親愛なる読者へ。
わたしは、あなたのために
ここにいる。
伝えること、読むこと、書くこと、広めること、残すこと。
「本」がおしえてくれる、大切な「本」の物語。
本には数え切れないほどの物語があります。
では、もし、本が自分の物語を語ったら……?
粘土板、パピルスの巻物、中世の写本、印刷された紙、そして電子書籍のスクリーン。
本の形は時代によってさまざまに変化して、人々の元にやってきました。
音や声が、言葉となって、文字として記され、束ねられて綴じられて「本」となり、わたしたちのこの手でページがひらかれるまでの、 つつましくもけなげな「本」の長い長い冒険譚。
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何百年もにわたって、わたしはほかの人々の物語を語ってきた。
そしていま、自分自身の物語を語るときがやってきた。
それは、この本棚にいたるまでの冒険の物語だ。
人々はわたしのページの端を折り、わたしを読んで笑い、泣いた。
わたしを読むことを禁じたこともあれば、わたしを焼いたこともある。
わたしは文明が起こり、そして没落していくのをみてきた。しかし、わたしはそれを生きのびてきた。
まず読んでみてほしい。わたしの物語は、まちがいなく、おもしろいことがわかってもらえると思う。
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わたしの名前は本。
これからわたしの物語をしよう。
そのうち、粘土板や、アルファベットの発明や、美しい写本や、図書館などの話もすることになる。しかし、わたしの物語はそのはるか昔から始まる。
本の前に、息があった。
人々はたき火を囲んで歌をうたったり、物語をしたりした。うたいながら踊って、季節をほめたたえた。そして年長者は年下の者たちに口伝えで、自分たちの知識を伝えた。人々は記憶の力に頼っていた。そう、人々はわたしを頭のなかに置いて、口で語ったのだ。文字はまだ生まれていなかった。
(本書p.7~9)
メディア掲載
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『婦人公論』1月23日号
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「BOOKウォッチ」
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NHK「ごごナマ」1月10日放送分
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『週刊エコノミスト』
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「産経ニュース」
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『本の雑誌』3月号 書評:江南亜美子
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「モーニングスタジオ」(中海テレビ)
目次
だれが文字を発明したのか
粘土板で伝えよう
カエルを送る
アルファベットへの道
ABCをひねったら
岩(Rock)から巻物(Roll)へ
パピルスという冒険時代
羊の登場
羽根で言葉が広まった
わたしの文字が光る
背表紙ができるまで
ぼろ布から紙へ
グーテンベルクの活版印刷機
印刷の黄金期
蒸気機関とともに
ポケットのなかの庭
記憶の家
多くの人々の手に
焼かれたときの話
電子書籍
プロフィール
[著]
ジョン・アガード(John Agard)
詩人、劇作家、児童書作家。ガイアナに生まれ、ラジオでクリケットの実況放送を聞くうちに言葉への愛が芽生え、育った。詩集に、We Brits, Alternative Anthem, Travel Light,Travel Dark, Godilocks on CCTVなどがある。妻グレイス・ニコルズと編んだ子ども向けのアンソロジーが数冊。2012年、Queen’s Gold Medal for Poetryを受賞。
ニール・パッカー(Neil Packer)
イングランドのコルチェスター美術学校を卒業し、広告会社で働いた後、Folio Societyの『百年の孤独』、『薔薇の名前』、『ラビリンス』などのイラストを担当。またWalkerBooksのジリアン・クロスによる『オデュッセイア』の翻案のイラストを担当。
[訳]
金原瑞人(かねはら・みずひと)
1954 年、岡山市生まれ。法政大学社会学部教授。翻訳家。英米の古典からヤングアダルト、ノンフィクションまで、幅広い翻訳を手がける。近訳書に、リオーダン『オリンポスの神々と7人の英雄』、スカロウ『タイムライダーズ』などの人気シリーズをはじめ、ヴォネガット『国のない男』、シアラー『骨董通りの幽霊省』、ユスフザイ『わたしはマララ』、グリーン『アラスカを追いかけて』、モーム『月と六ペンス』など多数。著書に『サリンジャーに、マティーニを教わった』『翻訳のさじかげん』など、また日本の古典翻案に『雨月物語』『仮名手本忠臣蔵』『真景累ヶ淵』などがある。