じぶんを切りひらくアート

違和感がかたちになるとき

高橋瑞木/フィルムアート社編集部=編
石川直樹/下道基行/いちむらみさこ/遠藤一郎/志賀理江子/山川冬樹/高嶺格/三田村光土里=著
発売日
2010年8月26日
本体価格
2,000円+税
判型
四六判・並製
頁数
264頁
ISBN
978-4-8459-1049-6
Cコード
C0070
備考
品切

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マイクロポップ、芸術起業論以降、アーティストたちが目指す “切実さのかたち”と“場”

アートが絵画や彫刻といったモノをつくり出すことだけではなく、ひとの思考そのものを具現化する行為であることが自明である今日、造形技術に長けていたり、美術館で作品を展示するひとだけがアーティストと呼ばれるわけではありません。
本書で登場する8人のアーティストは、閉塞した制度、あるいは慣習に違和感を抱きながら、自ら表現の「場」を開拓し続けてきました。ポスト・バブルの文化的に豊かだった90~00年代とは違って、今の時代にアートをはじめとしたカルチャーの担い手として生きていくには、それなりの覚悟が必要なのです。

彼/彼女たちに共通して言えるのは、自分の内部に耽溺せずに、外部との接触や摩擦を引き受け、自分の可能性を試し、既成の枠にとらわれない、世界との新しい結節点(ノード)を具現化しようと試みているところです。だから、アートは自分からはじまる。自らの責任において、既成の枠にとらわれない自由を求める意思があること、そしてそれを行動に移す勇気があること。そして、そうした彼らの生き方や考え方は、閉塞感に満ちた時代に生きるわたしたちに勇気を与えてくれるのではないでしょうか。──高橋瑞木(編者まえがきより)

■「みんな自分の生活が不安だし、まずそこから。
切実な部分を正直に出せるのもアーティストだと思う」
──いちむらみさこ
■「僕らがモノをつくらなくても、地球は回ってる。
だけど、それらすべてが尊い光だってことを受け入れなくちゃいけない」
──遠藤一郎
■「生き方を含めたアウトプットをどうするか。
アーティストとしてやっていく、ということは、そういうことなのかもしれない 」
──下道基行
■「どんな状況でも、その環境の中で自分にとって愛しいと思える点を見つけていくことが、
何かをつくるうえでは大切なことだと思います」
──三田村光土里
■「僕は単に記録っていうより、
記録を突っ切って主体性とか主観とかを排除して、世界の方にゆだねていきたい」
──石川直樹
■「イメージへの強い愛があって。
どうしようもない写真との関係、絶対に切れない関係」
──志賀理江子
■「僕の夢はふつうの「歌手」になること。
そのちっぽけなゴールへ至るために、遠回りの旅をしているんだと思う」
──山川冬樹
■「人間の底が知りたいんです。
ボトムを。すべての人に向けて表現したいんです。
大多数に向けてではなく、少数派だけにでもなく」
──高嶺格

目次

■まえがき
○いちむらみさこ 管理のスキマを表現の場にする
○遠藤一郎    未来へつなげていくひとつの媒体
○下道基行    風景が別の見え方になったとき
○三田村光土里  自分の美意識を信頼すること
○石川直樹    世界と対峙する主観を超えること
○志賀理江子   裏切られた身体と和解すること
○山川冬樹    個人と社会の共鳴ポイントを探る
○高嶺格     誰にも届く快感原則は何か
■あとがき

プロフィール

[編者]
高橋瑞木(たかはし・みずき)
1973 年、東京生まれ。早稲田大学大学院を修了後、ロンドン大学東洋アフリカ学院MA課程修了。
1999年から森美術館準備室勤務を経て、2003年より水戸芸術館現代美術センター学芸員。