ためし読み

『映像編集のファースト・レッスン 10 章で学ぶ編集の基礎・歴史・実践』

「第二章 編集技師がもたらすもの」より冒頭を公開いたします。

第二章 編集技師がもたらすもの

監督であるあなたは、こんなふうに思うかもしれない。「その編集技師とやらは何者で、いったいどんなことをやるんだろう」。編集技師に仕事について聞いたところで、返ってくる答えはおそらく、いま編集している作品の名前だろう。それがうまくいっているかどうかぐらいも聞けるかもしれない。これでは、あまり答えになっているとはいえない。そして、こんな疑問を持つかもしれない。「編集のどこがそんなにたいへんなんだ? 編集技師の仕事なんて、必要ないコマを取り除いて、すばらしいショットをつなぎ合わせるだけじゃないか。コンピューターでやれば一瞬だろう」。そして、考えこむかもしれない。「いったい、何を好き好んで、暗い部屋にじっとすわって音や映像をいじっているのだろう? 外に出てほかのことをやればいいのに」と。
こうした疑問に答えていく前に理解してほしいのは、映画制作のほとんどの側面と同様に、編集は地道でありながら魔法のような力を持ち、技術と芸術性の両方が必要な作業であるということ。組織のなかで働く能力が要求されつつも、監督であるあなたの意図を実際の映像に取り入れていく。順応性がある編集技師は、ひとつのシーンのこまやかな部分から、作品全体を見渡す広い観点へと目を転じ、一瞬にしてまたそこから戻ることができる。
編集技師は、撮影現場から離れた、おそらくは窓のない部屋で画面に集中しているため、目に見えない存在に感じられるかもしれないが、その貢献は、ストーリー、感情、そして作品の流れのなかに目に見える形で現れる。この章では、編集室の扉を開けて、そこにあるリズムとお決まりの作業について、創造性と実際の作業の両方の面から見ていき、デジタル編集機の前に座る人たちがどんなことをやっているかを紹介しよう。

編集技師と編集についてのよくある誤解

編集技師の仕事については、誤解されている点がいくつかある。これについてひとつひとつ説明したい。

映像から悪い部分を取り除く仕事
編集技師について人々が持つ最大の誤解は、映画作りのために映像から悪い部分を取り除くのが仕事だということ。これでは、最高のアップルパイを作るには、おいしいリンゴから傷んでいるところを取り除いて、パイに入れて焼けばいいと言っているのと同じだ。パイを焼きあげるのも、映像の編集も、そんなに単純ではない。
たしかに編集のプロセスは消去法だ。編集技師は実際に、できの悪いフレーム、退屈なフレーム、不要なフレームを取り除き、どのテイクのどの部分を残すかを選択する。だが、これは仕事のほんの一部にすぎない。簡単に言うと、編集技師の仕事とは、生の食材――監督が撮影したフィルムやアーカイヴ映像――を混ぜ合わせて、作品のヴィジョンを実現することだ。大まかな定義ができたところで、編集技師が何をもたらすかを完全に説明するために、属性――料理にたとえることにこだわるのであれば材料――ごとにさらに細かく見ていこう。

俳優の敵ナンバーワン
編集技師についての第二の誤解は、編集技師は俳優の敵であり、俳優のよい演技を編集室で捨て去ってしまう、ということ。これはなんの根拠もない話だ。それどころか、誠実な編集技師は、俳優(あるいは撮影対象となる誰でも)のよき友であり、カメラに映るすべての人から最高のものを引き出すことに力を尽くす。編集技師は、すばらしい演技にさらに磨きをかけ、ありきたりな演技を格上げし、ぱっとしない演技を救済する。編集技師こそ、俳優の降板やキャスティングの変更について意見を求められるべきだが、その決定を行うのは監督かプロデューサー、あるいはクライアントだ。編集技師は俳優の敵だという噂はあまりに根強く、わたしなどは以前、住宅保険の優遇料金を拒否されたことがある。わたしが俳優から訴訟を起こされると保険会社が考えたからだ。代理店は上司に相談したが、実情をいくら説明しても会社の方針は変わらなかった。

現実
では、編集とはいったいどういうことなのだろうか。あるときは、そのリズムと流れ、ビートと休符、息つぎやペイシングから、編集は音楽にたとえられる。またあるときは、彫刻にたとえられることもある。編集技師はすべての映像に目を通し、物語を伝えるのに必要なショットやフレームを選び、残りを除外するからだ。あるいは、編集はむしろ建築に近いものかもしれない。脚本という名の設計図をもとに、撮影されたショットをブロックとして、カットごと、シーンごと、セクションごとに作品を築きあげていくからだ。あるいは、編集技師は小説家なのかもしれない。映像と音声、ときには字幕スーパーも使って、脚本や筋書きを最終的に観客向けの形に仕上げる――多くの映画制作者が認めるように、映画を最終的に書きあげるのだから。ときに編集技師は、自分を裁縫師のように感じる。額に汗してへたなショットを縫い合わせ、まずまずの作品を作って他人のおもしろくもないヴィジョンに合わせる。 まともな映像を手に、協力的な監督のために観客をとりこにするようなすばらしい作品を作ることを夢見ながら。編集とは、これら五つの技能の要素をあわせ持つものであり、それ自体がユニークな技能だといえる。

※続きは本編でお楽しみください
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映像編集のファースト・レッスン

10 章で学ぶ編集の基礎・歴史・実践

ガエル・チャンドラー=著
佐藤弥生+茂木靖枝= 訳
発売日 : 2024年10月26日
2,800円+税
A5判・並製 | 410頁 | 978-4-8459-2332-8
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