本邦初となる本格的「書き込み式」小説の書き方本として、発売前から大きな注目を集めていたK.M.ワイランド著『〈穴埋め式〉アウトラインから書く小説執筆ワークブック』が2021年6月26日についに刊行となりました。
同著者のベストセラー『アウトラインから書く小説再入門 なぜ、自由に書いたら行き詰まるのか?』(2013年刊行)の「実践編」に相当する本書。これから小説の執筆にチャレンジしようという方にはぜひ読んで(使って)いただきたい一冊です。読むだけでなく、書き込む(=使う)ことができるのが本書の最大の特徴です。
「解説」→「具体例」→「練習問題」を繰り返しながら、本書を読み進めて(書き進めて)いくことで、執筆のロードマップである「アウトライン」が完成します。
さて、小説家は「プロッター」派と「パンツァー」派の2派に分かれるといわれています。
① プロッター…執筆前にプロットを作る人
② パンツァー(PANTSER)…プロットを作らず直感で執筆する人
※パンツァーは「計画を立てず、勘を頼りに作業する=SEAT OF PANTS」というイディオムに由来する
用意されているエクササイズをこなしていくだけで小説のアウトラインが完成してしまう本書は、「プロッター」派のみなさん(あるいは「パンツァー」スタイルで上手くいかないみなさん)の心強い味方となってくれるはずです。
気になるのは、本書が「本当に使えるのかどうか」です。
そこで、プロの小説家に本書を実際に使っていただきました。
今回ご協力いただいたのは、小説家の八谷紬さんです。
八谷さんは、『新しい主人公の作り方 アーキタイプとシンボルで生み出す脚本術』(フィルムアート社)に出会ったことをきっかけに物語の構成や創作論に興味を持ち、これまで数多くの創作術を読み込み、そのメソッドを自分のものにしています。
また、過去には何度か取材させていただいたこともあります。
・小説家、八谷紬『ストーリー』を語る
・座談会:プロの作家はどのように推敲しているのか? 浅海ユウ×櫻いいよ×八谷紬×望月麻衣
自他ともに認める生粋のプロッターである八谷紬さんは『〈穴埋め式〉アウトラインから書く小説執筆ワークブック』をどのように読み、どのように使ったのでしょうか。
「もし八谷さんが本書を使って小説のアウトラインを書いたらどうなる?」
八谷さんご自身にデビュー作である『15歳、終わらない3分間 』(スターツ出版)を事例に、本書のエクササイズを穴埋めしていただきました。
八谷さんが取り上げてくださったエクサイサイズは、第3章に収録されている「インサイティング・イベントとキー・イベント」です。その理由として
「『小説を書きたい』『どんな小説を書こうかな』と考えたとき、もしくはぼーっとしているときににパッと浮かんでくるシーンが、私は圧倒的に最初の事件(インサイティング・インシデント)であることが多いです。ここが閃くとストーリーが膨らむことが多いので本エクササイズを選びました。」
と語ってくださいました。
インサイティング・イベントとキー・イベント
バックストーリーの始まりは? もちろん、答えは「最初から」です。キャラクターはどこで生まれたか? 両親は誰? 幼少期に出会った人生観を形成するもととなった出来事は? これらを直感的に探るよりも、さらに効果的な方法があります。それは、ストーリーが本格的に始まる瞬間を起点に、過去へとさかのぼって考えること。その起点となる瞬間が「インサイティング・イベント」です。
インサイティング・イベントとは、キャラクターを取り巻く世界が後戻りできないほどの変化を迎える瞬間のことです。プロットをドミノ倒しにたとえるなら、最初の一片が倒れる時。そこからどんどん連鎖反応が起き、キャラクターをクライマックスへと導きます。あなたの作品全体の中で、キャラクターの存在を形づくる出来事と言えるでしょう。その瞬間に至る経緯にふさわしいバックストーリーが必要です。このように考えれば、キャラクターの過去について、何を問うべきかがわかりやすくなるでしょう。
また、「キー・イベント」も意識して下さい。キー・イベントとはキャラクターがインサイティング・イベントに関わることになった瞬間です。たとえば、ほとんどの探偵小説では、インサイティング・イベント(犯罪)が主人公から離れたところで発生し、キー・イベントが起きて主人公が事件の解決に乗り出します。先にインサイティング・イベントを起こしておいてから、キー・イベントで主人公を引きずり込むのです。
――『〈穴埋め式〉アウトラインから書く小説執筆ワークブック』
映画『ロード・オブ・ザ・リング』の例でインサイティング・イベントとキー・イベントを整理するとこうなります。
・インサイティング・イベント…ビルボが指輪を見つける(ストーリー全体が動き出すきっかけ)
・キー・イベント…フロドが指輪を受け継ぐ(→これによって、フロドの旅が始まる=本当のスタートはここから)
下記の記事に「インサイティング・イベントとキー・イベント」について解説しているので参考にしてみてください。
https://kakuyomu.jp/works/1177354055193794270/episodes/16816452219633278150
さて、八谷紬さんのデビュー作『15歳、終わらない3分間』のあらすじを改めて確認しておきましょう。
『15歳、終わらない3分間』あらすじ
自らの命を絶とうと、学校の屋上から飛び降りた高校1年の弥八子。
けれど――気がつくとなぜか、クラスメイト4人と共に教室にいた。やがて、そこはドアや窓が開かない密室であることに気づく。
時計は不気味に3分間を繰り返し、先に進まない。いったいなぜ?
