2018

11.2

Fri.

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『シネマの記憶装置[新装版]』『映画はいかにして死ぬか[新装版]』(蓮實重彥著)に関するお詫びと訂正


2018年10月発売の『シネマの記憶装置[新装版]』『映画はいかにして死ぬか[新装版]』(蓮實重彥著)の中に編集上の不備がありました。読者の皆様にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

【誤りのある箇所】

1. 『シネマの記憶装置[新装版]』の「新装版あとがき」が『映画はいかにして死ぬか[新装版]』の「新装版あとがき」として掲載されています。

2. 『映画はいかにして死ぬか[新装版]』の「新装版あとがき」が『シネマの記憶装置[新装版]』の「新装版あとがき」として収録されています。

以上2点の取り違えは、書籍編集時の最終段階における作業上の不備によるものであり、著者には一切の責任はございません。弊社一同、このたびの不備に至った経緯を重く受けとめ、以後、同様の事態を招くことのないよう、より一層厳格な対処をして参りたく存じます。

以下に正しい「新装版あとがき」を全文掲載いたします。
また以下のURLからそれぞれの「新装版あとがき」をPDFでダウンロードできます。
※任意のサイズで出力してお使いください。

■『シネマの記憶装置[新装版]』の「新装版あとがき」→こちら ■『映画はいかにして死ぬか[新装版]』の「新装版あとがき」→こちら
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『シネマの記憶装置[新装版]』

「新装版あとがき」

「雑」というのがこの書物の特徴である。実際、「雑駁」、「粗雑」などの「雑」にあたるものが、ここに書かれている言葉を律している。しいていうなら「複雑」の「雑」だといえば理解していただけるかと思うが、この書物には、多くのことがらが、これという秩序にしたがうことなく、「雑然」と列記されている。いま読み直してみて、ここに書いておいてよかったと思えるのは、鈴木則文についての短い文章である。彼こそ、映画が純粋さとは異質の「雑然」たる何ものかであることを、身をもって示してくれた貴重な映画作家だったのである。こまかな加筆訂正がその「雑」さを損ないはしまいかという思いから、ごく限定的なものにとどめた。だが、二十一世紀の読者は、すすんで「雑」と戯れる心の用意を持ちあわせているのだろうか。
           二〇一八年十月三日 著者



『映画はいかにして死ぬか[新装版]』

「新装版あとがき」

旧著の「あとがき」に書き加えるべきことは、何もありません。生誕の瞬間からみずからの死への契機をはらんでいた映画が、ときに、あるいはつねに、「楽天的」な表情におさまりがちなのはなぜか。この書物は、映画にとっての永遠の課題ともいうべきこの疑問についてきわめて教育的に語ってみせたものであり、つけ加えるべきことは何もありません。故に、加筆訂正もきわめて限定的なものにとどまっております。そのようにして、この旧著が、二十一世紀の新たな読者に触れるのかもしれぬ緊張感を、「楽天的」に期待してみたいと思っております。
           二〇一八年十月三日 著者

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