混乱の時代、芸術はいかに社会に応答しうるか?
ベトナム反戦運動、フェミニズム、反人種差別運動、美術制度批評……
1960年代アメリカで、自らを芸術労働者(アートワーカー)と定義することで
アクションを起こしたアーティスト・批評家たち。
その先駆的でラディカルな試みの実相を鮮やかに描きながら、今日的意義を問い直す──
ベトナム反戦運動を筆頭に、フェミニズム運動、ブラックパワー運動、ゲイ解放運動、大規模なストライキなど、政治的・社会的な運動が巻き起こった騒乱の1960–70年代アメリカ。美術界では、「アートワーカー」という集団的アイデンティティが生まれつつあった──。
芸術に関わるすべての行為を〈労働〉と捉えたアートワーカーたちは、芸術作品/仕事(アートワーク)の意味を拡張し、ベトナム戦争時代の社会不安に立ち向かう。1969年に設立された「アートワーカーズ連合」や、翌年に同連合から派生した「レイシズム、戦争、抑圧に抵抗するニューヨーク・アート・ストライキ」のアクティビズム的な熱を帯びた活動は、ミニマルアートやコンセプチュアルアートなど、制度としての芸術に異議を唱える動向と密接に関係しながら発展していく。しかし、内部に多くの矛盾や葛藤を抱えたその活動は短命に終わってもいる。
本書では、ミニマルな作品によって「水平化」を目論んだカール・アンドレ、ブルーカラー労働者との同一化を夢想したロバート・モリス、批評や小説の執筆、キュレーションという「労働」を通してフェミニズムに接近したルーシー・リパード、そして情報を提示する作品によって制度批判を行ったハンス・ハーケという4人の作品や活動を徹底的に掘り下げるケーススタディから、アートワーカーたちによる社会への関与の実相を明らかにする。
また日本語版では、読者に現代の問題として議論してもらえるきっかけとなるよう、各章に専門家による解題を付け加えた。
芸術はいかに世界と関わりうるのか? 作品という枠組みを超えて、アーティストはいかに自らの態度を表明できるのか? 今日の社会において真の連帯は可能なのか? アートワーカーたちのラディカルな実践は、半世紀以上の時を経てなお新鮮な問いを発し続けている。
徹底的に掘り下げられた記述……ブライアン゠ウィルソン氏の著作は、芸術を文化におけるオルタナティブな場としてもう一度確立しようとする今日の若い世代のアーティストにとって、即座に、実践的な価値をもつものである。同時に、彼女の簡潔な文体は、専門家ではない読者をも魅了するだろう。
──『ニューヨーク・タイムズ』紙書評より
(本書は)1960年代の美術史、そして芸術と政治についての今日的な言説の双方にとって極めて重要な、芸術的アクティビズムを鮮やかに描き出している。
──キャリー・ランバート=ビーティ(ハーバード大学)、『アートフォーラム』誌ベストブックス2009より
イベント情報【開催済】
本書の刊行を記念して、著者のジュリア・ブライアン゠ウィルソンさんをお招きし、東京と京都でトークイベントを開催しました。
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訳者の松本理沙さんによるイベントレポートが「art for all」に掲載されました。
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メディア掲載
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『日本経済新聞』書評 2024年5月18日 評者:暮沢剛巳
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『美術手帖』2024年7月号書評 評者:加治屋健司
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『群像』2024年8月号 評者:菅野優香
目次
日本語版への序文
プロローグ
ラディカルプラクティスに向けて│ベトナム戦争時代
1 アーティストからアートワーカーへ
連合のポリティクス│アート対ワーク│一九六〇年代後半から七〇年代初期におけるアメリカの労働│ポスト工業化社会における職業化
【解題】 「境界」をめぐるアーティストたちの闘争──AWC解説 笹島秀晃
