アニメーターはいかに生まれ、アニメーションはどのように戦時下の国民文化となったのか?
社会学の視点からアニメーションと戦争、そして国家との関係を見つめ直す
現在、日本では年間300本以上のアニメーション作品が放映されており、その人気は国内にとどまらず、世界中で高い評価を得ている。
1963年に放映された『鉄腕アトム』以降、日本のアニメーション業界は大量生産が可能な体制を確立していく。その原動力となったのが、アニメーション制作における分業体制の導入である。そして、そのなかでも特に重要な役割を担い、大量生産に不可欠だったのが「アニメーター」だった。
この分業体制の確立と、専門職としての「アニメーター」の誕生は、戦時中にさかのぼり、そこで制作されたのはプロパガンダ映画だった。
アニメーションと戦争、そして国家は、きわめて密接な関係にあるといえる。
本書では、戦時期にアニメーションを取り巻く環境がどのように変化したのかを明らかにする。国家の文化政策、アニメーターという職業の誕生、配給システムの変化、そして戦時下に制作された『桃太郎 海の神兵』をはじめとするアニメーション作品の分析を通して、文化がいかに制度化されるか、つまりアニメーションが国民文化となっていく過程を浮き彫りにする。その流れのなかで、アニメーションの日本起源説、かわいい動物キャラクターが生む効果、アニメーションと教育の関係など様々な論点にふれ、より深くアニメーションと日本との関係を捉え直していく。
また、日本の状況だけでなく、戦時下のフランスのアニメーションについても論じるのが本書の特色だ。国家が介入することにより制作体制が確立されるだけでなく、植民地へのまなざしの変化、自国文化の優位性の確保、敵国人の描き方など、日本との共通性を明らかにする。加えて、高畑勲や宮﨑駿が影響を受けたフランスの巨匠ポール・グリモーの『やぶにらみの暴君/王と鳥』についても論じ、戦時中から続くアニメーションにおける空間表現の特質を照らし出す。
こうした歴史的視点を踏まえ、戦中戦後の連続性を指摘するだけでなくアニメーションの舞台を巡る「聖地巡礼」や現代のアニメーターの労働状況、宮﨑駿の監督最新作『君たちはどう生きるか』といった作品にも言及し、現代におけるアニメーション文化の展開についても考察する。
気鋭の社会学者による、アニメーションや戦時下の文化の研究者だけでなくアニメファンも必読の一冊。
目次(仮)
序章 アニメーションの制度化と戦争──空間の再編成の表現様式
1 アニメーション史における戦争
2 戦争と文化──国家、大衆そして他者
3 空間の再編成
4 本書の構成
第1章 戦前のアニメーションとその社会的位置──個人制作から集団制作へ
1 日本におけるアニメーションの黎明期
2 トーキー漫画映画の発明
3 日本初の長編アニメーション『桃太郎の海鷲』の上映
4 軍部とアニメーション
第2章 文化政策に動員されるアニメーション──他者への認識と文化の序列化
1 国家と映画
2 アニメーションの文化的価値
3 文化による識別──国民の誕生
4 アジア・太平洋の諸民族に対する他者像の構成
5 影絵に見出された文化の同一性
6 アメリカ製アニメーションと日本文化
7 他者の類型
第3章 アニメーターの誕生──アニメーション産業の基盤の胚胎
1 アニメーション制作の分業体制
2 軍事教育映画制作に従事するアニメーター
3 軍事教育映画の制作実態
4 訓練する線画要員、視聴する兵士
第4章 境界と他者の類型──『桃太郎 海の神兵』における空間の再編成
1 『桃太郎 海の神兵』における他者
2 同一性としての「動物」
3 立ち現れる第二の境界
4 他者の二類型
5 空間の生産とアニメーション
第5章 ヴィシー政権期のアニメーション産業──植民地と連合国
1 フランスの事情
2 対独協力下のアニメーション制作への公的支援
3 フランス芸術としてのアニメーション
4 フランスと植民地
5 立ち現れる第二の境界──『魔法の夜』
6 三つの空間の表象──『解放されたナンビュス』
第6章 空間の再編成とアニメーション──戦時下日仏の共通性
1 日仏の共通点
2 空間の再編成、他者像の構成
3 アニメーションの制度化の契機
第7章 聖地巡礼による空間価値の創出──背景美術と能動的オーディエンス
1 アニメーションの二層構造
2 聖地巡礼へのまなざし
3 アニメーションにおける背景美術の躍進
4 アニメーションをめぐるアート・ワールド
5 「聖地」の創出
6 聖地巡礼による中心の創出
第8章 現代日本のアニメーション産業とアニメーター──戦中戦後の連続性
1 日本は例外か?
2 アニメーション産業の確立
3 現代のアニメーターの労働
4 日本のアニメーション産業はいかに維持されるのか
終章 受け継がれる「漫画映画の志」──グリモー、高畑勲から宮崎駿へ
1 『やぶにらみの暴君』からの出発
2 垂直的空間表現の誕生──塔と鳥
3 『君たちはどう生きるか』に秘められたグリモー、高畑の存在
4 『君たちはどう生きるか』における空間の再編成
5 両義的他者としての鳥
6 さようなら、戦争
プロフィール
[著]
雪村まゆみ(ゆきむら・まゆみ)
関西学院大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了、博士(社会学)。現在、関西大学社会学部教授。専門は、文化社会学。共著に『社会学で読み解く文化遺産──新しい研究の視点とフィールド』(新曜社、2020年)、『アニメと場所の社会学──文化産業における共通文化の可能性』(ナカニシヤ出版、2024年)などがある。