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大塚明夫、オーディションを語る

『ブレイキング・バッド』や『ウォーキング・デッド』といった海外ドラマを成功に導いたキャスティング・ディレクター、シャロン・ビアリーの著書『俳優のためのオーディションハンドブック──ハリウッドの名キャスティング・ディレクターが教える「本番に強くなる」心構え』が3月26日に発売される。オーディションを受ける俳優の悩みに答えた本書では、台本を読む上で重視すべき点や俳優としてのあるべき姿勢など、演技をするうえでの心構えについて多くの頁が割かれている。
本書の関連企画として今回、声優・俳優の大塚明夫にインタビューを実施した。「攻殻機動隊」シリーズや『Fate/Zero』といったアニメーション作品への出演で知られ、海外映画や海外ドラマの吹き替えを多く担当してきた大塚。彼はオーディションをどのように捉え、どんな準備を行い、演じることとどう向き合ってきたのか? 自身が演じてきたキャラクターや自著の話、父である声優・俳優の大塚周夫とのエピソードなどを絡めながら、オーディションについての考えを語ってもらった。ぜひ『俳優のためのオーディションハンドブック』と合わせて読んでほしい。

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――『俳優のためのオーディションハンドブック──ハリウッドの名キャスティング・ディレクターが教える「本番に強くなる」心構え』は、これからオーディションを受ける俳優の方に向けられた書籍です。小手先の技術を教えると言うよりも、台本と向き合う姿勢や演じる時の心構えといった、役者として生きていくうえで心がけるべきことについて綴られています。その中で、オーディションを受ける前の練習や準備の重要性について何度もふれられているのですが、大塚さんがオーディション前にどのような準備をおこなうのかをまず教えて下さい。
4月23日にNetflixで新作『攻殻機動隊 SAC_2045』の配信が始まる「攻殻機動隊」シリーズの最初の作品である『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』の時の話を聞かせていただけますか?

大塚明夫:もう25年も昔の話なのであまり覚えていないのですが、あの時は原作があることを知らず、制作サイドから送られてきた資料だけを頼りに、役のイメージを作り、オーディションに挑みました。いただいた資料も全体の台本ではなく、部分でしかなくて。そこから結果的に僕が演じさせていただくことになるバトーというキャラクターを類推するしかなかったんです。ただ、この作品は大人も見れる作品というより、大人だからこそ楽しめる作品であることは強く伝わってきた。だから、ステレオタイプなアクションアニメでおこなうような演技ではないものが絶対に必要だと感じたんです。

――そのためにどのような準備、練習をおこなったのでしょうか?

大塚:アニメアニメしたカリカチュアをせずに、立体感が生まれるよう演じなくてはいけないと考えていたので、いただいた資料から読み取れるものをとにかく読み取ろうとしたはずです。こんなセリフを言っているけど、本当はどう考えているんだろう?とかね。資料はかなり読み込みましたが、このオーディションに向けての特別な練習は特にやらなかったです。演技については、それまで海外作品の吹き替えを多く担当させていただいていたので、その経験を生かして演じれば大丈夫だろうと考えていたように思います。

――アニメーション以外の経験が、キャラクターの立体感を作るために生きたということですね。

大塚:そうですね。「画面を見ないで聞いていたら、日本のドラマか吹き替えか分からないようなものが望ましい」と羽佐間道夫さんがおっしゃっていたのですが、僕もそうであったら素敵だな、と思うんです。吹き替えの時、俳優の口の動きと合わせるため、助詞の部分を強めに言って寸法を合わせるというのが、それまでのオーソドックスなスタイルだったんですね。羽佐間さんや津嘉山正種さんなんかは、そのスタイルを取らずにやっていらして。僕もそうしたいと思っていました。過剰なカリカチュアはせず、自然に聞いてもらえるような吹き替えがしたかったんです。その吹き替えにおける自然な演技というのが、バトーを演じる上でも生きたのだと感じます。

――この書籍の中では、俳優をミュージシャンに例えています。出したい音をいつでも出せるようにするために、毎日練習するミュージシャンの在り方を見習うべきだ、と。

大塚:僕も自分の本『大塚明夫の声優塾』の中で声優をミュージシャンに例えています。当然のことですが、練習は重要です。ただ僕は、若い頃から練習のための時間を予め設けて、ルーティンワーク的に練習をしたことはないんですね。単純に計画を立てるのが苦手で。でも、テレビから流れてくる言葉の気になったところをそのままコピーしてみたり、新聞の社説などの目で読んでわかりやすい文章を、音にする時どうしたらわかりやすく聞こえるかを試してみたりしました。若い時だけじゃなくて今も、気がつくとそういう練習をやっていますね。スタジオで人のセリフを聞いている時とか、コピーしたりしてます。

