ためし読み

『現代手芸考 ものづくりの意味を問い直す』

これまで批評・研究の世界で取り上げられてこなかった未開拓の分野=「手芸」について、「つくる」「教える」「仕分ける」「稼ぐ」「飾る」「つながる」の6 つのテーマから迫る、画期的な一冊『現代手芸考 ものづくりの意味を問い直す』が刊行されます。
今回のためし読みでは、編者の上羽陽子さんによる「序論」の抜粋を公開いたします。

序論 「手芸的なるもの」を探る

あなたは手芸という言葉から何を連想するだろうか。刺繍やビーズ細工、アップリケなどを思い浮かべるかもしれない。あるいは、母親がつくった人形やレース編みなどの室内装飾品を思い起こす人もいるだろう。

では、そのときに、何をもって手芸と手芸でないものとを区別したのか。きっと直感的に「何か」を感じとって、「手芸品」や「手芸っぽい」と判断したのではないだろうか。その「何か」とはどういったものなのだろうか。手芸と手芸でないものの境界には何があるのだろうか。

「手芸的なるもの」の現代的展開

手芸は、私たちの周りを見渡すと、ありとあらゆるところにあふれている。本屋に行けば、手芸と題した売り場があり、数多くの手芸本が並んでいる。百貨店やショッピングモールには手芸店が入っており、売り場の中でレッスンが行われていることもめずらしくない。また、近年特に目立つのは、年に何回も行われる大会場での数万人を動員する手芸イベントである。そこでは刺繍やパッチワーク、キルト、編物などさまざまな手芸品や材料、道具などが所狭しと置かれ、多様な人びとによって売買されている。さらに、自宅でつくった手芸品を簡単に販売することのできるインターネットサイトも複数ある。つくり手が10万人を超えるサイトもめずらしくなく、出品者が手芸で稼ぐことも一般化しつつあり、それらの担い手は、女性だけではなく、男性も多くみられる。

もともと、日本における手芸は「家庭内において行う趣味的な制作とされ、その担い手の多くが女性である」とされてきた[*1]。しかし、今日の手芸をとりまく展開は、「家庭内の」「趣味的な」「女性による」といった従来の日本の手芸概念ではとらえることができない。では、手芸でないとしたら、これらは既存の分類においてどこに位置づけることができるのであろうか。それらは、誰がつくり手となって生産され、どのように扱われ、消費され、社会においてどういった役割や機能をもっているのだろうか。

本書の目的は、このような「手芸的なるもの」――手芸と呼ばれるものもそうでないものも含めて――に焦点を当て、通文化的にそれらの現代的展開を明らかにすることである。そして、それらを通じて現在進行形でさまざまなかたちで展開するものづくりの意味について考えてみたい。

まず、本稿では、現代の手芸的なるものの特徴を紹介しつつ、これまでの手芸に関する研究を概観し、本書作成の出発点を示す。そして、現代の手芸的なるもののかたちをあぶり出すために、どういった視点が重要で、何が問題なのかについて提示する。

(中略)

共同研究を始める

このような問いにアプローチするため、筆者は「現代『手芸』文化に関する研究」と題し、共同研究(国立民族学博物館、2014-17年度)を立ち上げた。本書は、共同研究の成果であり、研究会のメンバーによる論考、コラム、座談会で構成されている。共同研究会のメンバー構成は、文化人類学、ジェンダー研究、美術・工芸史、ファッション研究、テキスタイル研究、経営学、繊維造形作家といった多様な領域の人びととなった。

前述してきたように手芸という研究領域はいまだ構築されておらず、そのため手芸研究者も存在しない。このなかで、これまで手芸について正面から研究をしていたのは、本書の編者でもあり、研究会の副代表をお願いした表象研究・ジェンダー研究の山崎明子のみであった。一方、興味深かったのは、これまで手芸の研究をしてきたわけではない研究者や実務者が、研究会においてどの事例においても議論に絡むことが可能だったことである。これはあらためて手芸的なるものの領域の広さや、それらがいかに社会とコミットしてきたかを示すものであった。

しかし、手芸的なるものへの研究アプローチは容易ではなかった。前述のラバーリーの事例で示したように、現代の手芸的なるものの特徴は、つくっては誰かにあげる、しばらく飾っては飽きて捨てるといったように、一時的に使用し、使用後、捨てられることが多い点である。そのため、丁寧に保管される――たとえば、博物館や美術館に収集される――機会も少なく、写真などに記念として撮られることも稀であり、それらの歴史的展開や生産から消費までの動態を追うことが困難である(コラム3-2、135頁参照)。このように、現代の手芸は、新たに生み出されては消費されつづける運命にあり、時代や地域によって異なるものづくりの歴史や制度、社会と関係しながら、次から次へと変化しつづけている。そのため、そのかたちをとらえることが難しいのである。

「手芸的なるもの」のかたちに迫るために

そこで、研究会では手芸とは何かということを明らかにするのではなく、手芸とは何かを明らかにするためには、どういった視点が大事なのか、何が問題になってくるのかといった点に議論の焦点を当てることにした。そして、つくり手は誰か、それはプロかアマか、誰と一緒につくるのか、どうつくるのか、誰に習ったのか、誰が教えるのか、売るのか売らないのか、なぜ人にあげるのか、使うのか使わないのか、つくられたものは誰がどのように評価するのか、それらはどこに分類されるのか、手芸ブームはどうして起きるのか、時代差や地域差はあるのかといった数々の問いが挙げられた。

