ためし読み

『幸せに気づく世界のことば』

世界にはおよそ200の国があり、無数のコミュニティで暮らす何十億もの人が数千種類もの言語や方言を話しています。このような世界で人と人とのつながりが強まるにつれて、各地の文化の片隅にひそむ「翻訳できない」言葉の魅力が知られるようになりました。各地のさまざまな言語を眺めてみると、幸せのとらえ方や解釈に無数のバリエーションがあることに気づきます。
多様な文化それぞれに根ざした「幸せ」にまつわる哲学を表すユニークな言葉50個を紹介した『幸せに気づく世界のことば』のまえがき部分を全文公開いたします。

Happiness Around the World
世界各地の幸せを巡る

世界にはおよそ200 の国があり、無数のコミュニティで暮らす何十億もの人が数千種類もの言語や方言を話しています。このような世界で人と人とのつながりが強まるにつれて、各地の文化の片隅にひそむ「翻訳できない」言葉の魅力が知られるようになりました。それらの言葉は、その土地に根付く興味深いテーマを見事なほど巧みに表現します。

一方で、私たちの誰もが尽きせぬ興味を抱き、古代からたいていの社会を支配してきたテーマもあります。それは、どうすれば人は「よく」生きられるか、という命題です。よく生きたいという思いは人と人を何よりも強く結びつけますが、各地のさまざまな言語のあいだでその解釈は数限りなく存在します。よく生きるとは、たとえばスペイン語の「ソブレメサ(sobremesa)」という言葉やトリニダード・トバゴの「ライミング(liming)」という人生哲学が表すように、食事や会話を大切な人と分かち合うことなのでしょうか。それとも、フィンランドの「シス(sisu)」という考え方が表すように、困難を乗り越える気概と意志をもつことなのでしょうか。

満ち足りた暮らしを彩るさまざまな色合いに触れることで、私たちは真によく生きるための秘密を見つけられるでしょうか。幸せのボキャブラリーを築き上げ、使いこなせるようになるのでしょうか。この本は、まさにそれを目指しています。

本当に「翻訳できない」言葉は存在するのか

「翻訳できない」言葉があるというのは、じつは正しくありません。そう称される言葉が人の心をとらえるのは、じつのところ誰にでも理解できる感情や社会や身体にまつわる経験へと翻訳「できる」からにほかなりません。それを言い表す言葉が見つかっていないだけなのかもしれません。鮮やかなまでにシンプルなものから感心してしまうほどおかしなものまで、さまざまなコンセプトがただちに理解できるということは、各文化の独自性を称える助けになるとともに、私たちが互いに似かよっている証でもあります。

デンマーク語の「ヒュッゲ(hygge)」やオーストラリア先住民が使う「ダディリ(dadirri)」という言葉、あるいはカタロニア語の「セニ(seny)」や日本語の「生き甲斐」など、本書にはよく知られた言葉も聞き慣れない言葉も登場しますが、そのいずれからも幸せの放つさまざまな色合いが見て取れます。それらの言葉は文化を越えて人を結びつけ、文化間の愉快な差異とともに、じつはどの文化にも共通する、幸せな暮らしを追い求める心を浮かび上がらせるのです。

本書で取り上げた言葉

もちろん、本書はあらゆる言葉を網羅しているわけではありません。載せきれなかった言葉はたくさんありますし、埋蔵された秘宝のようによそから気づかれないまま本来の文化のなかにひそんでいるものもたくさんあるでしょう。本書では、多様な文化とさまざまな幸せのかたちについて、なるべく幅広くバラエティに富んだ像を描けるようにという方針で言葉を選びました。

英語の「ウィムジー(whimsy)」やフランス語の「ボン・ヴィヴァン(bonvivant)」のように気軽な言葉もあれば、サンスクリット語の「アートマン(ātman)」やアメリカ先住民ホデノショニ族の「ウーギー・ウアドガン(ukiokton)」のように幸せのはるかに深遠な側面を映し出す言葉もあります。どの言葉も、思いがけないけれど納得できる何かを伝えるものという観点で選びました。つまり、人と人との違いを際立たせるとともに共感をもたらすということです。私たちの幸福観を豊かにする一方で、前から知っていた感覚を再認識させてくれる言葉ばかりです。

幸せのとらえがたさ

幸せとは静的な状態ではなく、私たちがふつう思うよりもはるかに入り組んださまざまな感情で成り立っています。だからこそ、「うれし泣き」をしたり、誰かに別れを告げる前から寂しくなったりするのです。そのため、本書に載せきれなかった「微妙な」言葉もたくさんあります。それらは格別に陽気な言葉ではないかもしれませんが、うれしさや悲しさにまつわる感情が複雑でさまざまな要素の絡み合ったものであることを示しているのは確かです。たとえば、思慕や憧憬を表す語や表現は世界各地に驚くほどたくさんあります。このことから、私たちが自分を真に幸せにしてくれる何かをいかに求めているかがよくわかります。たとえばウェールズ語の「ヒラエス(hiraeth)」(実際にはどんなものかわかってさえいないような理想の故郷を望む痛切な郷愁)や、これとよく似たポルトガル語の「サウダージ(saudade)」(存在しないものに恋焦がれる気持ち)といった言葉があります。ルーマニア語の「ドール(dor)」は人によってさまざまな意味をもちますが、永久になくしてしまった大切な人や場所や物を取り戻したいという強い願いを表す言葉です。トリニダード島で話されているクレオール語の「タバンカ(tabanca)」という言葉は、消え去ることのない胸の痛みや切望(特にカーニバルのシーズンの待ち遠しさ)を表します。アイルランド・ゲール語の「クア(cumha)」も、同じく物悲しさを伴った憧憬や望郷の念を表します。

思慕の情を表すこれらの言葉に触れると、幸せとは、愛する人や場所や経験として生じる・・・・・・ものであることに気づかされます。本書に登場する言葉を通じて、読者の皆様がそうした気づきを得てくだされば幸いです。

著者からひとこと

この言葉の宝箱を作り上げていく楽しい過程で、私は選んだ言葉について敬意をもって正確に表現するよう最大限の努力を払いました。それでも自分のものでないたくさんの言語や文化を扱ったので、あらゆる点で完璧とはいかなかったかもしれません。読者の皆様には、こちらの不注意によるミスを大目に見ていただき、世界中から集めた幸せを表現する数々の言葉を称えるという本来の目的で本書をお楽しみいただければと思います。

(ぜひ本編も併せてお楽しみ下さい)
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