです)
――大戸さんや阿部さんのように合評会(全10回)を最後まで完走できた人と途中でやめてしまった人がいると思います。「継続できる/できない」の差はどこにあると思いますか。
※「文舵」は全十章ですが、大戸又さん主宰の合評会では各章の課題を一回で終了できないことがあったため、第一期、第二期ともに全十六回行っています(第一章~第六章、第十章は一回、第七章は三回、第八章は二回、第九章は四回と課題内容的に数回に分割して開催)。
大戸:継続できる/できないは、プライベートの忙しさに依存すると思います。あとは普段から書くことが習慣化しているか、でしょうか。登龍さんは合評会に参加されているタイミングで「第14回 創元SF短編賞」を受賞しデビューされたので、自分は登龍さんがプロになった瞬間を一番身近で目撃している一人なわけですが、登龍さんの合評会への取り組み方を見ていると「普段から小説を書いている人なんだな」「だからプロになれたんだな」と強く感じました。登龍さんは参加者の誰よりも先に課題を提出するんですよ。それができるという時点で、普段の生活の中に執筆という行為がなじんでいるんだと思うんです。「この人は欠席したり途中でやめたりすることはないだろうな」と思いました。
阿部:仕事の拘束がそれほどきつくないとか、環境面で執筆時間が確保しやすいとかの理由もあります。あとは当たり前ですが「締切を守ろう」という意識ですね。作品のクオリティについては、すぐには改善できない面もありますが、僕の場合、締切を守ることは努力でなんとかできるので。最終的には皆勤かつ締切を一度も破らずに合評会を完走できました。それが今の自信にもつながっていると思います。
一度欠席するとどうしても他の人に申し訳なくなってしまい、参加しづらくなるということはありますよね。なのでスパルタそのものですが、継続するためには毎回ちゃんと課題を提出して、参加することしかないと思います。回が進むうちにみなさんから、「この人は欠席しないだろう」「締切に間に合わせるだろう」と思われていることを自分でも分かっていましたし、それがいい意味でのプレッシャーになって続けられたところはあります。
とはいえ、どうしても全員の都合がつかなくて日程を再調整したことはありましたし、年末年始はカレンダー通りお休みを取りました(笑)。僕はその間に第14回創元SF短編賞の応募原稿を書いていました。
――『文体の舵をとれ』で特に役に立ったという箇所や練習問題があれば教えてください。
阿部:三つあります。まず、一番難しくも役に立ったのは「〈練習問題⑨〉 問二: 赤の他人になりきる」でした。
自分とは相容れない考え方や感情を持つ人になりきって書く、という課題です。しかも露悪的に描写してはいけない。いかにも嫌な奴を書いて「こいつ嫌な奴だよね~」みたいな書き方をするのは無し、ということでかなり難しかったです。自分とは全然違う人の気持ちになって書いてみるのは、技術的にもそうですが、精神的な負荷も大きかったです。
これはSFやファンタジージャンル好きに特有なのですが、「赤の他人」として異星人やロボットを出すのはやめよう、というルールを、大戸さんからの提案で全員共通の縛りとして設けました。それは課題のハードルを下げてしまう気がするし、むしろ書くのが楽しくなってしまうので(笑)。
楽しかった練習問題は「〈練習問題⑨〉の追加問題1:幻想のダマ」です。
これはル゠グウィン先生が出してくれたお題(設定)を使って作品を書いてみよう、というものです。要するに二次創作ですね。これをどう処理して、どう自分なりのお話にするのかというのはすごく楽しかったです。ファンタジーやSF好きにとっては特に楽しい課題ではないでしょうか。なんといっても課題として出された設定がよくできているんですよ。分量も課題としてちょうどいい。全部詰め込もうとするときつい量だけど、しっかり隙間は空いていて、書き手の想像を呼び起こすような仕掛けがちゃんとあるんです。さすがでした。
そして「文舵」で一番勉強になったのは、「第7章 視点(POV)と語りの声」ですね。おそらく読んだ人全員が同じ意見だと思うのですが、小説における視点の解説でこれ以上によくできたものは見たことがないです。
大戸:まったく同感です。
阿部:この章の最大の強みは、ル゠グウィン先生の書いた実例がめちゃくちゃ面白いし、分かりやすいということです。小説を書きたい、書いているという人であれば、この章だけでも絶対に読んだほうが良いです。
