ここにあるコトバは知恵の欠片だ

江口研一(訳者)



 ここにあるコトバは何らかの“アドバイス”だ。作家ダグラス・クープランドは冒頭でこう書き出している。アドバイスがどれだけ胡散臭い迷惑行為であるかを断りながら、本書に選ばれた人たちのアドバイスならあえて聞く価値はあるのかもしれないと。そう、ここにあるコトバはすべて知恵の欠片だ。ある生き方を示してくれるほんの小さな欠片も、出会うタイミング次第で大きな意味を持つことになる。そうでなければ、するりと手をすり抜け、歩道のひからびたガムのように、記憶に残ることもないだろう。だが条件さえ揃えば、それは顔面を引っ叩くようなインパクトを持つ。それはもちろん幸運なことで、特権でさえある。その瞬間、人生は大きく舵を切るかもしれない。もし自分が開いていて、チャンネルがガラ空きなら、そのコトバが人生を救ってくれることもある。闇夜に浮かぶ灯台のように、小さな光が何倍もの輝きを放つかもしれない。その瞬間からもう足を踏み込んでしまっている。コトバが脳みそをごしごしと扱き、雷に打たれ、電流が走り、まるで無敵にでもなった気分に陥るかもしれない。これ以上楽しい快感はない。

 だがいつかはテンションも下がり、ハイな状態から急に、自分にはまだそれを受け入れるだけの素養がないことにも気づかされる。なぜなら、その人たちがもがき苦しみ、努力して得たことをまだ自分が体験していないからだ。彼らはそれを体験して向こう側へ突き抜けてみせた。それは料金を払わずに高速道路を走り、訓練もせずに宇宙へ行き、車で近道して山頂に立つようなものだ。そんな状態を自分のものとは言えない。

 それでも、どれだけコトバを真剣に拾っても、それは長いインタビューの中の一片にすぎない。インタビューならばその人の意識の流れを汲み取ることもできる。彼らが語る人生の地点にどのようにして辿り着いたか分かるかもしれない。どのような影響を受けてきたか、どのように変わったのか、どのように失敗し、どのように這い上がってきたのか。だから僕はインタビューを読むのが好きだ。それは自分にとって学校のようなものだ。周囲に自分の知りたいものがないと感じていた時にその知恵は輝いて見えた。霧で何も見えない中、わずかな光の指針になった。幼少期に体験する偉人やスポーツ選手などの伝記も最初のインタビュー体験と言えなくもないが、僕の場合、本当に光を感じたのはビート・ジェネレーションと呼ばれた作家や詩人たちのインタビューだ。冒険しながら書き、どこをどのように旅し、誰に出会ったかも書かれてきた。その物語はあまりに周縁にあり、彼らが教えてくれなければ想像もできない世界が広がっていた。その声を聞き、彼らがどんな体験をしているかにわくわくした。

 掌の拳銃の感触。次の街へ向けて猛スピードで走る車の窓から顔を突き出した時の風の匂い。そんな中でアレン・ギンズバーグ、ジャック・ケルアック、ウィリアム・バロウズ、ニール・キャサディーの存在も知り、カスバでミントティーを啜るポール・ボウルズも、ヒステリックな行動を起こす妻ジェーンのことも知った。後には郵便局の単純作業に滅入るチャールズ・ブコウスキーが酒と女に溺れ、苛立ちも知った。よく分からないまま、様々な薬物がどんなハイやローをもたらすのかも勝手に想像した。ティモシー・リアリーが「チューン・イン、ドロップ・アウト」と連呼する響きも舌先に焼きついた。

 当然、僕の師匠は増え、映画をまだ見る前から、ジャン・リュック・ゴダールのフレーミングやジム・ジャームッシュの皮肉なビジョン、ガス・ヴァン・サントの繊細さについて知った。だがそんな全てを貪欲に吸収していくと、ある時から脳が渋滞してきた。それをきっかけに、必要のない情報は捨て、ようやく自分で動き始めた気がする。彼らの知恵に従い、自分なりにそれを適用し始める。彼らの知恵の一部はいつしか自分の知恵となり、彼らの人生から取られた断片は僕の人生の一部となっていった。

 そして不思議な縁にも恵まれている。ヴァンクーバーにダグラス・クープランドに会いに行き、それからいい友人になることができただけでなく、何冊か本を訳す幸運にも恵まれた。街を車で走りながら、彼なりのコトバを聞くこともできた。マイク・ミルズとは何度か取材し、作品の翻訳にも参加させてもらい、パートナーのミランダ・ジュライと一緒に通訳をする機会も得た。ハーモニー・コリンは取材だけでなく対談を行う機会もあり、マーク・ゴンザレスはどこかの旅先から絵葉書を送ってくれた。トーマス・キャンベルは蔵書について何度かやりとりし、スパイク・ジョーンズについては偶然ダグラス・クープランドに紹介されたことがあった。シェパード・フェアリーのLAの家も取材させてもらい、キム・ゴードン、MIAとも出会い、ファレルは通訳を担当したこともあった。カレ・ラースンが発行する雑誌『アドバスターズ』は友人がデザインしており、ゴンゾー・ジャーナリズムのハンター・S・トンプソンに取材同行してその模様を赤裸々に伝えたラルフ・ステッドマンの本は愛読書だったし、ビースティー・ボーイズ、ブラックスターの2人も、みんなみんな思い入れを感じる人ばかりだ。彼らはみな戦っているが、その戦いは静かで自由だ。下らない冗談を言っても含蓄があったり、触れるものすべてが独特のフックに絡めとられていったりする。べつに有名人どうこうではなく、自分との不思議な縁のことを言いたかっただけだ。縁はどういうわけか廻ってくる。そのコトバを聞き、訳すことができてなんとなく幸運に思う。

 ところが今は巷にインタビューが溢れている。有名人でもなく、ふつうの人へのインタビューも多い。それだってPR臭のするパッケージ化されたものよりずっと興味深い。だがそうなると、取り込むものを自分で判断しなければならない。全部取り込むのは無理だから。

 そこで話は元に戻る。ここにある断片は、彼らが人生で見て体験して乗り越えてきたことだ。だがそれは彼らの物語のほんの一部でしかない。ただ聞かれたから、仕方なく話しているだけかもしれない。だが大事なのは聞く耳を持っていた人がいること。でなければ、そのコトバにめぐり合うことはできなかったのだから。だからこそ、この本を手にとり、ページをめくり始めたあなたには、すでに彼らのコトバを受け入れる準備が整っているのかもしれない。聞く耳があるからこそコトバは届くのだ。

 旅先のカフェで書きながら、僕の背後では北米のトレイルを縦断して絵を描き続けた男の子の話を、先輩アーティストと思しき人たちが感心しながら話を聞いていた。口数が少なそうなその男性も、聞かれれば楽しそうに答えている。そこへリュック一杯に野菜を詰めた女性が到着し、自家菜園で野菜を収穫してきたことを話し始める。彼らの話は共に興味深く、聞くに値するものだ。そこには彼らなりの知恵が溢れていて、彼らの生き方の指針が溢れ出してくる。彼らだって最初は誰かのコトバから培われたのかもしれない。そしてどこかで行動を起こし、自分で体験してきたからこそ自分の語るべき物語が生まれたのだろう。だからすでに、ここにある知恵に触れてしまったあなたも、ここから何かが始まることを宿命づけられているのかもしれない。そのコトバの持つ輝きに突き動かされるかどうかもすべてあなた次第だ。



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■『自由な反逆のすゝめ ──流れに逆らえば時代はついてくる』書籍詳細ページ
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