ためし読み

『ルール?本 創造的に生きるためのデザイン』

なぜルールは必要なのか

■ 身近にあふれるルール
 私たちの生活の中には、さまざまなルールが存在しています。たとえば、コンビニやスーパーで買い物をする、電車に乗る、といった際には、商品やサービスとお金を交換するというルールがあります。それは、商品やサービスを提供する側と利用者の(しばしば暗黙の)合意に基づいて実行されています。また、日常生活においても、家庭の他に学校や会社といった環境や状況に応じたさまざまなルールが存在しています。
 たとえば、コンビニエンスストアで買い物をするときのことを思い出してみると、単に支払い方法だけでも、非常に多くの方法があることがレジの前には明示されています。そして、クレジットカードでの支払いを選択すれば、カードをかざしたり、暗証番号を入力するなどした後に決済が承認され、スマートフォンによるQRコード決済を選択すれば、画面にQRコードを表示してレジのバーコードリーダーで読み取ることで決済が行われます。もちろん現金での支払いもありますが、単に「お金を払う」という日常的なシーンの中でもさまざまな方法があり、それぞれ特有のルールによって支払いが行われています。
 逆に言えば、このようなルールに則らないと支払いができないということでもあります。筆者の一人である菅は、普段美術大学で教鞭を取っていますが、先日もこの支払いのルールに関わる出来事を経験しました。大学内では食堂や画材店、自動販売機、最近ではワゴンカーによる弁当販売など、さまざまな買い物の機会があるのですが、実は食堂の券売機やワゴンカー、パンやお菓子が購入できる自動販売機では、現金しか使えません。最近の電子マネーの普及から、日常の支払いに現金を全く使用しなくなっていた私は、クレジットカードも持っていて電子マネーのチャージの金額も十分にあるにも関わらず、キャンパスの中で何も食べ物を買うことができないという事態に直面することになりました。現金払いというルールだけで成立する世界においては、いくらその他の支払い手法を潤沢に持っていたとしても、全く意味がなかったわけです。
 ちなみに大学では現金を持っていても、食堂の券売機では新しい500円硬貨が対応していなかったり、1万円札しか持っていなかったため投入できず買えないことがあったりなど、いくつかの問題にも遭遇しています。つまり券売機のルールは「現金が使用可能」ではなく「券売機に投入可能な硬貨や紙幣だけが使用可能」だったわけです。「お金を払う」という状況だけ見ても、このようにさまざまなルールに私たちの行動は縛られています。
 そしてひとたび自宅から外に出て街を歩けば、駐車禁止、ポイ捨て禁止などさまざまな禁止や注意を促す文字があふれていますし、さまざまな店舗で売られている商品を手に取ってみれば、一つひとつのパッケージには、取り扱いに関する注意事項やゴミの捨て方をはじめとした「正しい扱い方」が小さな文字で所狭しと書かれています。禁止や注意を表しているのは何も文字だけではなく、駅に行くと音声によって列車の到着状況を示すアナウンスが流れ、それとセットで駅員による駆け込み乗車を避けるように促す注意喚起があり、トイレに行くとそのトイレが男性用か女性用かを教えてくれるアナウンスも聞こえてきます。
 たった数分街を歩いただけで、私たちはたくさんのルールに出会うことができます。日々生活を送るうえでルールのことを全く考えずに済ませることは不可能で、ルールと無縁では生きられないことがわかります。

 ルールがあるのは他者との接触がある場合のみではありません。スマートフォンのアプリを使うとき、皆さんも「利用規約やプライバシーポリシーに同意する」というボタンを押した経験があると思います。この場合でも、アプリを提供する事業者とあなたとの間の関係は利用規約という名前の契約(ルール)で結ばれています。この利用規約やプライバシーポリシーらはインターネット時代の契約書であり、同意ボタンを押した時点で、アプリの事業者とあなたとの間で契約というルールが成立したことになります。
 一方、ルールが明文化/可視化されることなく、現象としてその場でルールが発生する事例もあります。たとえば、行列のルールがそれにあたるでしょう。スーパーのレジや人気のある飲食店の前など、私たちは日々さまざまな場所で順番を待つために行列をつくることがあります。並ぶ際のルール(どの位置にどのように列を形成するのか)は、店舗など運営側が明確に指定し、並ぶ側は粛々とそれに従っていく場合が多いでしょう。一方で、行列の長さが長くなり過ぎたり、並ぶ側にルールが委ねられている場合、さまざまな国や文化の人たちが混在する場合などは、その行列のルールが共有されなくなったり、そもそもルールが成立しないという現象も発生します。