大戸:特に役に立ったという箇所や練習問題は、自分も登龍さんと同じで「第7章 視点(POV)と語りの声」ですね。おそらく本書のハイライトだと思います。この章を読んで、語りと声(ヴォイス)という概念を学びました。同じ内容の物語をル゠グウィンが「一人称」「三人称限定視点」「潜入型の作者(〈全知の作者〉)」などいろんな人称で書き分けてくれていて、その実例がものすごく勉強になります。ここは何度も読み直しています。
語りとか声(ヴォイス)と言われているものの大部分はこの第7章にあるんですが、こんなに明確に語りとか声(ヴォイス)について教えてくれる本ってほとんどないんじゃないかと思っています。それくらい衝撃的でした。
大久保ゆう(以下、大久保):翻訳者の立場からも少し補足しますね。この章に関してル゠グウィンがものすごく書き分けに気を使っているのは、視点によって使える表現や単語がかなり制限されてくるからなんですね。それでいて、それぞれのPOVの特徴がはっきりわかりやすい形で例文が書かれているというのは本当に見事なことだと思います。
ただ翻訳する際にはそれがハードルでもありました。ル゠グウィンはもちろん英語で「このPOVであればこの表現は使えないな」と自分自身を縛って書いています。しかし訳す際には、ル゠グウィンが同じ英単語を使っていても、翻訳文になるとPOV次第で同じ訳語が使えないなという点もさらに出てくる。なので翻訳には何重にも気を使いました。訳文でもル゠グウィンが意図した縛りから離れないようにしたつもりです。
そういう意味では翻訳者である私も課題を出されている気分になりました。やっぱり「文舵」はスパルタなんですよね(笑)。
――『文体の舵をとれ』という一冊の本をきっかけに、SNS上で多くの方が作品を投稿し、そして実際に作家有志による合評会が開催され、阿部さんのようにプロとしてデビューする方も出てきました。本書の翻訳者でもあり企画者でもあった大久保さんからまとめのひとことをいただいてもよいでしょうか。
大久保:私個人として、この本を通じてル゠グウィンの「励まし」をみなさんに伝えたいという思いがありました。それは簡単に表現すると「Just do it(とにかくやる)」ということになるのですが、その「Do it」を長く続けるということに対して、ル゠グウィンが厳しくも優しい視線を向けているということが分かる、そう思える箇所がこの一冊のなかにたくさんあるんですね。
もちろん「文舵」はプロを目指す方向きの本ではあるんですが、ル゠グウィン本人は「趣味として書くこと」を絶対に拒否しないんですよ。趣味として書いてもいい。そして趣味として書けるのならば生活をしながら書き続けられるということでもある。そういう風になれると幸せだよね、という思想を感じられるんです。
大戸さんや阿部さんが実践されたように、合評会はそれぞれの参加者のみなさんの生活の中で行われるものです。合評会を続けることで執筆のリズムができていく。そしてその体感が一度できてしまえば、みんなずっとその生活のリズムで執筆も続けていけるよね、という考え方が裏にはあるんだろうなというのを実感しています。
ル゠グウィン自身も主婦としての一面があり、なかなか筆が取れないときもあったそうです。それでもやっぱり作家として書き続けるにはどうすればよいか。それを教えてくれている本でもあると思います。大戸さんと阿部さんのお二人を見て、合評会を通じて執筆が生活のリズムとして身についていることがわかり、訳者としても感無量です。
――みなさん、本日は長時間にわたりお話をおきかせいただきありがとうございました。この記事を読まれたみなさんもぜひ『文体の舵をとれ』を読んで合評会を実践してみてください。
購入する
文体の舵をとれ
ル=グウィンの小説教室
アーシュラ・K・ル=グウィン=著
技巧(クラフト)が芸術(アート)を可能にする
『ゲド戦記』『闇の左手』のアーシュラ・K・ル=グウィンによる小説家のための手引き書
ハイファンタジーの傑作『ゲド戦記』や両性具有の世界を描いたフェミニズムSF『闇の左手』などの名作を生み出し、文学史にその名を刻んだアーシュラ・K・ル=グウィン。本書は、ル=グウィンが「自作の執筆に励んでいる人たち」に向けて、小説執筆の技巧(クラフト)を簡潔にまとめた手引書です。
音、リズム、文法、構文、品詞(特に動詞、副詞、形容詞)、視点など、ライティングの基本的なトピックを全10 章で分かりやすく解説。各章には、ジェイン・オースティンやヴァージニア・ウルフ、マーク・トウェイン、チャールズ・ディケンズなど偉大な作家が生み出した名文が〈実例〉として収録され、ル=グウィン自身がウィットに富んだ〈解説〉を加えています。また章末に収録されている〈練習問題〉を活用することで、物語のコツと様式について、自らの認識をはっきりと強固にすることが可能になります。
ためし読み
第5章 形容詞と副詞
訳者解説