――若い頃から、日常生活の中で演技を磨かれていたのですね。

大塚:声に出して読むために書かれたわけじゃない文章を音声化するというのは、文の構造を把握するという点で勉強になりましたね。重要なところを立てて、その部分を目立たせるために引くのはどこがいいかを考えるんです。でも、それは発せられることを前提にした作品でも同じで。シェイクスピアの作品では、物語の主軸とは関係がない例え話があったりするんですが、それも立ててしまうような演技はちがうかな……。

――そのような独自の練習法をされるようになった理由はありますか?

大塚:やっぱり、先輩たちに追いつきたいという気持ちが強くありましたね。若い時って、自分が上手いか下手かにとらわれてしまいがちだと思うんです。それは決して悪いことではなくて、技術を身につけていくうえでとても重要なこと。そして、身につけた技術をオーディションで見せることも大切です。でも僕は、何度もオーディションを受けていく中で、この場所は限られた二行、三行というセリフの中で、自分の技術を披露する場ではないと思い始めて。オーディションにおいては、できることをやらないでいられるかというのも重要なことなんです。若い頃は自分の技術を見てほしい!と思ってしまうのは当然のことだし、僕もよくわかるんですけど、自分自身に向かい過ぎるのはよくない。その役が作品の中で果たす役割、作品内における意味というのがあれもこれもと盛り込むとボケてしまうことがあるので。

――今のお話は大塚さんは『大塚明夫の声優塾』の中で、「習ったことを全部忘れること」が大切とアドバイスされていることとつながっているように感じました。この『俳優のためのオーディションハンドブック』の中でも「手放すこと」が重要だと述べられているのですが、忘れることや手放すことは意外に難しいように思うのですが。

大塚:やっぱり自分が作ったイメージに縛られず、決め打ちしないほうがのびのびと演じられていいと思います。ただ、新人の方というのは、練習してきた技術しか頼るところがなかったりするんですよね。たからそこにしがみつきたくなるんだと思う。でも、本番では相手がいるので、自分が身につけた技術や考えてきたイメージなんて頼りにならないことが多いから、手放すことは重要です。

――自分が作ったイメージという話は、台本を読み込むことと関連してくるように感じます。『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』の際、資料をかなり読み込まれたとのことでしたが、やはりオーディションにおいては台本と向き合うことが大切なのでしょうか?

大塚:そう思います。ただ『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』の時もそうでしたが、全体の台本をいただけるということは、ほとんどないんですね。その場合は、部分で判断するしかなくて。もちろん、全体の台本をもらえたら、自分の役以外のところもしっかりと読んでおいたほうがいいです。自分の役がほかのキャラクターと対になっていたりなど、全体を読むことで見えてくることは多いですから。そのようなことが伝えたくて、僕は自分の本『声優魂』の中で、役づくりを家づくりに例えているんですね。

――この本の中でも、可能であれば全体の台本をもらい、ストーリーの流れやトーンをしっかりと掴むことが重要であると、ベテランの俳優でも台本を読んでこない場合があることを、嘆きながら述べています。

大塚:まったくその通りです。自分が演じるキャラクターを魅力的にみせようとすることよりも、全体を掴むことのほうが大切だと思います。何よりも、全体を掴んでいたほうが、演じる上で圧倒的に効率がいい。

――先ほどの新聞の社説を音読するという練習も、今の家づくりの話も、台本を読む力が強く求められるように思います。特に台本が抜粋の場合、より読み取る能力が求められますよね? それはどのようにしたら身につくのでしょうか?

大塚:これは結構大きな問題だと思うんですよね。拾える情報は拾っただけ有利になる仕事なので、読み取る能力は絶対にあったほうがいい。
僕は、母の影響で小さい頃から本をよく読んでいたんですけど、それが読む力を育てたと思っています。それと、声優という仕事柄、映画や舞台の役者さん以上に向き合わなければいけない台本が多いんですね。アニメーションやゲームの作品数はすごいですから。そうすると物理的にひとつひとつの台本に長い時間をかけられないんです。判断を早くしていかないと間に合わないので。だから僕の場合は自然と身についていったかたちですね。人によって違うとは思うんですが、台本を読む力をつけたいのであれば、とにかくたくさんの脚本を読むしかないと僕は思います。