2 カール・アンドレの労働倫理
レンガ積み│ミニマリズムの倫理的土壌│アンドレとアートワーカーズ連合│物質を問題にする/問題を物質にする│戦中のミニマリズム
【解題】 カール・アンドレの階級闘争 沢山遼
3 ロバート・モリスのアート・ストライキ
仕事/作品としての展覧会│スケールの価値│アーティストと労働者、労働者としてのアーティスト│プロセス│デトロイトと建設労働者/ヘルメット集団│ストライキ│勤務時間中のモリス、勤務時間外のモリス
【解題】 ワーカーとしてのロバート・モリス──「脱物質化」のジレンマのなかで 鵜尾佳奈
4 ルーシー・リパードのフェミニスト労働
女性たちの仕事│アルゼンチン訪問│三つの反戦展│アートについて/として執筆する女性たち│抗議を工芸する
【解題】 個人的なこと、集団的なこと、政治的なこと──執筆家/活動家としてのルーシー・リパード 井上絵美子
「挑発」としての批評とアクティビズム 浜崎史菜
5 ハンス・ハーケの事務仕事
《ニュース》│AWCとコンセプチュアルアート──美術館を脱中心化する│情報│ジャーナリズム│プロパガンダ
【解題】 制度批評のありか──ハンス・ハーケと情報マネジメントの芸術労働 勝俣涼
エピローグ
謝辞
訳者あとがき
註
索引
著者略歴/訳者略歴/解題執筆者略歴/註訳者略歴
プロフィール
[著]
ジュリア・ブライアン゠ウィルソン(Julia Bryan-Wilson)
現在、コロンビア大学美術史・考古学部教授、ジェンダー・セクシュアリティ研究科教員。芸術をめぐる労働の問題、フェミニズム・クィア理論、工芸史などを研究している。近刊に『アート・イン・ザ・メイキング──アーティストとマテリアル、スタジオからクラウドソーシングまで(Art in the Making: Artists and Their Materials from the Studio to Crowdsourcing)』(グレン・アダムソンとの共著、テームズ&ハドソン、2016)、『ほつれ──芸術とテキスタイルの政治学(Fray: Art and Textile Politics)』(シカゴ大学出版局、2017)や『ルイーズ・ネヴェルソンの彫刻──ドラァグ、カラー、ジョイン、フェイス(Louise Nevelson’s Sculpture: Drag, Color, Join, Face)』(イェール大学出版局、2023)など、また編著書に『オクトーバーファイルズ──ロバート・モリス(OCTOBER Files: Robert Morris)』(マサチューセッツ工科大学出版局、2013)がある(以上いずれも未邦訳)。2019年よりサンパウロ美術館の総合キュレーターを務め、これまでに1900年以前の女性が制作したテキスタイルや絵画を集めた「ウィメンズ・ヒストリーズ、フェミニスト・ヒストリーズ(Women’s Histories, Feminist Histories)」展など複数の展覧会を担当している。
[訳]
高橋沙也葉(たかはし・さやは)
京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程、および日本学術振興会特別研究員(DC1)。1960年代末の彫刻とその記録を中心に、アメリカと日本のアートシーンの交差の研究を行う。
長谷川新(はせがわ・あらた)
インディペンデントキュレーター。「クロニクル、クロニクル!」「不純物と免疫」「約束の凝集」「SEASON2」など展示企画多数。ベトナム戦争を軸に「日本戦後美術」を再検討する「イザナギと呼ばれた時代の美術」をTokyo Art Beatで不定期連載中。
松本理沙(まつもと・りさ)
京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。岡山大学等非常勤講師。アメリカにおける1970年代から90年代のパブリックアート研究を行う。おもな論文に「ホームレスとの協働からみるクシシュトフ・ヴォディチコ《ホームレス・ヴィークル》──機能性の考察を通して」『表象』第16号(2022年)。
武澤里映(たけざわ・りえ)
兵庫県立美術館学芸員、大阪大学大学院文学研究科博士前期課程在籍。日本におけるハプニングの受容をおもな対象に、エフェメラルな作品の記録や伝播に関心をもつ。