ブレイク・スナイダーが著書『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』で紹介した「独自の」物語構成用テンプレート「ブレイク・スナイダー・ビート・シート(略称:BS2)」は、執筆という長い旅路に必要不可欠な「地図」のようなものです。
旅の途中で目印になる道路標識。これがあれば、当てどもなく広い国中(とか執筆中の本)を彷徨わずに進めます。これがあれば、今どこにいるか、いつ終わるのか、そして正しい方向に進んでいるのかすらわからずに、闇雲に進まないで済む! 「SAVE THE CAT!」式ビート・シートは、300〜500ページになるかもしれない目眩がするような執筆作業を、手に負える大きさ、一口サイズに分けてくれるのです。途中にいくつもゴールがあるお陰で、つまらない失敗を犯すことなく、私たちにとって最大の目標にたどりつくことができるのです。そう、読者納得間違いなしの登場人物の変容で迎えるラストページという目標に。
――ジェシカ・ブロディ=著『SAVE THE CATの法則で売れる小説を書く』より
ハリウッド式三幕構成をベースにした「ブレイク・スナイダー・ビート・シート(略称:BS2)」では、物語は15のビートで構成される、と考えます。『「SAVE THE CATの法則」で書ける 物語創作ワークブック』を参考に、それぞれのビートの役割をまとめると次のとおりです。
※ビート=アメリカ業界用語で「キャラクターあるいは物語の流れを変える、物語中のある1つのイベント」を指す
1.オープニング・イメージ(1%)
テーマの提示やつかみとして印象に残るイメージ、あるいはシーンないし短いシークエンスで、ここで映画全体のトーンが決まってくる。ストーリー内でこのあと変化していくヒーロー(または世界)について、事の〈以前〉を画として見せるために使われることが多い。
2.テーマの提示(5%)
会話の一端から、ストーリーの内容が自然と表現される。テーマ自体は、ほかのキャラクターがヒーローに話すかたちになることもよくあって、ヒーローの根深い欠点や、ヒーローが精神面で変わる必要性が喚起される。
3.セットアップ(1%~10%)
導入として主人公の〈日常生活〉や現状を見せる。主人公の人生に悪影響が出そうな欠点部分をじっくりとあらわにしていく。家庭・仕事・趣味を出しながら主人公の身近な世界を描写した上で、その人生に登場する主要人物たちを紹介する。
4.きっかけ(10%)
ヒーローに人生の変わる瞬間が現れて、ストーリーが動き出すきっかけになる。ここでまず背中を押されて、ストーリーというジェットコースターに乗り込むことに。
5.悩みのとき(10%~20%)
きっかけに対する反応として、たいていは問いのかたちで示される(「本当にこんな危険な冒険へ旅立たないといけないのか?」)。疑問や否定、逃げや準備が繰り返されることも。これから始まろうという大きな旅は、人生を一変させるほどの重みがあるのだと知らしめ、その新しい世界には軽々しくは入れないのだということを予感させる。
6.第1ターニング・ポイント/第2幕へ(20%)
ヒーローは行動を起こす決心をして、目標達成のため渦中に飛び込んだ上で、新たな世界に乗り込んだり、新しい考え方を選択したりする。後戻りのきかない決断で、かつての日常世界と新たな世界を隔てるものだ。
7.サブプロット/Bストーリー(20%)
複数シーンのビートテーマに関連した副筋の物語が開始される。愛や友情、師弟関係について語られることが多い。
8.お楽しみ(20%~50%)
ヒーローが新しい世界に入る。このビートでは、前提[作品の示すお約束]で予告されたことが実現される。〈そうそう、こういう映画を見に来たんだよ〉といういちばん美味しい部分が示されるストーリー内でも大きなセクションだ。ここのシーンやシークエンスが映画の予告編や、TV 番組終わりの〈近日公開〉と付された紹介映像で使われたりする。
9.ミッドポイント(50%)
ストーリー中盤で、〈お楽しみ〉の盛り上がるところ。このビートはたいてい偽りの勝利か偽りの敗北となる。ミッドポイントではヒーローの危機感が高まって、その勝利や生存に意識が集中するようになる。ここでチクタク時計[時間制限の概念]が持ち込まれて、緊張感と緊迫感を高めることも多い。
10.迫りくる悪いやつら(50%~75%)