――台本はもちろんですが、周辺情報もしっかりとチェックすべきだとこの本の著者シャロン・ビアリーは述べています。

大塚:おっしゃる通りだと思います。僕の場合、『Fate/Zero』というアニメーション作品で、ライダー / イスカンダルというキャラクターを演じた時、既に原作小説が出ていたので、役づくりとして原作を読みました。原作を読むことで、全体の中での自分(ライダー)とそのマスターであるウェイバー(・ベルベット)の立ち位置を理解できました。全体的に鬱な展開なんですが、その中でライダーとウェイバーの関係は人が羨むようなものでなければいけないとわかって。ライダーのウェイバーへの態度は表面的には荒いんです。でも、その荒さの中には、裏腹な愛情がこもっていて、その感じをシーンに応じてどれぐらい出すかを調整する必要があるとも思いましたね。
あとは、無限のエネルギー感というんですか(笑)、みなぎる力を出さなくてはと原作を読むことで強く思いました。全体的にポジティブなキャラクターがいないので、それがライダーの役割だろう、と。
先ほども言った通り、僕は時間がもてないことも多いので、原作や過去シリーズを見れない場合が少なくありません。でも、原作や過去シリーズにふれることは間違いなく役づくりの助けになります。時間がつくれるのであればつくってふれるべきです。また、時間がないのであれば、その中で何ができるかを考え、実行したほうがいい。そのように時間の使い方を考えながら準備をすることで、結果的に台本を読む力が得られるでしょうし、自分なりの役づくりの方法が生まれてくるように考えています。

――やはり、全体を把握することが重要ということですね。

大塚:繰り返しますが、若い頃は自分の技術を見せたいと思って当然だと思いますし、技術を磨くことはとても大切です。でもオーディションや現場で作品の芯を理解せずに技術を見せても仕方がない。それは作品にとって必要なことではないと思います。そして必要ではないことはやるべきではない。と言うより、作品の芯を理解していない人は、自分の技術や考えを主張したいだけの人にならざるを得ないんです。だから、しっかりと台本や原作と向き合い作品の芯を理解しなくてはいけない。

――素人目には台本を読み込めば読み込むほど、役のイメージにとらわれてしまうように思うのですが、そのようなことはないのでしょうか?

大塚:そんなことはないです。作品の芯を理解すると、やってはいけないことが見えてくるんです。そうすると、やっていいことがわかり、それをどんどん展開することができる。全体を把握することで、自由度が増すんです。どっちに進めばいいかわかるから。
例えば『ヴィンランド・サガ』というアニメーション作品に出演した際、僕が演じたトルケルは、チートなキャラクターだったんです。圧倒的なパワーをもったキャラクターなんですが、それを力に任せて演じるのは面白くないなと思って。だから叫んで吠えてっていうわかりやすい演技ではなく、ちょっとしたセリフの中にキャラクターの内面を忍ばせていきたいと考え、演じました。それは、作品の芯を把握しているからこそできたのだと思います。

――大塚さんがやりたいことと、監督や音響監督が求めるものが違う場合というのも少なからずあるのかと思います。その場合はどうバランスをとるんですか?

大塚:オーディションでは、言われた通りにやりますよ。そうすることで自分が想像もしていなかった役の姿を掴めることもあるので。あと、最初から自分のイメージを押し付けていいものになるとはかぎらないじゃないですか? やっぱり、皆と一緒にいい作品にしたいんですよね。オーディションを通って、一緒に演じる人たちが揃って本番になった時、やりながら変わっていくことも多々とあります。

――なるほど。オーディションは役の方向性を掴むための場でもあるんですね。ちなみに、オーディションでアドリブをされることはありますか?

大塚:まずないですね。ただ、練習の時はアドリブをすることはけっこうあります。キャラクターを掴むためにはとてもいいと思います。本番前のテストの時もアドリブをすることはよくありますね。

――『俳優のためのオーディションハンドブック』でも、オーディション中はアドリブを極力するべきではないが、練習時は積極的にやるべきだと書かれています。ちなみにご自宅で練習する場合は、かなりつくり込まれるのでしょうか?

