小説の書き方を指南する本は数多く出版されていますが、世界的に有名なベストセラー作家が書いた指南書は多くはありません。
今回は、
アーシュラ・K・ル=グウィン(代表作:『ゲド戦記』『闇の左手』)
カート・ヴォネガット(代表作:『スローターハウス5』『タイタンの妖女』)
パトリシア・ハイスミス(代表作:『太陽がいっぱい』『見知らぬ乗客』『キャロル』)
という、世界中にその名を知られる偉大な3名の小説家が書いた創作指南書の中から未来の小説家に向けたアドバイスをいくつか紹介したいと思います。
他にも、スティーヴン・キング著『書くことについて』(小学館文庫)やディーン・R. クーンツ著『ベストセラー小説の書き方』(朝日文庫)など、世界的ベストセラー作家の指南書が邦訳されていますので、ぜひ手に取ってみてください。
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文体の舵をとれ
ル=グウィンの小説教室
アーシュラ・K・ル=グウィン=著
技術が身につくとは、やり方がわかるということだ。執筆技術があってこそ、書きたいことが自由自在に書ける。また、書きたいことが自分に見えてくる。 技巧が芸術を可能にするのだ。
芸術には運もある。それから資質もある。自分の手では得られないものだ。ただし技術なら学べるし、身につけられる。学べば自分の資質に合う技術が身につけられる。
ここでわたしは、自己表現としての執筆や、 癒やしや自分探しとしての執筆を論じようとしているのではない。そういうこともありえるとは思うが、まずもって(そして最終的にも)執筆とは、 技芸であり技巧 であり、物作りなのだ。だからこそ、その行為自体が楽しみとなる。
――本書「はじめに」より
児童たちにわかりやすい文を書かせようとする教師も、〈無色透明〉な文体という持論で書かせようとする文章教本も、自作の突飛なルールや固定観念で書かせようとする記者も、バンバシッという乱闘好きのサスペンス作家も――どいつもこいつも、短い文だけがいい文章なのだという思い込みを、おおぜいの人の頭に詰め込む後押しばかりしてくる。 [……]
文の長さに最適はない。変化に富むのが最適だ。いい文体において文の長さは、前後の文との対比や相互作用(と言わんとすること、やろうとすること)から決まってくる。
――本書「第3章 文の長さと複雑な構文」より
形容詞と副詞は種類も豊富で、よき滋養になる。色彩・生気・迫力などを添えるものだ。とはいえ、不用意な利用や過度の使用があると、やはり文章が肥大化してしまう。
副詞の示す性質が、動詞そのものに組み込めるのなら(素速く走る→疾走する)、あるいは形容詞の示す性質が名詞そのものに入れられるのなら(獰猛な叫び→咆哮)、散文はすっきり凝縮されてはっきりした表現となる。
人と話すときにはトゲトゲしい言い方は控えなさいと教わった書き手は、限定詞(〈まあまあ〉〈ちょっと〉など係る語を和らげたり弱めたりする形容詞・副詞)を使いがちだ。口に出すぶんにはいいだろう。ただし書き言葉の場合、そんなものは血を吸うダニだ。即刻つまみ出すべきである。わたしが個人的に悩まされているダニは、〈一種〉〈ある種〉〈まさに〉――そして毎度毎度の〈とても〉だ。ちょっと自分の文章をまさに一種見てみて、まさにちょっと一種の使い過ぎみたいな何かとても愛用の限定詞が入っていないか確かめてみるといい。
――本書「第5章 形容詞と副詞」より
ためし読み
第5章 形容詞と副詞
訳者解説
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読者に憐れみを
ヴォネガットが教える「書くことについて」
カート・ヴォネガット/スザンヌ・マッコーネル=著
自分が関心のあること、そしてほかの人も関心を持つべきだと心から思うことを見つけよう。人が書く文の中で、もっとも注目を集める魅力的な要素は、そういう心からの関心であって、言葉の工夫や言い回しではない。
断っておくが、私は小説を書くことを勧めているのではない――もちろん、ほんとうに何かに関心があるのであれば、小説を書くのもいい。だが、たとえば、自宅の前にある深い穴についての市長への嘆願書とか、隣の家の女の子へのラブレターでもかまわないのだ。[……]
――本書「第1章 何かを書こうとしているすべての人へのアドバイス」より
たったひとりの人を喜ばせるために書くこと。たとえていうならば、もし窓を開けて世界と愛を交わそうとしたりすると、あなたの物語は肺炎になってしまう。[……]
成功する芸術家はみな、たったひとりのファンを念頭に置いて創作をする。それが芸術作品に統一性を与える秘訣だ。それは、たったひとりの人間を念頭に置きさえすれば、誰にでもできる。
――本書「第19章 方法論主義」より
読者は一度に何十人もの登場人物を平等に注目できません。そんなことをしたら、誰が誰かわからなくなって混乱し、うんざりしてしまうのが落ちです。だから私たち作家は、大事な言動はすべて数人の登場人物にさせるようにします。スターを何人かつくるのです。つまり、読者に対して「スターたちにしっかり注目して、彼らについてそこそこ詳しくなってくださいよ、そうすれば何も見逃すことはありませんから」というのです
――本書「第26章 登場人物」より
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サスペンス小説の書き方
パトリシア・ハイスミスの創作講座
パトリシア・ハイスミス=著
作家にはノートを持つことを強くおすすめする。一日中仕事で外に出ているなら小さなノートを、家にいるゆとりがあるなら大きなノートを持つといい。たとえ三語か四語であっても、それが思考やアイディアやムードを喚起するならメモしておく価値がある。不作の時期には、ノートをざっと読み返すべきである。いくつかのアイディアが突然動き始めるかもしれない。ふたつのアイディアが結びつくかもしれない。もしかすると、そもそもそのふたつは結びつけられる定めだったかもしれないのである。
――本書「第1章 アイディアの芽」より
駆け出しの作家であれば、章ごとにアウトラインを作ってみるのは(各章のメモは簡潔なものだとしても)大変良いことだと思う。若い作家の方がいっそう道を逸れがちだからである。章のアウトラインの開始地点は、自らへの問いかけであるべきだ。「この章はどんな風に物語を前進させるのか?」。もしもその章に関して頭にあるアイディアがとりとめなく、ぼんやりしていて装飾過剰だったとしたら、かなり警戒が必要だ。ひとつかふたつポイントになるようなことがないならば、そのアイディアは捨てた方がいいかもしれない。
――本書「第5章 プロットを立てる」より
第一稿を書く際に心に留めておくべきなのは、全体としての本、つまりはバランスである。最初から最後まで、すべての部分を事細かに見通しているかどうかは問わない。私が本を書こうと最初に試みた時のことを説明すれば、ここでの意図をもっともわかりやすく示せるだろう。それは初めての失敗の経験でもある。その本は出版されなかったし、完成さえしなかった。当時、本全体を見通すことはできていた。始まり、中盤、終わり。三百ページ程の長さになる予定で、そこまで辿り着いたら二十五ページかそこらを削るつもりだった。ある日、気づいたら三百六十五ページあって、まだ物語の半分も書けていなかった。目の前の作業にのめり込みすぎて、もはや本を全体として見ていなかったのだ。小さな問題を細かく書くあまり、いつしか均整が取れなくなっていた。
――本書「第6章 第一稿」より
ためし読み
序
第1章 アイディアの芽
フィルムアート社から刊行された「物語やキャラクター創作に役立つ書籍」を下記ページにまとめています。映画だけでなくゲーム・小説・マンガなどのジャンルにも応用可能です。脚本の書き方、小説の書き方に悩んでいる方はぜひご一読ください。