これらの問いにアプローチするため、研究会メンバーの事例をもとに、図のように「つくる」「教える」「仕分ける」「稼ぐ」「飾る」「つながる」の6つのテーマを取り上げた。図の中心には、輪郭線が不明瞭でそのかたちをとらえることが難しい「手芸的なるもの」が位置している。そして、そこに異なる光を当てることで、その不確かな姿の輪郭線が見えてくるような別のテーマを掛け合わせた。

研究会では、メンバー数名がそれぞれのテーマに関連するトピックを提供し、座談会形式で議論を繰り広げた。そのなかで浮かび上がってきたキーワードを図のテーマの周りに配置した。当然、キーワードはテーマをまたぐこともある。本書は、この6つのテーマが章立てとなり、各章の議論は論考とコラム、座談会が絡まり合いながら展開している。

「手芸的なるもの」への6つのアプローチ

第一章となる「つくる」に「技術」を掛けてみると、手芸には高度な技術は必要なく、誰でもできる技術ということが重要であることが明らかとなった。また、現在の第三次手芸ブームを支える一因に、製品のクオリティよりもセンス、技術よりもつくり手の想いが重要であるといった手芸の性格が浮かび上がってきた。論考1では、山崎明子が「つくる」をテーマに、前近代から2000年代以降までの手芸ブームに着目し、ブームが起こる要因について女性をとりまく社会の変化と技術の変容から描き出し「つくること」の意味を分析している。

第二章となる「教える」に「伝承」を掛けてみると、ものづくりの技術伝承において、社会的文脈の継承がどれほど重要であるかが再認識される一方、手芸には文化的背景と切り離されて伝承されやすい性格があることが浮き彫りとなった。論考2では、杉本星子が「教える」をテーマに、女子教育の歴史的変遷を考察の対象とし、日本の手芸の多くが欧米から導入されたことを明らかにし、手芸の技法の継承や作品制作の場が、少子高齢化が進む現代社会において、高齢者福祉の場に移りつつあることを指摘している。

第三章となる「仕分ける」に「アイデンティティ」を掛けてみると、ものづくりがそれぞれの社会によって制度化され、つくり手たちが既存の分類のなかでアイデンティティを模索しつづけていることが浮かび上がってきた。また、そのなかで手芸は仕分けの連鎖によってカテゴリーの残余的なものとして存在していることが明らかとなった。論考3では、蘆田裕史が「仕分ける」をテーマに、美術作品に手芸的な要素が組み込まれるとどうなるかを分析し、そこから手芸というカテゴリーについて考えることは、文化や芸術の枠組みを描き直す可能性をもっていると手芸研究の重要性を論じている。

第四章となる「稼ぐ」に「社会階層」を掛けてみると、同じ針仕事をしていても時代や社会階層によってつくり手の意識やそれらに対する社会のまなざしが異なり、稼ぎ方も多様であることが明らかとなった。手芸での稼ぎ方が、その時代の女性たちの生きる姿や社会問題を浮き彫りにするという面もみられた。論考4では、木田拓也が「稼ぐ」をテーマに、手芸と労働、プロとアマチュアといった視点から、近年、手芸で稼ぐことも一般化されつつある状況を示し、手芸と工芸の区別がもはや有効でなく、両者の境界があいまいになってきたことを解き明かしている。

第五章となる「飾る」に「自己表現」を掛けてみると、手芸だからこそ可能な自己表現や自己実現があることが明らかとなり、女性特有とされる私的空間を手づくり品で装飾する意義や、手間ひまをかけて余暇の時間に手芸をすることの意味が浮かび上がってきた。論考5では、中谷文美が「飾る」をテーマに、一見、無駄で過剰に見えやすい装飾的な手芸に焦点を当て、欧米社会を対象とする歴史研究をもとに女性が住まいを飾るという行為と自己表現との関係を考察している。

第六章となる「つながる」に「社会空間」を掛けてみると、手芸だから生み出すことのできる社会空間、手芸を通じた新たなコミュニティ創出の機会といった手芸のもつ社会的側面が明らかとなった。論考6では、金谷美和が「つながる」をテーマに、自身の東日本大震災の被災地での調査をもとに、手芸にはケアとウェルビーイング、人的ネットワークの形成、癒やしとしての効果もあることを描き出している。

本書では、以上の6つの視点からのアプローチを通じて、現代の手芸的なるもの――手芸と呼ばれるものもそうでないものも含めて――のかたちについて迫っていきたい。手芸的なるものを研究することは、既存の文化や芸術の枠組みを再考し、さらには世界各地でさまざまなかたちで展開するものづくりの意味をあぶり出すことを可能にするのではないだろうか。
本書がその一助になることを期待したい。

*1 山崎明子『近代日本の「手芸」とジェンダー』世織書房、2005年、3‒4頁。

(ぜひ本編も併せてお楽しみ下さい)
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現代手芸考

ものづくりの意味を問い直す

上羽陽子/山崎明子=編
発売日 : 2020年9月26日
2,400円+税
四六判・並製 | 312頁 | 978-4-8459-1911-6
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