小説投稿サイトや動画配信プラットフォームが整備され、誰もが自分の物語を発表できる時代。わたしたちは、誰もが「作者」になることができる時代を生きています。しかし、わたしたちの身の回りには、すでに膨大な数の物語(小説、マンガ、映画、ゲーム、アニメなど)が存在しています。どうすれば、人を惹きつける物語を書くことができるのでしょうか。その悩みを解消すべく、これまで数多くの物語創作指南書が刊行されてきました。書店行けば、さまざまな切り口の、そしてさまざまな難易度の指南書が並んでいます。あまりにもその数が多いので、どれを読めばよいのか分からないという方も多いのではないでしょうか。そこで本連載では、さまざまなジャンルで活躍するプロの作家の方々に、各自の視点から「オススメの物語創作指南書」を3冊選んでいただきます。
第5回目は、早川書房に勤務し、小説編集者としてこれまで数々のヒット作を生み出してきた井手聡司さん(@nomu02)。ハリウッド式脚本メソッドである三幕構成の妥当性と長所・短所、小説など他メディアへの応用の可能性について分析した同人誌『三幕構成の研究』を発行するなど、創作指南書についても深い知識をもつ井手さんがオススメする3冊とは――。
フィルムアート社の創作指南書を深く理解するための3冊
私は小説の編集者の立場から、なるべく具体的に小説作法や物語創作のテクニックを説明している良書を紹介します。今回は、フィルムアート社から数多く刊行されている創作指南書とどのように付き合っていくのがよいか、という観点から選んでみました。
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素晴らしい映画を書くためにあなたに必要なワークブック
シド・フィールドの脚本術2
シド・フィールド=著
映画の脚本術や物語構成のノウハウを応用して、エンターテイメント小説を執筆している作家は意外と大勢います。長篇執筆が苦手な方は、試しに脚本の構成理論を学んでみるのもいいのではないでしょうか。
本書はハリウッドで発達したストーリーの構成方法を「三幕構成」として初めて体系化した脚本講師シド・フィールドのノウハウが詰まった、三幕構成に則って脚本を完成させる方法を解説する一次資料であり基本図書です。
フィルムアート社からは現在「シド・フィールドの脚本術1~3」が刊行されていますが、まず1冊読むなら迷わずこの2を薦めます。2は1のバージョンアップ版であり1では触れられていない三幕構成のミッドポイント理論についても詳しく解説されています。3は脚本の問題点の解決を扱った応用編です。
映画の三幕構成そのものを学ぶだけならば、ウィキペディアの項目が異様に充実しているので、それで事足りるでしょう。ですが「シド・フィールドの脚本術」は、人物造形の方法や映画のテーマとは何かといった、脚本執筆のためのノウハウの体系の中に三幕構成の有効性を位置づけていて、物語創作において三幕構成がなぜ有効なのかを明瞭に説明しており、それが他にない本書の価値です。
また本書には、第5章で紹介されている魅力的なキャラクターを作る4つの要素や第10章で紹介されている余分なシーンを省くテクニックであるウィリアム・ゴールドマンの金言「遅く入って早く出ろ」の紹介など、物語創作における重要な指摘がいくつもあります。日本語で三幕構成のノウハウをを学ぶのであれば、まずはこの本がよいと思います。
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マンガ脚本概論
漫画家を志すすべての人へ
さそうあきら=著
双葉社
漫画におけるストーリーやドラマの作り方の基本事項を、漫画家が漫画によって描ききった、ものすごい本です。「面白い物語を作るとはどういうことか」を追究した普遍的な内容なので、小説および物語全般において創作を志す人にとって無駄な箇所はありません。漫画形式なのであまりにもサラリと最後まで読めてしまい、この本のすごさにちゃんと気づかない人もいるかと思いますが、数々の賞に輝くベテラン漫画家が、京都精華大学マンガ学部で15年間教えた成果を凝縮した、ストーリー創作のための濃密な概説書です。
本書のバックグラウンドは大変広く、著者がフィルムアート社の本も含め、相当沢山の創作指南書を研究したことが窺えます。映画脚本のメソッドからスティーヴン・キングの創作論、キャラクターの立て方まで全方向的にバランスよく網羅されており、実作者自身による作例も豊富。物語を面白くするとは、人間ドラマを深めるとはどういうことか。知っておくべき概論的なことが、これ1冊にほぼ網羅されています。
フィルムアート社の創作指南書は分厚いものや専門的なものが多いので、まず本書を読んで創作のために必要なことの概要を自分なりに掴んでから挑むというやり方もあると思います。
本書は漫画家である著者自身による作例も豊富で大変分かりやすいですが、述べられていること自体はそう簡単ではありません。最後まで苦労せず一気に読めてしまいますがそれは表面的な理解にすぎないので、実作を重ねながら期間を空けて何度か再読したりフィルムアート社の他の本を読んだりした後に読み返すと、そのたびに得るものが増えていくと思います。
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物語論
基礎と応用
橋本陽介=著
講談社選書メチエ
SF・ファンタジー作家の巨匠アーシュラ・K・ル=グウィンが物語作家志望者のためにライティングの基本的なトピックをまとめた『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』がフィルムアート社から刊行されています。
この本はワークショップのまとめであり練習問題がついていることもあって、日本語版(通称“文舵”)刊行の際には実際に課題に挑む読者もWeb上に多く見られました。
『文舵』はハイコンテキストな名著であり大久保ゆう氏の訳も素晴らしいですが、そのままでは日本語で書く作家志望者にはハードルが高すぎる個所も見受けられます(英文で読む読者にはとても有益だろう)。
