小説投稿サイトや動画配信プラットフォームが整備され、誰もが自分の物語を発表できる時代。わたしたちは、誰もが「作者」になることができる時代を生きています。しかし、わたしたちの身の回りには、すでに膨大な数の物語(小説、マンガ、映画、ゲーム、アニメなど)が存在しています。どうすれば、人を惹きつける物語を書くことができるのでしょうか。その悩みを解消すべく、これまで数多くの物語創作指南書が刊行されてきました。書店行けば、さまざまな切り口の、そしてさまざまな難易度の指南書が並んでいます。あまりにもその数が多いので、どれを読めばよいのか分からないという方も多いのではないでしょうか。そこで本連載では、さまざまなジャンルで活躍するプロの作家の方々に、各自の視点から「オススメの物語創作指南書」を3冊選んでいただきます。
今回は、著書『ヴィンダウス・エンジン』(早川書房)で第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作を受賞した作家の十三不塔さんに選書していただきました。選書の切り口は「《ご都合主義と予定調和の隘路を駆け抜ける実践トレーニング》によって地力を上げていくことができる3冊」です。
《ご都合主義と予定調和の隘路を駆け抜ける実践トレーニング》
フィクションの創り手にとって最大の落とし穴は「ご都合主義」と「予定調和」の二つです。この両者の巨大な重力に作家は引き込まれずにはいられない。文字通りその場しのぎの都合で必然性もないままに読者を翻弄するのが「ご都合主義」であるならば、読者の予想を決して超えることなく、見え透いた地点に着地するのが「予定調和」と言えます。
すべての作家はこの二つの綱引きの間にあって、針の穴を通すような難度の「どちらでもない世界」へ歩を進めなくてはならないでしょう。予想を超えつつ期待に応えろ、というわけです。無茶言うなよ。ええ、そう言いたくなりますね、それはプロにとっても離れ業で、ちっとも簡単じゃありません。にもかかわらず志高い学習者はひるむことなく頂きを目指す必要があります。
ここでは展開、対話、文体という三つの要素において学習の手引きとなる良書を紹介することにします。いくつかの書籍には実践的なトレーニングが付帯されており、それに従って地力を上げていくことができるのです。
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話に「オチ」をつける技術
伝わり方が劇的に変わる6つの話術
山田周平
こう書房
こちらは小説やシナリオの創作本ではありません。話術を向上させるためのきわめてカジュアルな一冊ですが、それだけにダイレクトなわかりやすさがあって、専門的な技術書よりもむしろ役に立つ。とりわけ短編のキレを求める向きにはうってつけです。
フリとオチという話芸の用語は漠然と理解されていますが、その実はっきりと意味を掴んでいる人は少ないと思います。オチというものはそれ自体として存在するというよりも、読者にある予想を促すフリからの落差(ギャップ)としてある。文字通り「落ち」なのですが、それは必ずフリとの関係性として考えるべきでしょう。
ドーナツの穴とドーナツの関係のようなものしょうか。わかりにくいたとえだったかもしれませんね。ドーナツからその穴だけを取り出すことができないように、物語からオチだけを抽出して扱うことはできないということです。
後半には、オチの部分の空欄を埋める練習問題が収められており、これもまた本書の楽しさとなっています。繰り返しますが、このカジュアルな本はしかつめらしく読み込むといった類のものではありません。フレンチクルーラーを頬張りながら、まずは気軽に流し読みをしてみたらいかがでしょうか。
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ダイアローグ
小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法
ロバート・マッキー=著
フィクション内の対話は現実のそれとは別種のリアリティが求められます。
我々が日常行っている言語コミュ二ケーションはすれ違いや無駄な繰り返し、脱線や上滑りでいっぱいです。通常フィクションの中でそれらは殺菌され、限りなくノイズを排したものとして提供されますが、では、それはいかなる目的に奉仕すべきなのか。
本書はそのあたりの事情が懇切丁寧にてんこ盛りになっており、すべてのページにくまなく目を走らせるならば、あなたの作品は生まれ変わることになるでしょう。二人あるいはそれ以上のキャラクターが言葉を交わすとき、その裏側には必ず作者の企図があります。人物造形や物語の進展、世界観の開示、あるいは地の文の単調さにアクセントを入れるスリットの役割としてなど対話には無限の用途があり、また次なる発明にも開かれています。
ただし作者の企図があからさまになってしまえば、そこには「予定調和」の罠が待っています。創作とは鑑賞者との見えざる対話であることを我々はとかく忘れがちです。
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文体の舵をとれ
ル=グウィンの小説教室
アーシュラ・K・ル=グウィン=著
いわずと知れた「ゲド戦記」の生みの親ル=グウィンの手による文体指南書。文体は小説の顔であり、作家の指紋というわけです。本書ではファンタジー・SFの名手である作家から深遠かつ実践的な教えを受けられます。あなたが『闇の左手』級の傑作をものにしたいならば、必ず読むべきでしょう。いえ、読むだけでなく、ここにあるトレーニングに取り組むべきです。
あなたが『闇の左手』を完成させるためにひとつ補助線を引いておきましょう。
この本の白眉は「第7章 視点(POV)と語りの声」です。そこでは小説においておよそ考えられる限りの視点が著者の作品の一節より、さまざまなヴァリエーションの視点と人称が網羅的に例示されており、わかりやすいだけでなく貴重なものとなっています。
この章を重点的に読み込んだら、あなたの視点もきっと明晰になるはず。冒頭のテーマに絡めて言うならば、本書で論じられている時制や視点のブレは、作者のひとりよがりな「ご都合主義」と受け取られかねないということです。作者が自由に振る舞ったとき、読者に不自由を強いていないかをつねに考える必要があります。
センテンスからセンテンスへ、シークエンスからシークエンスへ、作家は自分にも説明のつかない跳躍をしているのですが、ル=グウィンの静かな声は可能なかぎり墜落のリスクを減じてくれます。
にもかかわらず、落ちることはなんでもないのです。この本はあくまで心強い励ましであって、がみがみと口うるさい教師の禁止事項集ではないからです。短編集『風の十二方位』ではル=グウィンその人が自作解説のなかで修行時代のことを回顧しています。
「わたしはずっと詩や小説を書いてきた。二十のころには、そうして書いたものを出版社へ送るようになった。詩は何篇か活字になったが、小説のほうは、三十になるまで、そうせっせと送ったわけではない。ただせっせと送り返されてはきた」
残念ながらアーシュラ・K・ル=グウィンは2018年にこの世を去りましたが、その小説作品同様に本書のうちには、作家の胸打たれる気高さが充ちています。
ためし読み
第5章 形容詞と副詞
訳者解説
フィルムアート社から刊行された「物語やキャラクター創作に役立つ書籍」を下記ページにまとめています。映画だけでなくゲーム・小説・マンガなどのジャンルにも応用可能です。脚本の書き方、小説の書き方に悩んでいる方はぜひご一読ください。