危機感がどんどん強まって、緊張感も増してくる。言葉の通り、実際の悪者たちが近くに迫ってくることもあれば、いわゆる心の内面にいる悪者がさらなる問題を引き起こすこともある。
11.すべてを失って(75%)
ヒーローの最も恐れていた瞬間が実際に起こる。まさかヒーローが負けてしまうのか、とそこで思わされる。ここには死の香りが漂っていることが多く、誰かが命を落としたり、真に迫った死の気配が感じられたりする。ここはヒーローにとってどん底の瞬間だ。
12.心の暗闇(75%~80%)
〈すべてを失って〉を受けて、ヒーローは悲哀の淵に沈み、失ったものを嘆くとともに、今やストーリー開始以前よりも事態が悪化していると後悔している。ここはすべてを再検討する機会で、そのおかげで有意義な学びが、変化していく過程で得られることになる。
13.第2ターニング・ポイント/第3幕へ(80%)
新たな情報が発見されて、第2幕で生じた全問題の解決のためになすべきことを、ヒーローが悟る。
14.フィナーレ(80%~99%)
まさに大詰めで、第2幕で苦闘の末に得た教訓を本当に自分のものにしたのだとヒーローが見せつけるところだ。探求の旅は勝利に終わり、ドラゴンを倒して霧が晴れたときには、ヒーローは変化している。その欠点は克服されて、さらに世界は以前よりもよい場所となる。
15.ファイナル・イメージ(100%)
ヒーローと世界の〈事が終わったあとの写真〉。オープニング・イメージの鏡写し。世界とヒーローがどこまで変化したのかを見せる。
今回は、この「ブレイク・スナイダー・ビート・シート(略称:BS2)」を使って、映画『大統領の陰謀』(138分、監督:アラン・J・パクラ 脚本:ウィリアム・ゴールドマン)を分析してみたいと思います。
『SAVE THE CATの法則』の著者、ブレイク・スナイダーは、「あらゆる物語は10のジャンルに分類できる」と説いています。本作『大統領の陰謀』は、そのうちのひとつ「なぜやったのか?」ジャンルに該当する作品になります。
【10のジャンル】
・家のなかのモンスター
・金の羊毛
・魔法のランプ
・難題に直面した平凡な奴
・人生の節目
・バディとの友情
・なぜやったのか?
・バカの勝利
・組織のなかで
・スーパーヒーロー
「なぜやったのか?」ジャンルについて、『SAVE THE CATの法則』では次のように書かれています。
人間の心のなかには邪悪なものがある。誰でも知っていることだ。貪欲さが高じれば殺人が起きる。まさに目に見えない邪悪なもののせいだ。そういう場合、興味深いのは〈誰が〉やったのか? よりも〈なぜ〉やったのか? である。《金の羊毛》とは違って、《なぜやったのか?》は主人公の変化を描くものではない。〈犯罪〉が〈事件〉として明るみに出たとき、その背後にある想像すらしなかったような人間の邪悪な性が暴かれるというジャンルなのだ。〈なぜやったのか?〉の名作『市民ケーン』(41)では、人間の心の奥底を探り、予想もしなかった暗く醜い何かが暴かれる。まさに〈なぜ〉やったのか? の答えである。
――ブレイク・スナイダー=著『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』より
なお、以下の分析は『10のストーリー・タイプから学ぶ脚本術 SAVE THE CATの法則を使いたおす!』を参考にしています。
1.オープニング・イメージ
銃声さながら、「1972年6月1日」の日付がタイプライターで打ち出される中、ニクソン大統領のヘリコプターが意気揚々と着陸する。彼は権力の頂点にいる。
2.テーマの提示
ウォーターゲイト・ビルで侵入犯がつかまる。その記事を担当する「ワシントン・ポスト」の記者、ボブ・ウッドワード(ロバート・レッドフォード)が、罪状認否が行われている法廷に到着する。ボブが犯人の弁護士に「どういういきさつでここへ来ることに?」と尋ねると、弁護士は答える。「私はここにはいないよ」。この作品のテーマは、我々を統治する者の背後にいる者たちによる言い逃れだ。
3.セットアップ
もう一人の記者、カール・バーンスタイン(ダスティン・ホフマン)がこれはすごい特ダネになると気づき「是が非でも」この件の担当になりたいと思う。ボブは逮捕された者の一人がCIAのために働いていたことを知る。そこにはただの不法侵入以上の何かがあるのか? 記者たちはそれぞれのやり方を試みて、窃盗犯の一人の住所録にホワイトハウスの電話番号があるのを知り、大統領の側近の一人、ハワード・ハントもCIAにいたことがわかる。