ル=グウィンが本書で問題にしているレベルで小説の文章作法を追求すると、日本語と欧米系言語の差異のほうが際立ってきてしまう部分が多くなってきます(たとえば『文舵』第2章はコロン「:」とセミコロン「;」の使い分けにあてられている)。
欧米の小説は伝統的に過去時制で書かれてきましたが、近年現在時制で書く作家が増えており、『文舵』6章ではそれに対するル=グウィンの意見が丁寧に述べられています。
しかし日本語では読者(が今読んでいる自分の)視点から見た「現在」よりも、物語内の登場人物が感じている「現在」のほうが物語作法において優先される性質があるので、英米文学よりも動詞の時制を厳密にしないまま書き続けても問題ありません。日本語は視点の焦点化が極めて自由であり、それが日本語の美点でもあるのです。
というわけで、『文舵』を読んで逆に日本語の特異性に対する疑問を持ってしまった方にお薦めするのが、本書『物語論 基礎と応用』です。著者である比較文学者の橋本陽介氏の説明はとても分かりやすく、我々の曖昧な日本語文法理解に明快なメスを入れ、それが実際の小説作法においてどのように機能しているのかが示されています。
現代の物語論ナラトロジーには大ざっぱに言って、テクストを段落・一文・単語単位にまで分解して、視点・時間・空間・語りなどの描写の扱われ方を細かく研究するミクロな流派と、これまで語られ書かれてきた神話以降の古今東西の物語のモチーフや構造を分類し、その差異や共通点を浮き上がらせる研究をするマクロな流派があります(と大雑把に理解してください)。
本書前半は上記の物語論のふたつの流派それぞれについてざっと概括し、主に前者(ミクロ)の説明に頁を割いています。本書後半はその知識を前提とした作品分析。古典から現代文学、ラノベ、アニメまで広く扱っています。
視点の問題(小説を一人称、二人称、様々な三人称、どの視点で書くか)についても、ル=グウィンが『文舵』7章で扱っている欧米言語話者に対する簡易的な説明だけだと日本語話者の理解にとってはやや不十分で、ジュネットが『物語のディスクール』で体系づけたように「焦点化」という概念を理解しないと本当にスッキリとは整理できないでのす。『物語論 基礎と応用』ではこれについても「第三章 視点と語り手」の章で超わかりやすく概説しています。
私は普段個人的に、日本語で書くエンタテインメント小説においては「基本はシーンごとに三人称一視点の体裁をとりながらも、そのときの視点人物の一人称的にも読めてしまうことがあってもよく、その両方をスムーズに行き来orオーバーラップするような書き方」を推奨していますが、これについても「第九章 登場人物の内と外」にて東野圭吾作品を例に説明されています。
ル=グウィンが『文舵』の8章で問題にしている、地の文における自由間接話法の扱いや「意識の流れ」といった欧米小説の大きなテーマについて、日本語では意外とゆるく曖昧(であるかのよう)に処理されているのはなぜなのか、については、本書の「第四章 日本語の言語習慣」「第九章 登場人物の内と外」に詳しいです。
また、日本語における時制の扱いについては、「第三章 物語に流れる時間」の中の「物語現在的語り」の項に詳説されています。
『文舵』の専門的な議論によって日本語の根幹にかかわる疑問を持たざるを得なくなってしまった方にもっとも薦めたい「日本語で物語を書く」ための基礎理論を納得できる本としてお薦めします。
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まんがでわかる物語の学校
大塚英志=構成|野口克洋=まんが
角川書店
最後に、オマケになるがもう1冊だけ薦めさせてください。すでに紙の本は版元品切れのようですが、電書が刊行されているので許してね。
現代の物語論ナラトロジーにはミクロな流派マクロな流派があると書きましたが、本書は神話の分析などを扱う後者(マクロ)中心の内容を、なんとこれまた漫画形式で説明するチャレンジングな本です。
グレマスの行為者モデルを皮切りに、フェネップ、ランク、キャンベル、ボグラー、プロップなど、多くの学者による物語構造理論がコンパクトに概括されています。大塚氏十八番の物語構造から読み解く宮崎駿論、村上春樹論も少々。
神話の持つ構造を物語に応用するという手法はハリウッドではスタンダードなアプローチのひとつであるとか、ルーカスは「スターウォーズ」を作る際にキャンベルの単一神話論を参考にしたとか、キャンベルの『千の顔をもつ英雄』のハヤカワ文庫NF版には冲方丁氏が帯の推薦を書いているとか、物語の構造分析についてはいろいろと耳にして気にはなっている向きも多いと思います。
フィルムアート社からも、『作家の旅 ライターズ・ジャーニー』、『世界を創る女神の物語』、『ヒロインの旅』などこのようなテーマの創作への応用書がいくつも刊行されています。
古今の神話や英雄譚を原型としたアーキテクチャに拠った物語構築は、作家の向き不向きも結構あると思われます。また、本格的に学ぼうとすれば膨大な神話学、民俗学などの文献や難解な専門書と向き合う必要があるので、作家志望の段階の方がはまり込むのは危険ですらあります。その前に本書ただ1冊だけを読むことで、この分野がどんなことを目指しているのかを大雑把に掴み、自分に向いているかどうか検討してみることで、回り道せずに済む、という意味でお薦めしておきます。
以上、非常に読みやすい本と、とても骨のある本を取り混ぜて紹介してみました。どの本も、創作志望の読者それぞれのレベルに応じた読み方が出来るものなので、間を空けて何度も読み直してみるたびに新しい発見があると思います。
フィルムアート社から刊行された「物語やキャラクター創作に役立つ書籍」を下記ページにまとめています。映画だけでなくゲーム・小説・マンガなどのジャンルにも応用可能です。脚本の書き方、小説の書き方に悩んでいる方はぜひご一読ください。