 日本人は行列をつくるのが得意と言えるでしょう。明確に並び方が指示されていない場合でも、効率よく美しい行列をつくる様子は街のあちこちで見られます。それは、周囲との調和や「空気」を読む国民性、文化の同質性ゆえに成立する極めて稀な現象と言えるかもしれません。欧米だと、大抵の場合、行列は行列の体をなしておらず、何となく先頭と思われる場所にあらゆる方向から人が集まることがしばしば起こります。そしていつの間にかなし崩し的に先頭が変わったり、カオスな状態が発生するわけです。それは、そもそも行列に対する意識やふるまいが異なることによるものです。

 本書では、さまざまなルールの在り方や考え方を紹介しながら、皆さんが自分なりのやり方でルールを「つくる」「使う」「見直す」「更新する」ことで、主体的に、できれば創造的に生きていくためのヒントを提供することを目指しています。筆者らは、私たちが創造的に生きていくため、そして私たちの社会をアップデートしていくためのひとつのアプローチとして、ルールのデザインがあるのではないかと考えています。
 しかし、ルールそのもののデザインをしていくためには、前述のようにこの本が示すルールが扱おうとしている前提条件や影響範囲についても考慮していく必要があります。ルールが私たちの思考や行動、ひいては生活や社会に深く関係している以上、人や私たちの生活や社会への深い洞察や共感など、目に見えないものへの想像力を発揮させることが求められているのです。

■ この本で扱う「ルール」の範囲
 本書では、私たちの社会とそこで発生している問題・課題、そしてそれらを解決するために用いられるルールと、そのルールに潜在する可能性や創造性について考えていきます。たとえば、法律や条例といった法的強制力のあるものだけでなく、さまざまな会社や学校などの組織やコミュニティによって設定された規則やガイドライン、社会の中に明文化されずに存在している文化的背景に基づいた慣習、規範やマナー、そして当事者間の契約・合意・約束事、家族や個人によって日々無意識に行われている習慣、何かを実行しようとする際に設定される制約や条件、また、人がつくった人工物としてのルールだけではなく、自然環境の中に見られる自然法則まで、多岐に渡るルールを扱っていきます。
 また、ここまでの話から、ルールは複数の人間による社会的な関係を前提としてつくる・使うものであると考えられるかもしれませんが、私たちの日常を振り返ると、心地よく生活するため、あるいは自分の成長のためといった理由で、自分自身においても多くのルールを活用していることに気づきます。たとえば、毎朝7時に起床する、昼寝をとる、食事の際にはタンパク質を多めに摂取するようにする、1日1万歩歩く等、私たちはさまざまな習慣やマイルールをつくり、実行しています。このような、習慣やマイルールといった自分だけに機能するルールも、本書が扱うルールのひとつです。つまり、ルールは本来、それが他者と折り合いをつけていくためのものであれ、自分ひとりに向けたものであれ、私たち一人ひとりがこの社会でより生きやすくなるためにつくられ、運用されるものと言えます。こう考えると、ルールのイメージが少し違ってくるでしょうか?


 さらに、近年の重要な課題として「アクセシビリティ」の問題があります。ルールやその運用は、平均的な人間像を前提としてつくられているため、その像から外れた人の存在は、これまであまり考慮されず、取りこぼされてきました。最近たびたびニュースでも取り上げられる車椅子用のスロープや目が見えない人に視覚情報を提供するオーディオディスクリプションなどのアクセシビリティは、すべての商品やサービスがあらゆる人を対象にあらかじめ設計され実装されているならば、本来不要なものです。ベビーカーを押すようになって初めて車椅子ユーザーの困難がわかるようになる人が多くいるように、いわゆる“健常者”という限定的な心身状態を前提につくられた社会は、そこに当てはまらない人を無意識のうちに排除しています。つまり、広く使われているルールも、前提条件自体が限定的である可能性があるのです。それと同時に、最近叫ばれているジェンダー格差や貧困の問題など、社会構造が抑圧や同調圧力を生み、ルールが形式上はあったとしても、実際には特定の層にしか利用されていない、という事例も少なくありません。ルールがあるから思考停止してしまうという状況についても、目を向けてもらえるきっかけになればと思います。[図1]


図1 柱によってスペースが圧迫され、車椅子やベビーカーが通りづらい駅のホーム

 

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ルール?本

創造的に生きるためのデザイン

菅俊一/田中みゆき/水野祐=著
発売日 : 2024年5月18日
2,400円+税
四六判変形・並製 | 320頁 | 978-4-8459-2144-7
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