4.きっかけ
映画が23分経過したところで、二人は共同で記事を書くようにと命じられる。共に初めての署名入り記事を仕上げるべく、二人は熱心に取り組む。
5.悩みのとき
二人の記者はこれだけの仕事をするにはまだ経験が浅すぎるのか? どんどん危険度が高まって行く中で、我々は常にこの疑問に立ち返る。
6.第1ターニング・ポイント/第2幕へ
33分たったところで、二人は初回の記事を書き上げ、主幹ベン・ブラッドリーの意見を仰ぐが「こんなものそこらの隅に突っ込んでおけ」とこてんぱんにけなされる。二人の記者は選択を迫られる。ここでやめるか、これまでの倍も努力するか。二人は仕事に戻り、きちんとした記事を書き上げると決意する。
7.お楽しみ
謎の男「ディープ・スロート」から「金の流れを追え」と云われ、新米記者たちは新たな方向を見つける。ジェット機でフロリダへ飛ぶと、カールは秘書をうまく出し抜いて地元の再選委員に会う。カールがかき集めた情報を武器に、ボブはCREEP(大統領再選委員会)の中西部財務部長を追い詰め、窃盗犯の一人の銀行口座に入った小切手が彼のものであることを認めさせる。
8.サブプロット/Bストーリー
ボブとカールの二人の記者は、この作品のテーマである「言い逃れ」を解剖するのを後押ししてくれる二人の〈良き師〉を見つけ、Bストーリーが展開する。一人は主幹のベン・ブラッドリーで、彼の新米記者への「愛」が、二人が困難を乗り越えて進む力となる。もう一人はディープ・スロートで、彼がボブに内部情報を流したのだ。
9.ミッドポイント
二人の記者が発表した記事が巻き起こした旋風は、甘美な大勝利だ。「ウォーターゲイト」の報道で二人は有名になり、ニクソンの財務チームを会計監査に追い込む。しかし、56分たったところでAとBのストーリーが交差する。上司がディープ・スロートに頼るやり方に怒り、二人は「もっと裏を取れ」と命じられる。70分たったところで、ずっと調べてきたニクソン再選委の職員名簿の最後まで来てしまい、袋小路に陥ってしまう(=「まやかしの敗北」)。手がかりは尽きたように思える。「もう一度最初からやり直さないと」ボブが言って、二人は名簿の頭に戻る。
10.迫りくる悪いやつら
さまざまな進展にも関わらず、ボブは二度めにディープ・スロートに会ったとき、「君は全体像を見逃している」と言われて、いらだつ。そして、さらに悪いことに、ボブはつけられていると感じる。
11.すべてを失って
ミッド・ポイントが「ダウン」だったので、〈すべてを失って〉は「アップ」あるいは「まやかしの勝利」となる。ボブとカールが不法侵入と大統領執務室がつながっていることの裏付けを取ったと認め、主幹ベン・ブラッドリーはこのまま「突き進む」ことを了解する。しかし、記者たちは裏切られ、記事は即座にホワイトハウスから訴えられる。ニクソン・チームからの脅しには、記事の撤回要求も含まれている。二人は解雇寸前で、最悪、主幹が訴えられ、名誉を汚されることもありうる。
12.心の暗闇
「僕たちはどこで間違えた?」。カールが問いかける。
13.第2ターニング・ポイント/第3幕へ
AとBのストーリーが交差し、ブラッドリーは「記事を支持」し「二人を見捨てない」と宣言。その結果、どこで失敗したのかを知るため、ボブは再度ディープ・スロートとの密会の機会を作る。
14.フィナーレ
ガレージで、ボブはついに言い逃れともどもすべてを手にする。「もうくだらないゲームにはうんざりだ」。彼はディープ・スロートに告げる。「僕はあなたが知っていることを知る必要がある」。ディープ〈師匠〉はボブにすべてを、大統領へと続く道を話す決意をする。カールに情報を伝えるため、ボブは飛んで帰る。二人は盗聴を恐れて、タイプで打ち出した文字で会話をし、ボブは書く。「僕らの命は危険にさらされている」。二人はブラッドリーの家へ急ぎ、すべてを話す。ブラッドリーは愛情を込めて言う。「家へ帰って、休め。15分だけな」二人の首はつながった。社へ戻り、記事の続きを無我夢中でタイプする二人の姿が映し出される。
15.ファイナル・イメージ
テレタイプライターから次々と出てくる見出しが、その後数年でどのように真相が暴かれ、ニクソンの辞任へとつながって行くかを示す。新聞が勝利したのだ。