大塚:先輩たちの中には何パターンも用意されている方がいらっしゃいましたが、僕はつくり込み過ぎないようにしています。本番になると相手の役者さんと一緒に演技をすることになるので、つくり込み過ぎると、相手の言葉をうまく受けられなくなってしまう可能性があるので。だからオーディション前は、軸だけをつくっていく感じですかね。強固なイメージを用意するのではなく、ファジーなイメージをもっていくことが多いです。役をつくり込みすぎると周りの人と合わなかった時に大変なので。

――この本の著者シャロン・ビアリーは、今まで大塚さんが述べられてきたように、台本を読み取り全体を把握することが大切であると述べています。そのうえで、オーディションでは「シグネチャー(その人を表す特徴)」が重要だと書かれています。

大塚:この「シグネチャー」というものと、その人がイメージする「自分らしさ」というのは多分違うものなんだと思うんです。
『声優塾』の中で若い人たちに「オーディションでは、上手いか下手か以上に可能性を感じさせられるかが重要」と語っているんですが、そこで言う可能性というものと新人の子が思い描く「自分らしさ」というのが重なっていることなんてほとんどないと思うんです。しかも可能性を感じるか否かは相手次第なのでよけい難しい。
ただ、「自分らしさ」なんて考えず、作為的に演じないことで出てきてしまうもの、つまり音の中ににじむ人間性(=「シグネチャア」)は重要だと思います。それがどうやったら自分でもわかって、意識的に出せるようになるかは、その人次第でしょうし、説明することはできないのですが。

――「音ににじむ人間性」は、どうしたら生まれてくると思われますか?

大塚:企んで出てくるものではないと思うんですよね。僕の場合は、優れた先輩たちと一緒に演じた経験、その方々との芝居から多くを学んでいるはずです。でも、その人たちに「シグネチャー」を教えてもらったわけではない。教わってできるようになるものではないと思う。ただ、優れた人とともに演じる環境は極めて重要だと思いますね。

――この本には「だらだらとした環境で十ページ演じるよりも、優れた俳優と二行のセリフを演じる方を選ぶのです」と書かれています。

大塚:僕もそう思います。若い時に、あるプロダクションの社長さんが「役者を育てるのは環境なんだぞ」とおっしゃっていたんです。その通りですよね。優れた俳優さんやスタッフさんがいる環境で演じたほうが面白いんです。周りのレベルが高いと、こちらが要求されるレベルも当然高くなりますよね。それに答えようとする努力そのものが、自らをブラッシュアップしていくことになると思います。
もちろん僕も若い時はそんなことを思う余裕もなく、わけもわからずがむしゃらになっていましたが。

――やはり演じる環境は重要なのですね。少し話は変わりますが、この本の中ではオーディション時の演技だけでなく、演じていない時の態度も重要だと書かれています。

大塚:その通りですよね。過剰に不安そうにしている人がいたとすると、現場がその雰囲気に飲まれてしまう可能性もありますからね。
例えば今、僕は収録の現場では、空気づくりに専念しています(笑)。皆が緊張したりしないように。とにかく僕はいい作品がつくりたいだけで、威張りたいとか尊敬されたいなんて思っていない。現場の空気をよくしたほうが、いい作品の誕生につながると思うんです。だから、演じていない時の態度というのも大切ですよね。
あと、生き残っている人たちってやっぱりみんな明るいですよ(笑)。

――なるほど(笑)。ちなみに、大塚さんの中で印象深いオーディションはありますか?

大塚:役を得たオーディションというのはどれも印象に残っていますよ。最近だと『ヴィンランド・サガ』のトルケルです。自分が狙っていたことが全てはまったような手応えがありました。
あと逆に、全然印象に残っていないオーディションというものもあって。それが先ほどもお話した『Fate/Zero』のライダーとかで。「あれ、オーディションやったっけ?」という感じで、全然覚えてなくて。それぐらい自然に演じていたということなのかもしれません。
ただ、オーディションに通ったことが、役者としての自信につながったことはありません。自分の関わった作品が世に出て、外からの反応があって初めて自信が生まれてくるように感じています。オーディションに通って初めてスタートラインに立てる。だからそれを目標にしてはいけないと思います。

――『俳優のためのオーディションハンドブック』の著者も、「ひとつのオーディションに通ることも大事だが、何度も呼んでもらえるようになることの方が重要である」と述べています。

大塚:そうですね。ただ、どうしたら決め打ちで呼ばれたり、何度も声をかけてもらえるようになれるのかは正直に言ってわかりません。それは役者サイドが考えてできることでなく、監督やキャスティング・ディレクターの方に「あいつもう一度呼んでみよう」と思っていただけるか否かなので。先ほど言った通り、重要なのは「可能性」を見せられるかどうかです。
あと、若い人たちに伝えたいのは、オーディションに失敗した時でも肯定的に捉えたほうがいいです。「今回の製作サイドとは、たまたま肌が合わなかったんだ」と考え、自分が否定されたと思わないほうがいいですよ。

――ブラック・ジャック、スネーク(「メタルギアソリッド」シリーズ)、バトー、ライダーと大塚さんは当たり役としか思えないキャラクターをコンスタントに演じられているように見えます。そのような素晴らしい役と出会い続けるためには何をすればいいのでしょうか?