そして、この5人が召喚された意味とは?
…すべての謎を解く鍵は、弥八子の遠い記憶の中の“ある人物”との約束だった…。
八谷さんは『15歳、終わらない3分間』の中で、インサイティング・イベントとキー・イベントとしてどのような出来事を描いたのでしょうか。そして、その両イベントは、物語や登場人物にどのような影響を与えたのでしょうか。
八谷さん自身によるエクササイズの穴埋めで確認してみましょう。
『15歳、終わらない3分間』は、「第一章 ばいばい。」で主人公の乾弥八子が学校の屋上から飛び降りるというショッキングな場面からスタートします。これがこの物語の「インサイティング・イベント」です。
そして「第二章 かわらない。」では、自殺を図った弥八子が、なぜか(さほど仲良しではない)4人のクラスメイトとともに教室にいて、そこから脱出できないという事実が判明します。そして、時計は午後5時27分と30分の間(3分間)を何度も繰り返しています。この密室状況の誕生が「キー・イベント」になります。
三幕構成で物語の構成を考える場合、インサイティング・イベントとキー・イベントは第一幕(オープニングから全体の25%の地点まで)で発生しなければなりません。序盤で読者の興味を惹きつけておくためにも、インサイティング・イベントとキー・イベントについて考えておくことは大変重要です。
『15歳、終わらない3分間』は、インサイティング・イベントとキー・イベントがしっかりと設計されているだけでなく、そのイベントの発生のタイミングも三幕構成のセオリー通りです。
今回は、すでに完成した物語を分解する形でエクササイズを穴埋めしていきましたが、エクササイズを穴埋めしていきながら物語を完成させていくのが本書の本来の使い方になります。もし、すでに書き上げた小説があるというという方は、今回の八谷さんのように、その物語をエクササイズの設問毎に分解してみてください。もし、埋まっていない項目があるのであれば、その物語には何か欠陥があるのかもしれません。
本書には、あらすじを一文で表すプレミスの作成、プロットのブレインストーミング、キャラクターへのインタビュー、ストーリーの起伏を生み出すアーク作りなど、実践的な方法論が紹介されており、それぞれの質問事項やエクササイズなどをこなしながら、章を追うごとに物語のアウトラインが固まるような構成になっています。
ぜひみなさんの創作にご活用ください。
さて、最後に八谷紬さんに本書『〈穴埋め式〉アウトラインから書く小説執筆ワークブック』の魅力について語っていただきました。
「小説を書いてみたい、と思ったもののうまくいかない、最初は書けるけど完結できない、という方におすすめです。なかには型にはまったものは面白くないんじゃ、と心配する方もいらっしゃると思います。しかし例えばTシャツは『頭を通す穴と腕を通す穴が空いていて頭から被る服』という型は一緒ですが、世の中には単色、柄物、半袖、長袖、パフスリーブ…など様々なデザインのものが売られています。本書はその『様々なデザイン』を学べるものです。しかも穴埋め式なので質問に答えていればおのずと書きたいものも見つかり、物語の型も把握できていく便利な本です。最初から全部埋めなければ、と気負わずに、まずは自分が好きなところから埋めて行って、難しいところは飛ばしてもいいんじゃないかなと思います。全体像が見えてきたときに、案外細部も埋まったりしますし、ある程度できたら書ける!と思えるかもしれません。まず一作完結させるために、より面白い物語を書くために、書く楽しさを味わうためにぜひ一度ご覧になってみてください。」