大塚:ありがとうございます。出会い続けられるかは……もう運だと思います。時代や流行というものもありますし、自分ではどうすることもできません。もちろん、チャンスがきた時にちゃんと演じられるよう、基礎的な練習をしておくことは大切だと思います。
養成所に入ると、みんな発声練習などをやらされるんだと思うんです。発声練習をやったところで、芝居が劇的にうまくなるわけではない。でも、うまくなるための近道ではある。だから若い人たちは、基礎的な練習はしっかりと積んだほうがいいですよ。

――運の要素が強いというお話ですが、役を勝ち取るためにやられていることはあるかと思います。オーディションを受ける上で、大塚さんが最も心がけていることはなんですか?

大塚:やっぱり心持ちですかね。言語化や数値化ができないので話にくいんですが、「この人とやりたい」「この人とならうまくいきそうだ」と思ってもらえるよう、訴えかけていくことを一番大切にしています。もちろんセリフを言う時にそのような作為をにじませたりはしませんよ。ある種の肌感覚なのかな?と思うんですけど、演技じゃないところでもにじむ特徴というのが大切だったりするんですよね。

――「受かることや人の評価を気にするよりも、まず自分自身が演じることに喜びを感じて、満足できるようになることが何よりも大切だ」と、この本に書いてあります。

大塚:声優をやっていた僕の親父(大塚周夫)が80歳で、僕がちょうど50歳の時だったんですけど、「こんど芝居やるから時間あったらきてくれ」って言っておいたんです。僕の親父なのでお金をとるつもりなんてまったくなかったんですが、チケット代が封筒に入れてあって。そこに一筆箋が入っていて、「楽しく芝居をやってください」って書いてあったんです。
たかだか10年前の話なんですけど、80歳の役者が50歳の役者に手向ける言葉として「楽しく芝居をやってください」というのはなんだったのかな?と考えることがここ10年の僕のテーマでもあって。自ら楽しめるかどうかということが、結局一番大事なんじゃないかと思うんです。
親父は「ああすればいい」「こうするといい」といったかたちで手取り足取りで芝居を教えてくれなかった。でも、役者として生きていくうえで大切なことは、80年の生涯で掴んだその一言に尽きるんじゃないかな。
演じることに、満足や喜びを感じないと辛くて仕方がないですよね。正直に言って僕は、若い頃は演じることに喜びを感じていなかった。特に声の仕事に関しては。もともと舞台俳優としてデビューしたのに、声の仕事にたまたま呼ばれたら、そっちのほうがうまくまわりだしちゃって、実際は不本意だったんです。でも50歳ぐらいの時に「もういいや、どうせ俺は声優だ。もう舞台の上で評価されなくてもいいや」と思いだして。そうすると、高評価を得たいとか、上手いと思われたいっていう邪念が消えてすごく楽になれて、演技に喜びを感じられるようになったんです。その時に初めて、役者として第一歩を踏み出せたと思っています。

――周夫さんがおっしゃると重みが違いますね。演技の喜びと平行して、オーディションで大事なのは「才能」と「自信」だと、著者のビアリーは言っています。大塚さんは一番大切なものはなんだと考えていらっしゃいますか?

大塚:先ほども言った通り、「この人いいじゃん!」と目の前にいる相手に受け取ってもらうことだと思いますよ。
特に公開オーディションの時はそうで。オーディションをしてくれるスタッフが最初の観客ですよね。しかもビジョンを持った観客。その人が「いいな」と思ってくれなきゃ、まあ駄目だと思うんです。だからやっぱり重要なのは可能性を感じさせるか否かですよね。
もちろん可能性を見せるためには、聞き取れるようにセリフを言ったり、どんな役のオーディションを受けているのかわかっていなくてはいけない。だから、何度も繰り返しますが技術的な側面や台本などを読むことも重要です。それはこの本にも書いてあると思います。
そして、演技というのは突き詰めていくと正解はないものだと思うんです。演じる人や作品、一緒に作る人によって変わってくる。だから若い人が、この本を参考にしながら、各々が必要だと考えるものをしっかりと磨いてもらえたらうれしいです。そんな人たちと一緒に芝居ができたら素晴らしいですね。

――最後にこれからオーディションを受ける若い人たちにひとこと、お願いします。

大塚:楽しんで下さい。
素直に親父の言葉を伝えたいです。楽しくないと続きませんしね。

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2020年2月4日
取材・構成:フィルムアート社編集部